落合順平 作品集

現代小説の部屋。

『ひいらぎの宿』 (21)

2013-12-12 12:49:49 | 現代小説
『ひいらぎの宿』 (21)第3章 山鯨と海の鯨の饗宴
渡良瀬川の、キャッチ&リリース




 「3.・11の大震災からもう1年近くが経つというのに、
 赤城大沼でのワカサギ釣りは、いまだにセシウム汚染で妨害をされたままだ。
 3月2日にようやく解禁するというから、喜び勇んで山頂まで登っていったというのに、
 キャッチ&リリースで、赤城大沼漁業協同組合が、責任をもってすべて回収するという。
 ワカサギなんてやつは、釣ったばかりのやつを天麩羅にして食うから、醍醐味があるんだぜ。
 体長が5~6センチにも満たないワカサギを、キャッチ&リリースするなんて
 今まで、まったく聞いたことがねぇ。
 一体全体、どうなってんだよ。福島第一原発のセシウムってやつは・・・・」


 池の補修に追われている俊彦の隣で、親友の岡本がぼやいています。
極道の顔を持つ岡本の唯一の趣味と呼べるものが、毎年、氷結した真冬に解禁される
赤城大沼でのワカサギ釣りです。



 「それで仕方なしに、渓流用のいでたちに変更したのか。
 ワカサギ釣りなら、氷の上に座っただけで楽しめるが、渓流釣りは山の中を歩き回るため
 大の苦手にしていたハズだったが、どうやら今年だけは別のようだ。
 顔写真入りの腕章まで付けているところをみると、年間共通の鑑札を買ったのか」


 「全魚種に使える年券で、9,450円だ。
 ところが、話をよく聞いたら桐生の市街地に一番接近をしてくる、
 はねたき橋の下の禁漁区指定板から、山田川と合流をする一帯が、やっぱり
 キャッチ&リリースの範囲に指定されている。
 魚を釣るのは一向にかまわないが、一切持ち帰るなというお上からのご達しだ。
 両毛漁業協同組合(※)の管内で、魚を持ち帰れるのは、お前さんが住み始めたここの
 草木から、足尾町のすぐ下流までに限定されている」


 「なるほど。それでしぶしぶ、その格好で俺を誘いに来たのか。
 だが、見たとおり俺は今、池の補修で忙しい。残念ながらしばらくは手が離せない」



 石組みで作成された池は和風の庭とマッチをしていて、ほど良い雰囲気を演出します。
しかし、石を組んだままでは隙間などができやすく、水漏れがなかなか止まりません。
長い年月を重ねていく中で土砂と苔で水漏れなどは収まっていきますが、急造では無理があります。
沢からの流れを塞き止め、特殊コンクリートを使い俊彦が目止めをはじめたばかりです。

 「冗談じゃなかったんだな、お前も。
 本当にこんな山奥に旅籠を作って、清子と2人で引っ込んじまう気なんだな・・・・」


 『どれ』と言いながら岡本が、池の中へのそりと降りてきます。
綺麗に積み上げられた石の様子を確認しながら、補修用の特殊コンクリートを手にします。



 「呑気に防水を待つのなら、別の方法もある。
 水をたっぷりと入れたあと、『米糠』か『おが屑』を投入してやる。
 そうすると2週間でどぶの様に腐ってくる。
 この腐ったものが石垣の隙間に詰まって、やがて水漏れが収まる。
 もうひとつ、粘土を十分に水で溶いて、どろどろになったものを放り込むというやり方もある。
 粘土が石垣の隙間に詰まるまで、ひたすら池の泥をかき混ぜつづける。
 昔の用水掘りでは、大雨の濁流などで流れ込んできた粘土質をうまく使って、
 水漏れ用の下地にあてたそうだ。
 だが、そいつにも問題がある。下手に石垣をゴシゴシ洗ってしまうとと、
 この詰まったゴミが取れてしまい、水漏れが激しくなる場合があるから、要注意だ」



 「へぇ。そんな方法もあるのかい。初めて聞いた」


 「今のように便利な防水材がなかったから、そんな風にして対策をしたそうだ。
 防水対策なんか適当に、とっとと片付けて、早く渓流へ釣りに行こうぜ。
 ヤマメやイワナが首を長くして、俺たちを待っている」



 渡良瀬川は、栃木県日光市と群馬県沼田市との境にある皇海山(すかいさん)に源を発しています。
足尾山塊一帯の水を集め、草木ダムを経て群馬と栃木の山あいを、南西方向へ流れます。
群馬県みどり市で南東方向に向きを変え、桐生市から足利市・太田市・佐野市・館林市などを経て、
おおむね、群馬と栃木の県境付近を流れていきます。
栃木県栃木市の藤岡地域で南に向きを変え、渡良瀬遊水地に入り、巴波川(うずまがわ)と、
思川の2本の河川とここで合流をします。
さらに茨城県と埼玉県の県境を南へ流れ、茨城県古河市と埼玉県加須市の境界で、
関東一の大河・『坂東太郎(ばんどうたろう)』と呼ばれる利根川と合流を果たします。


 ※両毛漁業協同組合は、足尾の源から渡良瀬川と桐生川の合流までの間の
 本流とすべての支流を含めて管轄をしてします。
 自然豊かな山岳の渓流から、里川、街なかを流れる本流での大物狙いと、
 多彩な顔を持つ渓流フィールドとして、よく知られています。



 キャッチ&リリースにおける魚への配慮は、以下のとおりです。



・魚が釣れたら陸に上げず、なるべく魚を触らないよう、
 できるだけ短時間で川にリリースする。
・もし魚を触る場合は、手の温度が水温に近づくまで水に付けよく冷やし、優しく持つ。
・針が飲み込まれてしまった場合は、速やかに糸を切りリリースする。
 飲み込まれた針を残置したままリリースした時の生存率は非常に高く、また、
 飲み込まれた針を無理に外すと非常にダメージが大きく、
 リリース後に死んでしまうケースがある。
・魚に優しいランディングネット、針外し(フォーセップ、フックリリーサー)等の
 使用を推奨する。





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