『ひいらぎの宿』 (25)第3章 山鯨と海の鯨の饗宴
体を蝕む、セシウムの危険性とは

「穏やかな話じゃねぇな。
そうするとこの辺の一帯は、高濃度の汚染地帯の帯の中ということになる。
だがよ、トシ。今更ながらの質問だが、放射性物質であるセシウムを体内に取り込むと
なぜに、それほどまでに危険なんだ。
大人たちはある程度は大丈夫なのに、子供たちには重大な影響を与えるという
理由が、俺にはいまいちよくわからねぇ」
黒坂石の渓流に沿って下る車の助手席から、岡本が俊彦へ声をかけます。
ハンドルを忙しく操作している俊彦が『たしかに、今更ながらの質問だな』と目を細めて笑います。
「3.11の福島第一原発の事故によって注目されたのは、事故の当初はヨウ素だった。
今は、セシウムが注目されているし、こいつが実は、一番厄介な代物だ。
ヨウ素は半減期が8日間なので、注意するのは8日間だけですむ。
ところがセシウムに関しましては、セシウム134が約2年、セシウム137が約30年、
と、非常に長い半減期を持っている。
そう言う意味では、これから長い期間にわたって観察を要する危険な放射物質だ。
放射性物質のセシウムは、人体にとって必要な元素であるカリウムやナトリウムなどに、
よく似たような性質をもっている。
特にカリウムというやつは、細胞の中に入っていく役目を担っている物質だ。
そのために、似たような性質を持つセシウムを、一度人体に取り込んでしまうと、
人の体は、カリウムとセシウムの区別がつかないために、体の組織内へと、
積極的に吸収をしていってしまうことになる。
取り込まれてしまったセシウムは、人の体の細胞の中で体内被爆を広げ続ける。
常に放射線を出し続けているので、隣接した細胞をひたすら攻撃する。
セシウムは、がんを発症させるための原因を作り、白血球を減少させてしまう物質だ。
半減期は30年というから、長い期間にわたって細胞はこうした攻撃を受けることになる。
活発な細胞分裂を常に繰り返しながら、成長をしていく子供たちにとって、
こうした攻撃は、絶対に避けていかなければならない。
細胞分裂を活発に行っているから、多少攻撃を受けても大丈夫と思うかもしれないが、
現実問題はまったくそれとは逆になる。
放射線によって傷ついてしまったDNAは、正しい細胞分裂ができなくなるために、
健康な体に成長することができなくなってしまうからだ。
人生の早い段階で被爆してしまった子供たちは、
それからの長い期間を、傷ついた細胞とともに過ごしていくことになる。
細胞分裂の早い子供のほうが、大人よりも早い段階で身体への悪影響が出てくる。
セシウムは、土などの土壌との親和性も非常に強いために、
非常に高いレベルでの、土壌の放射性汚染も引き起こす。
あの有名なチェルノブイリの事故では、セシウム137という物質によって、
広い範囲の土壌が汚染されてしまった結果、何十万人もの人が移住するはめになり、
25年経った今も、そこは立ち入り禁止区域となったままだ。
福島第一原発の事故当初は西からの風により、放射性物質の大半が海へ流れた。
西風が多い地形のために、必然的に最初からその場所に建てられていたからだ。
もし仮に、最初から陸地に向かって大量に流れていたとしたら、実際にはどれだけの
被害が出たのか、計り知れないものがあるそうだ」
「なるほど。実に、わかりやすいいい説明だ。
東電や政府の連中も、そのくらいわかりやすく説明をしてくれればいいものを。
危機管理能力が欠如しているうえに、国家の存亡に関わる話は全て国民には
秘密にしたがる傾向には困ったもんだ。
25年が経過したチェルノブイリで、いまだに立ち入り禁止の処置が続いているということは、
福島第一原発の20キロ圏内でも、当然同じことがいえるはずだろう。
この先で被災地はいったい、どうなるんだろうなぁ」
「先のことは、誰にもわからんさ・・・・」そうつぶやきながら俊彦が左へ
大きくハンドルを切ったとき、なぜか視線を横切っていった白い車の残像が気にかかります。
ちょうど渓流が大きく左へうねり、深い淵を見下ろせる空間のちょっとした駐車のスポットが
