旅行2日めはさっそく博多から熊本の実家に向かうドライブから始まりました。
高速道路の車窓からの風景は昔とさほど変わらず、私も見慣れた田舎の風景ですが、相方は生まれて初めての九州上陸だったので本州との植生の違いを感じたそうです。
昼過ぎに実家に着き久しぶりに両親に対面しましたが、5年という月日は確実に老いを進めており、一回り小さくなった父母がおりました。
腎臓や心臓を患っているものの二人で仲良く助け合って暮らしていることは、子供の私にとっても何より有り難いことです。
ただこれから先さらに年を取って二人だけではどうしようもなくなった場合、私が何をしたらよいのかを既に考えておかねばならないと実感しました。
トシヤは相変わらず不安からくる不機嫌でうるさくしていましたが、思い切って両親に預けて(といっても特に何も構わず放っておいてもらっただけ)私たち親はお土産を買いに出かけたのですが、案の定トシヤはスッとおとなしくなって留守番していたそうです。
孫が障害者というのを不憫がる両親ですが、それは一般的にも当たり前の受け取り方だと思って黙って聞いています。
私とトシヤがそこそこ幸せだということを伝えるのが、今のところ一番の親孝行かなと思った束の間の里帰りでした。
今回は相方のバックアップがなければ到底無理だったので、帰れてほんとによかったと思っています。
ありがとう。
高速道路の車窓からの風景は昔とさほど変わらず、私も見慣れた田舎の風景ですが、相方は生まれて初めての九州上陸だったので本州との植生の違いを感じたそうです。
昼過ぎに実家に着き久しぶりに両親に対面しましたが、5年という月日は確実に老いを進めており、一回り小さくなった父母がおりました。
腎臓や心臓を患っているものの二人で仲良く助け合って暮らしていることは、子供の私にとっても何より有り難いことです。
ただこれから先さらに年を取って二人だけではどうしようもなくなった場合、私が何をしたらよいのかを既に考えておかねばならないと実感しました。
トシヤは相変わらず不安からくる不機嫌でうるさくしていましたが、思い切って両親に預けて(といっても特に何も構わず放っておいてもらっただけ)私たち親はお土産を買いに出かけたのですが、案の定トシヤはスッとおとなしくなって留守番していたそうです。
孫が障害者というのを不憫がる両親ですが、それは一般的にも当たり前の受け取り方だと思って黙って聞いています。
私とトシヤがそこそこ幸せだということを伝えるのが、今のところ一番の親孝行かなと思った束の間の里帰りでした。
今回は相方のバックアップがなければ到底無理だったので、帰れてほんとによかったと思っています。
ありがとう。