憧れのハイデルベルクに下り立ちました。

小高い丘の上に建つハイデルベルク城から街を一望。
ネッカー川にかかるカール・テオドール橋はハイデルベルクの代名詞のような景観。
15~6歳のころに読んだ「アルト・ハイデルベルク」(マイアー・フェルスター著)。
ハイデルベルク大学に留学したカールス・ハインリッヒ皇太子と下宿屋の娘・ケーティの
身分違いの恋、当然のことながら結末は悲恋。ハイデルベルクを忘れられない
ハインリッヒが再び訪れたハイデルベルクで、解ったのです。「私のハイデルベルへの憧れは
君へのあこがれだった」と心穏やかに、しかし決然とケーティに別れを告げるシーンのカッコよさ。
それ以来、いつかハイデルベルクに行ってみたいと憧れていたのです。

カール・テオドール橋。見た目は特別な橋ではないけれど
200年の歴史よりはロマンが漂う橋です。

橋は以前は木の橋だったので、洪水や氷結で度々壊れていた。
カール・テオドール選帝の命よって赤砂岩の強固な橋に生まれ変わった
のは1788年のこと。

橋からハイデルベルク城を見上げて。(逆光のせいもあり、霞んでしまった…)

ハイデルベルク城の入り口近くにあるエリザベス門。
フリードリッヒ5世が妃・エリザベスのために建てた門。
エリザベス19歳の誕生日に一夜のうちに建ててサプライズプレゼント
したのだという

城内のフリードリッヒ館。
1607年にフリードリッヒ4世によって建てられた。以来、
歴代の領主の居住館であった。

旧市街の町並み。ゴミが落ちてないですねえ

ショーウインドウはもうクリスマス。ウインドウショッピングが
どこもキラキラ
楽しい

左
ツム・リッター・ザンクト・ゲオルク、1592年に建てられた織物商人の
個人邸だそうです。1705年からホテルとして使われています。300年も前ェ
右
ショッピング街の建物の向こうにそびえる塔は聖霊教会。

ハイデルベルクは大学の街。ハイデルベルク大学は1386年に
創設された世界最古の大学である。マックス・ウエーバーや
カール・ヤスパースも教鞭をとり、ノーベル賞受賞者も多く
輩出している。
ハイデルベルクの人口の五分の一にあたる2万5000人の
学生が今も大学で学んでいるという。
古い街のゆったりと優雅な雰囲気の中にも進取の気鋭が満ち溢れ、
現代のハインリッヒとケーティが若さを謳歌していた。

小高い丘の上に建つハイデルベルク城から街を一望。
ネッカー川にかかるカール・テオドール橋はハイデルベルクの代名詞のような景観。
15~6歳のころに読んだ「アルト・ハイデルベルク」(マイアー・フェルスター著)。
ハイデルベルク大学に留学したカールス・ハインリッヒ皇太子と下宿屋の娘・ケーティの
身分違いの恋、当然のことながら結末は悲恋。ハイデルベルクを忘れられない
ハインリッヒが再び訪れたハイデルベルクで、解ったのです。「私のハイデルベルへの憧れは
君へのあこがれだった」と心穏やかに、しかし決然とケーティに別れを告げるシーンのカッコよさ。
それ以来、いつかハイデルベルクに行ってみたいと憧れていたのです。

カール・テオドール橋。見た目は特別な橋ではないけれど
200年の歴史よりはロマンが漂う橋です。

橋は以前は木の橋だったので、洪水や氷結で度々壊れていた。
カール・テオドール選帝の命よって赤砂岩の強固な橋に生まれ変わった
のは1788年のこと。

橋からハイデルベルク城を見上げて。(逆光のせいもあり、霞んでしまった…)

ハイデルベルク城の入り口近くにあるエリザベス門。
フリードリッヒ5世が妃・エリザベスのために建てた門。
エリザベス19歳の誕生日に一夜のうちに建ててサプライズプレゼント
したのだという


城内のフリードリッヒ館。
1607年にフリードリッヒ4世によって建てられた。以来、
歴代の領主の居住館であった。

旧市街の町並み。ゴミが落ちてないですねえ


ショーウインドウはもうクリスマス。ウインドウショッピングが
どこもキラキラ




左

個人邸だそうです。1705年からホテルとして使われています。300年も前ェ

右


ハイデルベルクは大学の街。ハイデルベルク大学は1386年に
創設された世界最古の大学である。マックス・ウエーバーや
カール・ヤスパースも教鞭をとり、ノーベル賞受賞者も多く
輩出している。
ハイデルベルクの人口の五分の一にあたる2万5000人の
学生が今も大学で学んでいるという。
古い街のゆったりと優雅な雰囲気の中にも進取の気鋭が満ち溢れ、
現代のハインリッヒとケーティが若さを謳歌していた。