蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

撃てない警官

2015年05月08日 | 本の感想
撃てない警官(安東能明 新潮文庫)

主人公の柴崎は警視庁総務部係長で、同期のトップを走っていた。しかし、うつ病に苦しんでいた部下が射撃訓練中に拳銃自殺し、訓練に行かせたことの責を問われ綾瀬署に飛ばされる。現場経験の少ない柴崎だが、副署長の助川にしぼられつつ経験を重ねる・・・という話。

本書は管理(総務)部門という本来は裏方の組織で生きる警官を主人公にしている。
それ自体は横山秀夫という偉大な先達がいるので今や珍しくなくなってきたが、本書のユニークな点は、主人公が極めて利己的で自分の出世しか考えていない「イヤな奴」であることだ。

現場の所轄署に左遷され、上司はかつて幹部学校でイヤな目にあわされた副署長で、主人公は常に不満タラタラ。
それでも副署長にケツを叩かれていやいや事件の解明や署内の調整に当たるうちに、次第に(秩序の維持にあたるという)警察官本来の使命に目をむけるようになる。それでも「イヤな奴」モードは最後まで変わらない(最後の章でも本部時代の上司を脅迫して人事を有利に運ぼうという計画を練っている)のだが。

短編の連作形式になっていて、各短編の中では、「随監」が特にいい。
綾瀬署に抜き打ちの監察がはいり、ある派出所で被害届が適正に処理されていないことが発覚する。その派出所長は長年その交番に勤務して地域の防犯に多大な貢献をしている優良な警官だった。
柴崎は被害届が処理されていない原因をさぐるうち、被害者の行動に不審を覚える・・・という筋で、「イヤな奴」である主人公と、監察が来ようが上司ににらまれようが警察官としての本分を貫く派出所長とのコントラストが実に鮮やかだった。
謎解きはやや肩透かし気味だったが、逆にそれがリアリティを高めているともいえそう。

シリーズになっているらしく、2作目(「出署せず」)も出ているようなので、続きがすぐに読みたくなった。
コメント
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