蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

大仏破壊

2005年05月23日 | 本の感想
「色と金。概ね人間はこれでいいように動かせます。悲しいかな。これが真実、それもとびきり健全な真実ですよ。色と金以外の何かが人間を動かすなんて不健全な事態には反対ですね。」(「バルタザールの遍歴」佐藤亜紀)

今日、高木徹さんの書いた「大仏破壊」を読み終わりました。アフガニスタンを支配していたイスラム教の宗教集団タリバンがバーミヤンにある巨大石仏を破壊するに至るプロセスを書いたものです。
大仏の破壊は結果であって、大部分は当初アフガニスタンを救おうとしていたタリバンがビンラディンによってテロ支援者に変質していく過程が描かれています。世間的には悪の権化のように言われているタリバンに対する著者の視点はけっこう同情的です。
この本によれば、タリバンのリーダーのオマルは最初は冷静な計算と判断のできる人であったが、ビンラディンの巧みな誘導により判断力を失い、極端な行動(世界中を敵にまわすきっかけとなる大仏の破壊)に走ったということになっています。しかし、「大仏破壊」の中で引用されているタリバンの関係者の以下の証言を読むと(著者同様)「説得力の断片」を認めざるをえません。
「勧善懲悪省の連中が、こう言ったのです。『今、世界は、我々が大仏を壊すと言ったとたんに大騒ぎを始めている。だが、わが国が旱魃で苦しんでいたとき、彼らは何をしたか。我々を助けたか。彼らにとっては石の像の方が人間より大切なのだ。そんな国際社会の言うことなど、聞いてはならない』。その言葉の説得力に勝るものはありませんでした」

同じ著者の前著「戦争広告代理店」でも、ボスニア紛争で”民族浄化”を行ったとされるセルビア人について、一方的な決め付けを戒め、他の民族も似たようなことをしていたがセルビア人は関係国や世界中から集まっていたジャーナリストへの対応が稚拙であったという見方を紹介しています。
ともに世間の通り相場の報道からは読み取り得ない、斬新な視点を提供している点で非常に高く評価されるべき2冊であると思います。ただ、すべての関係者を平等に評価しようとしていた「戦争広告代理店」に対し、「大仏破壊」では”タリバンはともかく、ビンラディンこそは諸悪の根源といったような記述・評価が目立ったように思いました。(ビンラディンに関する情報が少なすぎるせいかもしれません)

著者はNHKの記者なのですが、極めて危険かつ取材が困難な国々でこれだけの成果をあげる力量は並たいていではありません。また、それを許すだけのサポートができるのも、採算(ある程度は)度外視のNHKならではかもしれません。そうだとすれば受信料を払う意義も見出せるかもしれません。

冒頭の引用は、指導者が損得勘定を超越した主義主張をはじめると国家は危険な方向に動き出す、ということを示唆しています。タリバンもそうだったのかもしれません。私の住む国の指導者もちょっとそんな臭いをただよわせているような気がしないでもありません。

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