蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

笑い三年、泣き三月。

2015年05月16日 | 本の感想
笑い三年、泣き三月。(木内昇 文春文庫)

戦後間もない頃、万歳師の善造は一流芸人になることを夢見て上京する。上野で戦災孤児の武雄と知り合い、ストリップ劇場のはしりのミリオン座にもぐりこんで話芸をすることになる。善造と武雄は踊り子の自称令嬢のふう子の家で暮らすことになるが・・・という話。

本書は、笑いを追求する芸人の姿を通じて、演芸の本質を描くことを主題としていると思う。

一方で、厳しい父親から抑圧的に育てられた上、空襲で家族が亡くなったのは自分の責任と思い込んでいる武雄が、名前の通りに根っからの善人である善造を仮の父とし、とにかくやさしく穏やかなふう子を仮の母として暮らすうち、人間らしい感情の起伏を取り戻していくプロセスを描いた家族小説でもあり、私は後者の側面の方により強く惹かれた。

戦後の食糧難を実感させてくれる箇所も多かった。
珍しく白米が手に入ると、皆、目の色が変わるとか、卵かけごはんを一口食べた武雄がそのうまさに気絶しそうになるとか、食糧や栄養不足の切実感、その裏返しとしてごちそう?が手に入った時の喜び・・・食糧も娯楽もあふれんばかりの現代にあっては、決して感じることができない底抜けの歓喜・・・がリアルに伝わってきた。
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消失グラデーション

2015年05月16日 | 本の感想
消失グラデーション(長沢樹 角川書店)

高校女子バスケの全国レベルの選手でモデルもしている網川が校舎の屋上から転落した後、姿を消してしまう。自殺か他殺か、死体はどこへ行ったのか?網川の友人である主人公(椎名)と放送部の樋口は謎を解こうとするが・・・という話。

タネ明かしには、けっこうびっくりしました。
オセロゲームの終盤で優勢に見えた方の石がバタバタとひっくり返るような感じの世界観の転換が鮮やかでした。
タネ自体は割合よくありそうな類のものなのですが、「消失グラデーション」というタイトルがミスディレクションで、死体が消えるという密室系トリックだと思わせておいてメインのトリックは全く別のもの、という仕掛けにまんまと騙されてしまいました。
「グラデーション」の意味合いも(最後まで読まないとわからないのですが)タイトルとして納得性があるものでした

正直、終盤のタネ明かしまでは、私としては苦手な青春系のミステリだし、美男美女揃いで高校生とはとても思えないハイブラウ?な恋愛模様が展開されて「いくらなんでも現実感ないだろ」などと、あまりページが進まなかったのですが、トリックが明かされてみると、それまでの物語に全く別の主題が浮かび上がって、小説全体に急にリアリティが立ち上がってくるような感覚にとらわれました。

また、実際そう思ってやる人が多いのかどうかはわかりませんが、リストカットする人の心理の解説には「そういうものなか」と妙に納得感がありました。

蛇足ですが、本書の終盤でNHKの「にほんごであそぼ」で流れていた野村萬斎さんが謡う「ややこしや」という歌が頭の中でリフレインしてしまいました。
「わたしがそなたで、そなたがわたし。そも、わたしとは、なんじゃいな」
「うそがまことで、まことがうそか。ややこしや、ややこしや」
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プロ野球10大「名プレー」

2015年05月13日 | 本の感想
プロ野球10大「名プレー」(野村克也 青春出版社)

ランキング流行りの昨今だが、本書で取り上げられているプレーも確かにランキングにはいってもおかしくないものばかり。
しかし、類書と異なるのは、その多くに著者が実体験者としてかかわっていることだ。

著者は、稲尾とマー君(あるいはダルビッシュ)とどちらが本当にすごいピッチャーなのか?という、野球ファンなら誰もが抱く疑問に、自らの体験(もしくは間近での目撃)を基礎として答えられるほぼ唯一の評論家といえそうだ。
そして、稲尾や杉浦はダルビッシュや田中といった現代の投手と遜色なかった、と、著者に言われると、素直に頷けるような気がするのだった。

本書を読む直前に、たまたま朝日新聞の土曜版で江夏さんの評伝記事(逆風満帆)を読んだら、本書に書かれてある通りのこと(衣笠選手への投球術を野村さんが見破ったことが二人が接近するきっかけだった、とか、先発から救援に回ったときのエピソードとか)が書かれていて、野村さんの自慢話はさほど盛られているわけではないこともわかった。

今まで、けっこうな数の野村さんの著書を読んできたが、どうも最近文章が整いすぎているような気がする。失礼ながらお年を召してライターに任せる部分が多くなったのだろうか?
そうは言っても、毒舌は健在で、本書では東尾監督が西武の監督時代に「監督はヒマで仕方ない」みたいなことを言ったことをとりあげてクソミソにけなしている。
こんな、「そこまで言うことないだろ」と読んでいる方が心配になるようなエピソードの紹介も野村さんの著作の魅力になっていると思う。
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撃てない警官

2015年05月08日 | 本の感想
撃てない警官(安東能明 新潮文庫)

主人公の柴崎は警視庁総務部係長で、同期のトップを走っていた。しかし、うつ病に苦しんでいた部下が射撃訓練中に拳銃自殺し、訓練に行かせたことの責を問われ綾瀬署に飛ばされる。現場経験の少ない柴崎だが、副署長の助川にしぼられつつ経験を重ねる・・・という話。

本書は管理(総務)部門という本来は裏方の組織で生きる警官を主人公にしている。
それ自体は横山秀夫という偉大な先達がいるので今や珍しくなくなってきたが、本書のユニークな点は、主人公が極めて利己的で自分の出世しか考えていない「イヤな奴」であることだ。

現場の所轄署に左遷され、上司はかつて幹部学校でイヤな目にあわされた副署長で、主人公は常に不満タラタラ。
それでも副署長にケツを叩かれていやいや事件の解明や署内の調整に当たるうちに、次第に(秩序の維持にあたるという)警察官本来の使命に目をむけるようになる。それでも「イヤな奴」モードは最後まで変わらない(最後の章でも本部時代の上司を脅迫して人事を有利に運ぼうという計画を練っている)のだが。

短編の連作形式になっていて、各短編の中では、「随監」が特にいい。
綾瀬署に抜き打ちの監察がはいり、ある派出所で被害届が適正に処理されていないことが発覚する。その派出所長は長年その交番に勤務して地域の防犯に多大な貢献をしている優良な警官だった。
柴崎は被害届が処理されていない原因をさぐるうち、被害者の行動に不審を覚える・・・という筋で、「イヤな奴」である主人公と、監察が来ようが上司ににらまれようが警察官としての本分を貫く派出所長とのコントラストが実に鮮やかだった。
謎解きはやや肩透かし気味だったが、逆にそれがリアリティを高めているともいえそう。

シリーズになっているらしく、2作目(「出署せず」)も出ているようなので、続きがすぐに読みたくなった。
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龍三と七人の子分たち

2015年05月06日 | 映画の感想

龍三と七人の子分たち

藤竜也さんは随分昔からのファンで、この映画も彼が主演と聞いて、珍しく映画館へ見に行った。

ビートたけし監督とのことで、前半はおふざけでも(けっこう笑えた。ブラックところもあるのがなおいい)、終盤には、きつと藤竜也が生半可通なヤクザの若僧をたたき殺す、というストーリーだと思っていたのだが・・・
結局最後までコメディで、がっかりした。

味方のキャスティングはそれなりに気張っていたけど、敵役の方の魅力が皆無なのが、また残念だった。
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