蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

無戸籍の日本人

2019年09月14日 | 本の感想
無戸籍の日本人(井戸まさえ 集英社文庫)

離婚後300日以内に生まれた子供は前夫の子供と推定する、という民法の規定により、(前夫との子とすることを避けるため)出生届が出せず子供の戸籍が作られないままとなっている等、様々な事情により出生届未提出=無戸籍となっている日本人が1万人以上いるという。このような人は(特別な手続きをしない限り)公的サービスが受けられず、義務教育を受けていない人が多いそうである。それでも就職時の本人確認があまり厳しくない仕事(水商売とか)に従事してなんとか暮らしているのだが、当然、生活は非常に苦しい。

本書が紹介する(著者が相談に乗った)人の経験談は、本当にドラマッチックというか凄まじい。
DV夫と実母が実はデキていたことに気づき、以前から好意を寄せてくれる男と駆け落ちし子供ができたが、夫と離婚手続ができないために出生届を出せなかった、とか、
出産費用未払いで出生証明書を産院から貰えてなかった人が、大人になってから産院を訪ねると、すでに医院は廃業していて立派な院長宅はゴミ屋敷と化しており、院長夫人はベンツを応接室にしていた、等々・・・
無戸籍の人本人の経験もさることながら、無戸籍に至ることとなった親の事情の方がより深刻なケースが多いようである。

現代社会では明らかにミスマッチな民法規定が改正されない理由は、家族や血統を重視する保守系国会議員のせいらしいが、実際に被害を被っている人が、無戸籍という表ざたにすると自分自身が不利となってしまうために声をあげにくい、という面もあるようだ。

著者は松下政経塾出身で元国会議員であるため、議員や役所に顔がきく。それでも(無戸籍者の支援)活動はスムーズに進まないことが多い。イレギュラー事例に対する役所や役人の事なかれの壁は厚く、普通の人なら簡単にあきらめてしまい、改善は進みにくい。

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500ページの夢の束

2019年09月14日 | 映画の感想
500ページの夢の束

ウエンディ(ダコタ・ファニング)は自閉症で、グループホームで暮らしている。
ケーキ屋でアルバイトし、余暇は熱烈なファンであるスタートレックのことを考えてすごす。
ウエンディの姉が生まれ育った家を売ろうとしているので、スタートレックの脚本懸賞に応募して家を買い戻そうとする。しかし、懸賞に応募するために郵送しているのでは間に合いそうにないので自らハリウッドへ持参しようと、飼い犬を連れてバスに乗る・・・という話。

地味な設定とストーリー、あまりおカネがかかっているとは思えない内容なのに、なぜだかとても良かった。

自閉症の克服のため?生活上の細かなルールを決めて、必死にそれを守ろうとするところや、さまざまな試練(というほどでもないが、ハリウッドへの途上でお金を盗まれたり、乗せてもらった車が事故を起こしたりする)をなんとか乗り越えていくところ等々・・・思い通りにならない世間と自分自身に身もだえするウエンディが、とてもいとおしい。

原題は「Please stand by」。ウエンディのグループホームの指導役の人がウエンディを落ち着かせるためにいうセリフなのだが、珍しく邦題の方がいいなあ、と思えた(500ページというのはウエンディが書いた応募原稿のボリュームのこと)。
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タクヤとコウダイの物語

2019年09月12日 | 野球
タクヤとコウダイの物語

2010年の育成ドラフトのソフトバンクの指名は次の通りでした。
1位 安田圭祐(外)
2位 中原大樹(内)
3位 伊藤大智郎(投)
4位 千賀滉大(投)
5位 牧原大成(内)
6位 甲斐拓也(捕)
4位が千賀投手で6位が甲斐捕手(さらに5位が牧原選手!)という、育成ドラフト史上最高では?と思える成果です。

入団2年目くらいから早くも頭角を現した千賀投手に比べ、キャッチャーというポジションもあって甲斐捕手が1軍の試合にそこそこ出始めたのは一昨年くらいから。
二人がバッテリーを組んで、2017年シーズンの(千賀投手の)初勝利をあげた試合後のインタビューで千賀投手は・・・(以下、日経新聞2017.4.12より)
「2回1死1,3塁から3塁走者を刺した捕手の甲斐を「リードも良かった」と持ち上げた。ともに2010年の育成ドラフトからはい上がった同期の桜。千賀の後を追い、甲斐は今季ようやく一軍定着を目指せるところまで来た。日本代表でも活躍し、“ワールドクラス”まで上り詰めた右腕は「育成の時から一緒にやってきた。本当に(甲斐)拓也と勝てて良かった」と感慨にふけった」

将来NPBを代表するバッテリーとなることを、入団当時二人は知る由もなく、高校時代さしたる実績を残したわけでもない高卒18歳の二人は、育成契約(しかも4位と6位)という不安定な地位もあって、なんとも心細かったものと想像されます。

一番固い友情は、戦友のそれ、などと言いますが、寄る辺ない寂しさや不安に苛まれつつも同い年で似たような立場で(ポジションからして)ライバル関係でもない二人はまさに戦友のような関係を築いてきたものと想像されます。そうでないと、ヒーローインタビューで「本当に拓也と勝てて良かった」なんて照れずに言えないですよね。

そんな千賀投手がノーヒットノーランを記録した今年9月6日のロッテ戦。相棒は甲斐捕手でした。最後のバッターを空振三振に仕留めて喜びのあまり抱き合う二人・・・それはハグというより抱擁という言葉がふさわしいものでした。

ヒーローインタビューで千賀投手は「今朝、LINEで拓也から「お前のためにがんばる」というメッセージが来た」(←うろおぼえ)みたいなことを明かします。
ノーヒッター達成後の全?国民注目のインタビューで、恋人かよ!みたいなこと言っちゃう??
そういうメッセージを送っちゃう方も、それを堂々と発表しちゃう方もどうよ、などと私は心配?になってしまったのですが、おおむね、好意的に受け止められていたようです。

これって友情というより愛ですよねえ。セクシャリティとか、そのへんの変な意味じゃなくて、今時めったに見られない輝かしくて純粋な愛というものを見せていただいたような、そんな場面でした。

なお、千賀投手が甲斐捕手のことを「タクヤ」と呼ぶのは、当初の登録名が「拓也」だったことも影響しているかと思え、甲斐捕手が千賀投手のことを「コウダイ」と呼んでいるかどうかはよくわかりません。
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