路肩に作られている周辺での、出来事です。
「どうかしたか。なにか気になるものでも見つけたか?」
「いや。そこを通過した際に、何げに駐車している白い車が気になっただけだ。
たしか、ここから1時間以上もかかるJA(農協)館林という名称が横に書いてあった気がする。
今朝読んだ朝刊で、たしかそんな文字を見たような記憶がある。
少しばかり、そんなことが気になっただけのことさ」
「今朝の新聞か?。ああ、例の不幸なひき逃げ事故の話か。
いきなり目の前に、3人乗りのバイクから1人が転落して、それを後続の車が轢いたという
あの、出会い頭の事故だろう。
可哀想だが事故を起こして逃亡をしてしまえば、それはやっぱりひき逃げだ。
だが、JA館林の近所というだけで、それとこれとは関係がないだろう。
JAなら、農産物を扱うのが中心だから、このあたりに出没しても珍しくはなかろう。
それとも、職員が仕事でもサボって、そのあたりの深みで竿でも出しているのかもしれん。
ようやく、渓流が解禁になったばかりだ。
太公望たちにしてみれば、すこぶる待ちかねてた春の到来だ。
イワナを土産に早いとこ帰って、土産に持ってきた鯨を肴に一杯やろうぜ」
「鯨の肉か、豪勢な土産だな。
そういえば、作次郎老人からも山の鯨の肉をもらったはずだ。
イワナをメインに海の鯨と、山の鯨の競演か。旨い酒が飲めそうだな・・・・」
俊彦が見かけたJAの所在地、館林市は群馬県最南端にある古い城下町です。
上毛かるたで「ツル舞う形」と読まれている群馬県の、「ツル」のくちばしに位置しています。
2万年前から最初に人々が住み始めたと言われ、中世の戦国時代に入ると赤井氏や長尾氏、由良氏などの
屈強な武士たちが相次いで館林を本拠地としました。
最終的に、1590年に徳川四天王の一人である榊原康政が、関東以北への押さえ処として
館林城に入り、城下町として一帯を整備しました。
江戸時代、第五代将軍徳川綱吉が城主だった時期(25万石)もあります。

「新田さらだ館」の、本館はこちら
さらだ館は、食と、農業の安心と安全な未来を語る、ホームページです。
詳しくはこちら
体を蝕む、セシウムの危険性とは

「穏やかな話じゃねぇな。
そうするとこの辺の一帯は、高濃度の汚染地帯の帯の中ということになる。
だがよ、トシ。今更ながらの質問だが、放射性物質であるセシウムを体内に取り込むと
なぜに、それほどまでに危険なんだ。
大人たちはある程度は大丈夫なのに、子供たちには重大な影響を与えるという
理由が、俺にはいまいちよくわからねぇ」
黒坂石の渓流に沿って下る車の助手席から、岡本が俊彦へ声をかけます。
ハンドルを忙しく操作している俊彦が『たしかに、今更ながらの質問だな』と目を細めて笑います。
「3.11の福島第一原発の事故によって注目されたのは、事故の当初はヨウ素だった。
今は、セシウムが注目されているし、こいつが実は、一番厄介な代物だ。
ヨウ素は半減期が8日間なので、注意するのは8日間だけですむ。
ところがセシウムに関しましては、セシウム134が約2年、セシウム137が約30年、
と、非常に長い半減期を持っている。
そう言う意味では、これから長い期間にわたって観察を要する危険な放射物質だ。
放射性物質のセシウムは、人体にとって必要な元素であるカリウムやナトリウムなどに、
よく似たような性質をもっている。
特にカリウムというやつは、細胞の中に入っていく役目を担っている物質だ。
そのために、似たような性質を持つセシウムを、一度人体に取り込んでしまうと、
人の体は、カリウムとセシウムの区別がつかないために、体の組織内へと、
積極的に吸収をしていってしまうことになる。
取り込まれてしまったセシウムは、人の体の細胞の中で体内被爆を広げ続ける。
常に放射線を出し続けているので、隣接した細胞をひたすら攻撃する。
セシウムは、がんを発症させるための原因を作り、白血球を減少させてしまう物質だ。
半減期は30年というから、長い期間にわたって細胞はこうした攻撃を受けることになる。
活発な細胞分裂を常に繰り返しながら、成長をしていく子供たちにとって、
こうした攻撃は、絶対に避けていかなければならない。
