数十分歩いても汗だくにならずに済む気候になりホッとしている。
ウォーキングを兼ねて東横線の某駅前の銀行まで行き、またてくてく歩いて帰る道で、「あらーやっぱり?」と後ろから声がした。
いつもなら通らないルートを歩いていたおかげで偶然会ったのだ。
ご近所に住む顔なじみのSさんだった。
彼女の長女とうちの子は地元の小学校で同じ学年だったのだけど、取り立てて親しくしていたわけでもなかった。
でも卒業後も近所のスーパーで出くわすことが多かったので、立ち話でうちの子の進路のことなども大よその話をしている仲だ。
彼女もパートの帰りらしく自転車を引きながら、10分ほどの道のりを話しながら帰った。
今、息子が群馬の学校へ行ってることも話してある。
「ねえ、(うちの息子が)寮に帰るとき、帰りたくないって言わないの?」
「いいや、一度も嫌がったことないよ。喜んで帰るもん(笑)」
「へえ、じゃあいいよね。嫌がったりすると困るし、かわいそうだしね」
「そうだね。そういえば、自宅の方がいいって、あまり帰りたくないっていう子もいるみたいだよ」
何気ない会話だったけれど、私はとても大事なことを気づかされたように感じた。
息子はこの4年間、一度だって寮に帰るのを嫌がったことがなく、むしろ寮に帰ると表情が弛むのを感じていた。
「じゃあまた、金曜日にね!バイバイ」と言って、安心して戻って来れた。
私はそういうことを、至極当たり前のことのように思っていた。
でも・・・それは当たり前のことじゃなかったのね。
息子の成長や頑張りというものもちろんだけど、寮の先生方も一生懸命に愛情をもって預かってくださっているからなのだよね。
実を言うと・・・
1年の後半になって、春に続き学校関係に収めるべきものの多さに、ちょっと喘いでいたのだった。
わが家にとっては、かなりキツイ教育費だ。
そこだけみると、キツイということだけが心を占めてしまうけれど、よくよく考えてみれば、息子が今の状態で幸せに暮らしているもの寮や学校のおかげだ。
いや、私だってどんなに助かっているか。
有難いなーという気持ちで収められることで、うまくエネルギーの循環が起こりそうな気がする。
世の中のどんな小さなことも偶然はないという。
Sさん、ありがとうね。


ウォーキングを兼ねて東横線の某駅前の銀行まで行き、またてくてく歩いて帰る道で、「あらーやっぱり?」と後ろから声がした。
いつもなら通らないルートを歩いていたおかげで偶然会ったのだ。
ご近所に住む顔なじみのSさんだった。
彼女の長女とうちの子は地元の小学校で同じ学年だったのだけど、取り立てて親しくしていたわけでもなかった。
でも卒業後も近所のスーパーで出くわすことが多かったので、立ち話でうちの子の進路のことなども大よその話をしている仲だ。
彼女もパートの帰りらしく自転車を引きながら、10分ほどの道のりを話しながら帰った。
今、息子が群馬の学校へ行ってることも話してある。
「ねえ、(うちの息子が)寮に帰るとき、帰りたくないって言わないの?」
「いいや、一度も嫌がったことないよ。喜んで帰るもん(笑)」
「へえ、じゃあいいよね。嫌がったりすると困るし、かわいそうだしね」
「そうだね。そういえば、自宅の方がいいって、あまり帰りたくないっていう子もいるみたいだよ」
何気ない会話だったけれど、私はとても大事なことを気づかされたように感じた。
息子はこの4年間、一度だって寮に帰るのを嫌がったことがなく、むしろ寮に帰ると表情が弛むのを感じていた。
「じゃあまた、金曜日にね!バイバイ」と言って、安心して戻って来れた。
私はそういうことを、至極当たり前のことのように思っていた。
でも・・・それは当たり前のことじゃなかったのね。
息子の成長や頑張りというものもちろんだけど、寮の先生方も一生懸命に愛情をもって預かってくださっているからなのだよね。
実を言うと・・・
1年の後半になって、春に続き学校関係に収めるべきものの多さに、ちょっと喘いでいたのだった。
わが家にとっては、かなりキツイ教育費だ。
そこだけみると、キツイということだけが心を占めてしまうけれど、よくよく考えてみれば、息子が今の状態で幸せに暮らしているもの寮や学校のおかげだ。
いや、私だってどんなに助かっているか。
有難いなーという気持ちで収められることで、うまくエネルギーの循環が起こりそうな気がする。
世の中のどんな小さなことも偶然はないという。
Sさん、ありがとうね。
