落合順平 作品集

現代小説の部屋。

『ひいらぎの宿』 (38)

2013-12-30 06:25:22 | 現代小説
『ひいらぎの宿』 (38)第4章 ひいらぎの宿、最初のお客様  
静かな空気のままに 
 



 日本の伝統的な古民家は、床敷きの部屋と土間の空間が大黒柱を軸に結合をした形を作っています。
囲炉裏が切られるのは多くの場合、床敷きの部屋の中央部分です。
マッチなどによる着火が容易でなかった時代、囲炉裏の火は絶やされることなく、竈(かまど)や
照明具の火種として使われてきました。
燃料は、煮炊き専用として作られた「かまど」とは異なり火力よりも、火持ちのよさが重視されています。
現代家屋では煙の出ない炭火が用いられることが多いのですが、古い持代においてはコストのかかる炭火は
むしろ火鉢専用として使われ、囲炉裏では、大割りした薪が用いられることが多いようです。


 暖をとるために用いられるほか、食物の煮炊き用にも使われます。
自在鉤(じざいかぎ)や五徳などを用いて鍋を火にかけ、炊飯をはじめあらゆる煮炊きを行なってきました。
魚などの食材を串に刺し火の周囲の灰に立てたり、灰の中に食材を埋めて焼くことも多かったようです。
徳利を灰に埋めて酒を燗する場合などもあります。
北陸地方の場合、竈(かまど)が作られるのは昭和30年代が中心で、それまではあらゆる煮炊きを
囲炉裏で行なってきたという歴史があります。
温暖な西日本では夏季の囲炉裏の使用を嫌い、竈との使い分けが古くから行なわれてきたようです。


 囲炉裏はまた、家族や人を集結させる場としての機能も持っています。
食事時や夜間は、自然と囲炉裏の回りにおおくの人が集まり、会話が生まれます。
家族の着座場所が端然と決まっており、家族内の序列秩序を再確認する機能などもあります。
着座場所の名称は地方によって異なりますが、例えば横座、嬶座(かかざ)、客座、木尻または
下座(げざ)といった風に呼ばれています。



 土間から見て奥が家長専用の横座です。その左右が主婦のすわるかか座(北座)と、客人・長男・婿のすわる客座(向座)、
土間寄りが、下男や下女たちのための木尻と定まっているようです。
部屋中に暖かい空気を充満させることによって、木材中の含水率を下げ、腐食しづらくさせます。
また薪を燃やすときの煙に含まれるタール(木タール)が、梁や茅葺の屋根、藁屋根の建材に浸透し、
防虫性や防水性などを高めてくれます。



 「囲炉裏の火というものは思いのほか、暖かいんですねぇ。
 紙と木材だけで作られた古民家が、囲炉裏の火だけでこんなに暖かいとは驚きです。
 凄いものがありますね、先人たちの知恵というものには・・・・」


 温かい食事が済みすっかり落ち着いたのか、小林青年がどっしりとした梁を見上げながら感心をしています。
屋根裏をむきだしのまま横切っていく黒々とした梁の太さが、この家の屈強さを物語っています。
イギリスの住宅寿命は141年。フランスやドイツなどのヨーロッパの国々は、石造り建築の文化がある為、
住宅の平均寿命は、100年に迫るという長さを誇っています。
消費大国で、モノを使い捨てるようなイメージがあるアメリカは日本と同じように、木造の住宅が多いものの
それでも103年という長い寿命を保っています。


 これらにたいして日本の木造住宅は、わずかに30年の寿命しかありません。
古民家の屋根裏や骨組みの様子を下から見上げると、圧倒的な木材の太さと逞しさに驚嘆をします。
くねった曲線をそのままに生かし、表面を荒々しく削ったままで硬質の肌をそのまま見せる木材たちの
存在感というものに、無言にうちに圧倒をされてしまいます。
真っ直ぐの木材ばかりを使う製法にこだわりすぎて、細い柱や木材を使いすぎたことが
近代日本の住宅寿命の短さを生み出す結果になってきたのです。
100年の歳月を乗り越えて、いまだに微動だにしない古民家の屋根裏からは、そんな声が
まさに、静かに聞こえてきそうな気配さえ漂ってきます・・・・


 小林青年が思わず、囲炉裏の傍らで生あくびを噛み殺します。
腹が満たされたことと、目の前で滔々と燃える炎から来る暖かさが、思わずの安心感と眠気を誘ったようです。
『あら・・・・』それを見つけた清子が、小さくクスリと笑います。



 「奥の部屋に、お布団の支度などができております。
 別棟を旅籠にするためただいま改装中ですので、出来上がるまでのあいだ母屋の一室を客間としています。
 お湯も湧いておりますので、一風呂をあびてから休まれてはどうですか。
 私たちもそろそろ休もうかと思いますゆえ」


 「あ。居心地が良すぎたために、つい長居などをしてしまいました。
 どうかもう、これ以上はお気づかいなく。僕はもうこれで失礼をしたいと思います」


 「いやいや。どうやら疲れているご様子だ。
 急いで帰る理由が無いのなら、遠慮しないで泊まっていってください。
 館林までなら朝早くに起きれば、通勤的にはなんの問題もないでしょう。
 あなたのおかげで、私も遭難をしないで済んだのですから。・・・・と言うのは少々大げさかな。
 清子。小林君を部屋まで案内をしてあげなさい」

 
 『はい』と清子が立ち上がります。
『遠慮なさらずに』と清子に重ねて促されると、素直に小林青年も立ち上がります。
『それではお言葉に甘えまして』俊彦へペコリと頭を下げると、安心をしたような足取りを見せながら
清子のあとについて、古民家の奥へと消えていきます。






(39)へ、つづく


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