細胞分裂を活発に行っているから、多少攻撃を受けても大丈夫と思うかもしれないが、
現実問題はまったくそれとは逆になる。
放射線によって傷ついてしまったDNAは、正しい細胞分裂ができなくなるために、
健康な体に成長することができなくなってしまうからだ。
人生の早い段階で被爆してしまった子供たちは、
それからの長い期間を、傷ついた細胞とともに過ごしていくことになる。
細胞分裂の早い子供のほうが、大人よりも早い段階で身体への悪影響が出てくる。
セシウムは、土などの土壌との親和性も非常に強いために、
非常に高いレベルでの、土壌の放射性汚染も引き起こす。
あの有名なチェルノブイリの事故では、セシウム137という物質によって、
広い範囲の土壌が汚染されてしまった結果、何十万人もの人が移住するはめになり、
25年経った今も、そこは立ち入り禁止区域となったままだ。
福島第一原発の事故当初は西からの風により、放射性物質の大半が海へ流れた。
西風が多い地形のために、必然的に最初からその場所に建てられていたからだ。
もし仮に、最初から陸地に向かって大量に流れていたとしたら、実際にはどれだけの
被害が出たのか、計り知れないものがあるそうだ」
「なるほど。実に、わかりやすいいい説明だ。
東電や政府の連中も、そのくらいわかりやすく説明をしてくれればいいものを。
危機管理能力が欠如しているうえに、国家の存亡に関わる話は全て国民には
秘密にしたがる傾向には困ったもんだ。
25年が経過したチェルノブイリで、いまだに立ち入り禁止の処置が続いているということは、
福島第一原発の20キロ圏内でも、当然同じことがいえるはずだろう。
この先で被災地はいったい、どうなるんだろうなぁ」
「先のことは、誰にもわからんさ・・・・」そうつぶやきながら俊彦が左へ
大きくハンドルを切ったとき、なぜか視線を横切っていった白い車の残像が気にかかります。
ちょうど渓流が大きく左へうねり、深い淵を見下ろせる空間のちょっとした駐車のスポットが
路肩に作られている周辺での、出来事です。
「どうかしたか。なにか気になるものでも見つけたか?」
「いや。そこを通過した際に、何げに駐車している白い車が気になっただけだ。
たしか、ここから1時間以上もかかるJA(農協)館林という名称が横に書いてあった気がする。
今朝読んだ朝刊で、たしかそんな文字を見たような記憶がある。
少しばかり、そんなことが気になっただけのことさ」
「今朝の新聞か?。ああ、例の不幸なひき逃げ事故の話か。
いきなり目の前に、3人乗りのバイクから1人が転落して、それを後続の車が轢いたという
あの、出会い頭の事故だろう。
可哀想だが事故を起こして逃亡をしてしまえば、それはやっぱりひき逃げだ。
だが、JA館林の近所というだけで、それとこれとは関係がないだろう。
JAなら、農産物を扱うのが中心だから、このあたりに出没しても珍しくはなかろう。
それとも、職員が仕事でもサボって、そのあたりの深みで竿でも出しているのかもしれん。
ようやく、渓流が解禁になったばかりだ。
太公望たちにしてみれば、すこぶる待ちかねてた春の到来だ。
イワナを土産に早いとこ帰って、土産に持ってきた鯨を肴に一杯やろうぜ」
「鯨の肉か、豪勢な土産だな。
そういえば、作次郎老人からも山の鯨の肉をもらったはずだ。
イワナをメインに海の鯨と、山の鯨の競演か。旨い酒が飲めそうだな・・・・」
俊彦が見かけたJAの所在地、館林市は群馬県最南端にある古い城下町です。
上毛かるたで「ツル舞う形」と読まれている群馬県の、「ツル」のくちばしに位置しています。
2万年前から最初に人々が住み始めたと言われ、中世の戦国時代に入ると赤井氏や長尾氏、由良氏などの
屈強な武士たちが相次いで館林を本拠地としました。
最終的に、1590年に徳川四天王の一人である榊原康政が、関東以北への押さえ処として
館林城に入り、城下町として一帯を整備しました。
江戸時代、第五代将軍徳川綱吉が城主だった時期(25万石)もあります。

「新田さらだ館」の、本館はこちら
さらだ館は、食と、農業の安心と安全な未来を語る、ホームページです。
詳しくはこちら