小説家の四季(佐藤正午 岩波現代文庫)
3ヵ月に1回、雑誌「世界」や岩波書店のHPに掲載されたエッセイをまとめたもので、現代文庫では2冊目。
著者のデビューは集英社で、その後いくつかの出版社で刊行していたが、岩波ではエッセイを何冊か出しただけで小説は短編集1冊だけだった(と思う)。そもそも岩波が現代小説を出版するというイメージがないのだが、坂本さんという編集者が佐世保(著者の居住地)まで何度も訪問したりして関係を築いたらしい(と、岩波から出版したエッセイに書いてあった)。
佐世保まで何回も出張して、成果が何年かに1回のエッセイで割にあうのかいな??殿様商売、ってやつなのでは??(失礼)などと思ったものだが、岩波から初めて出版した長編小説「月の満ち欠け」で直木賞を取って映画化までされて、積年の投資は見事に(多分)回収された。いやあ、これぞ編集者冥利に尽きるというものではなかろうか。
で、ふと、本書の奥付をみると発行者が「坂本政謙」と書いてある。まさか、と思ってググったら、著者と友達みたいにしゃべっていた(と、エッセイに書いてある)坂本さんは、今や岩波の社長なのであった!
いや、マジでびっくりした。
本書を読むと、佐藤さんは小説(とエッセイ)を書くこと以外の仕事はほとんどしていないし、佐世保から出ることもめったにない。何しろ直木賞の授賞式すら欠席(坂本さんが代理で出席)したらしいし。
そういう意味でいまやほとんどいない小説家らしい小説家といえそうだが、日常生活も朝起きて4時間くらい小説などを書いて、昼はそうめんをすするくらいですませ、夜になると飲み屋に出かける、くらいの極めて単調な生活で、すべてを小説にささげている、といっても良さそうなくらい(その割に、出版点数が少ないのがファンとしては何とも残念だが)。
何十年もそういう生活を続けて、コンスタントに質の高い作品を生み出し続けることができるのは、小説とか物語が本当に好きだからだろう。本書で書かれた近松秋江という作家の「黒髪」という小説に対する執着ぶりからもそれがうかがえる。
著者は長年の競輪ファンだが、競輪について書いたエッセイは1作しかない(と思う)。本書でもほとんど触れられていない。一度本格的な競輪評論を書いてくれないかなあ、それが無理でも「小説家の四季」の中でもう少し競輪を取り上げてほしいと思う。