蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

我らが少女A

2019年09月23日 | 本の感想
我らが少女A(高村薫 毎日新聞出版)

同棲相手に殺害された上田朱美は、10年以上前の元美術教師の殺害事件現場に落ちていた絵の具を持っていたことがわかり、未解決の教師殺人事件が再捜査されることになる。上田朱美や元美術教師の周辺の人々は昔の物語りを始める・・・という話。

高村さんのデビュー作は金庫破りの話で、その後原子力発電所を襲撃する話とか、国際的なスパイの話、殺人鬼を追う刑事の話とか、割と派手な設定の話が多かった。語り口は読者を選ぶような粘着性があるクセのある文章で、それは今も昔も変わらないが、物語のモチーフは晴子シリーズあたりから事件性を排除して純文学風に変化してきた。

本書も合田刑事シリーズではあるものの、登場人物の思い出話が続く感じで、ミステリとしての結構にはなっていない。
若い頃に読んでいたら「ナンダコレ?」みたいな感じで途中で放り出していたと思うけど、歳食った今ではむしろとめどなく続く高村節をいつまでも楽しみたい、と、案外楽しく読めた。
というか、2回も読んでしまったのだけど、2回目の方が味があって良いような気がした。少したってからもう1回くらい読みそうな気がする。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

江口寿史の正直日記

2019年09月23日 | 本の感想
江口寿史の正直日記(江口寿史 河出文庫)

とある高名な音楽家は、締め切りギリギリに追い詰められないと良いインスピレーションが湧かない、などといって、いつも締め切り近くまで仕事を始めなかったそうだ。
井上ひさしさんなんかも遅筆で知られていて、脚本が書けずに舞台が延期になったこともあったように思う。

漫画週刊誌の締切の厳しさは、さまざまな伝説に彩られている。よく知られているのは手塚治虫さんとか赤塚不二夫さんとかかのエピソードだろうか。しかし近年(というほど最近ではないが)、締切関係で最も有名になったのは本書の著者江口さんではなかろうか。それも原稿を何度も落とすことで有名になったところがすごい。
いや、よく考えると、落としても落としても仕事が途絶えない=作品にそれだけ魅力がある、という点がすごいのかもしれないが・・・

締切を守れない、というのは、安易な低品質の作品では妥協できない、という面もあるのかもしれないが、本書を読む限り、江口さんの場合は、冒頭の音楽家のように締切が目前になるまで(あるいは締切が来てしまってから)でないと仕事に着手しない、という点にあるようだ。それに何度も落として抵抗が薄れたのか、仕事が進まなければ、割合と気楽に?落としてしまっている。

なので、有体にいうと、江口さんの場合は(才能はあっても)単なる怠け者、なのかもしれない。
そうかと思うと日記の連載?はけっこう小まめに書いているし、本書の巻末に収められたマンガを見ても昔ながらの画風なのに古びた感じが全然しないから、やっぱり天才の行動原理は一般人の想定の範囲を超えている、というのが真相なのか??
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

死体埋め部の悔恨と青春

2019年09月23日 | 本の感想
死体埋め部の悔恨と青春(斜線堂有紀 ポルタ文庫)

大学からの帰り道、暴漢に襲われた祝部(ほふりべ)は、反撃するうち相手を殺してしまう。通りかかった大学の先輩:織賀(おりが)が死体を処分してくれるという。織賀は死体遺棄の依頼を受けて山に埋めることを商売にしており、二人はジャガーに乗って死体を埋めにいくが、もともと織賀が運んでいた死体には奇妙な特徴があった・・・という話。

ポルタ文庫はラノベがジャンルみたいだし、死体埋め部という設定からしてコミカルな筋のミステリなのかな、と思っていたら、哲学的ともいえる思索を含むハードな作品だった。

死体の手の指が骨折していた理由、死体が持っていた荷物に辞書がたくさん詰め込まれていた理由、若い女性の死体がスクール水着を着ていた理由、を推理する短編の連作形式なのだけど、はっきり言ってどれも理由付けが苦しすぎるし、推理する手がかりも少なくて、強引なイメージだ。

しかしながら、ミステリとしての本書のツボは、そういう部分ではなくて、祝部と織賀、死体埋めという秘密を共有する二人の友情にも似た関係性にある。

織賀は貧しい家庭に育ち、借金の肩代わりに死体遺棄の商売を強要される。そうした厳しい生い立ちの彼には心を許せる肉親も友人もいなかった。妙な縁で知り合った後輩の祝部とはそうした関係になれそうだったのだが、祝部にとっては、なりゆきのまま死体遺棄の商売を続けていくことは難しかった。(以下、引用)

***
「祝部の推理なんか結局のところ織賀に承認されなくちゃ意味がない。ここから先は織賀善一の領分である。・・・・否定してくれたらそれでよかった。だって、その言葉でどれだけ救われるだろう。これは祝部にとっての最後の取引でもあった。彼の出来る唯一の茶番だ。共犯者になりたかった。何食わぬ顔で否定してくれるなら、全てに見て見ぬ振りをして、一緒にいようと決めていた。聡い彼は、そのことすら見透かしているだろう。自分の言葉一つで、祝部が地獄までついてくることを知っている」

「何となく直感する。思い上がる。たとえば移川美加の事件が先に起きていたとしても、織賀善一は彼女を仲間に引き入れようとはしなかっただろう。何せ、織賀と祝部は恐ろしいほどに相性がいいのだ。理屈じゃない何かがそこにあったから、織賀の方もうっかり手を伸ばしてしまったのだろう。欲しかったものがそこにあるのに、手を伸ばさないのは怠慢だ。そんなことを考えたのかもしれない」
***

奇妙なキャラクターながら相性抜群だった二人の関係が崩壊に至らざるを得なかった理由、それが本書のコア部分で、ここはミステリとして十分に魅力的で、かつ、説得性もあった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする