落合順平 作品集

現代小説の部屋。

東京電力集金人 (84)放射線量、スクリーニング

2014-09-17 13:24:06 | 現代小説
東京電力集金人 (84)放射線量、スクリーニング



 富岡駅から国道6号線に戻り、双葉町にむかって北へすすむ。
ここから双葉町までは、およそ14キロほどある。
この区間は、最初から重度の警戒区域の指定を受けている。
海岸沿いを北上する国道6号線が、事故を起こした福島第一原発に最接近するためだ。
1時間当たりの空間放射線量は高い場所で、いまだに30マイクロシーベルトを記録する。

 
 国は14キロあまりのこの区間の除染を、急ピッチですすめている。
早ければ3ヶ月ほどで除染作業を終了させ、夏には自由走行を実現させたいと息巻いている。
現状は、避難区域に住んでいた住民が通勤や通院、一時帰宅などを理由に各市町村から
「特別通過」の許可を受けた場合にのみ、通行することができる。


 国道6号は、福島の復興と復旧のために欠かせない幹線道路だ。
14キロ余りの規制区間が撤廃されると、国道6号国道はいわき市から新地町までの
全163キロが、かつてのように通行できるようになる。
だが現実はそれほど甘くはない。厳しい現実がすぐ、俺たちの目の前に現れた。


 
 東電が運営している巨大なスクリーニング(放射線測定)会場が、前方に出現した。
ここで線量計や防護服、無線機などが手渡される。
帰還困難区域に入るためのチェックを受ける場所で、必ず通らなければならない関所のようなものだ。
だが検問と放射線を測定するためのスクリーニングは、この場所だけではない。
浪江町を通過するまで最低3ヵ所で、同じような検査を受けることになる。


 スクリーニングには、「ふるい分け」という意味が有る。
原子力施設周辺に住む住民たちが原子力災害が発生した際の、放射能汚染の検査や、
これに伴う医学的検査を必要とする事態が生じた場合、救護所などにおいて、
国の緊急被ばく医療派遣チームの協力を得て、身体の表面に放射性物質が付着している
者のふるい分け作業を実施する。
この作業のことを、スクリーニングと呼ぶ。
人だけに限ったわけではない。同行した動物や車まで、念入りに検査をされる。


 スクリーニングを実施した結果、放射能汚染の応急除染が必要と認められた者は、
救護所要員の指示のもと、自分で除染を行う。
残存汚染がある場合や、医療的な処置が特に必要と認められた場合は、
二次被ばく医療施設に転送されることもある。



 入るためのスクリーニング検査を終えた後、「なるべく速やかに、通過してください」
と担当係官が、書類を返してくれた。
群馬ナンバーを胡散臭そうな目で見た係官が、るみの浪江町の住所で納得をしたようだ。
「無用に路肩に立ち止まったり、脇道には、絶対に入らないようにしてください」
と係官が俺たちの顔を執拗に覗き込みながら、さらにくどくどと念を押す。


 「脇道に入るなと言ったって、どこもかしこも、短管のバリケードだらけじゃないか。
 よく言うぜ、あの愛想の悪い係官の野郎も」


 「仕方ないじゃないの、仕事でやっていることだもの。
 除染作業中だし、物見雄山で路肩に停まったらそれこそ邪魔で仕方がないじゃないの。
 それに、空間線量がこんなにも高いのよ。ほら」



 るみが預かって来たばかりの空間線量計を、運転中の俺の目の前に差し出す。
3マイクロシーベルトから8マイクロシーベルトの間を、数字が忙しく上下している。
別に機械が故障しているわけではない。
国道に沿って路肩や側溝などで、急ピッチでの除染作業が進行しているためだ。
あれから3年が経過した今、ほとんどの放射性物質は、地表と地下数センチの層に堆積している。
警戒区域に除染作業が入った今、別の意味で被爆の危険性が増している。


 線量の高い地域で行われる除染作業は、真夏でも防護服にマスク、手袋を必ず着用する。
これから暑くなれば、熱中症の危険性も増してくる。
重機などを多用するため、堆積した放射性物質がふたたび空中に舞い上がる。
あちこちで除染作業が急ピッチですすんでいる国道6号線は、事故直後のきわめて危険な
汚染状態に、逆戻りしているともいえるだろう。


 (誰が車を停めるもんか。こんな危険な道路の路肩でなんか・・・)



 茶色の雑草で路肩が覆われている双葉町へ向かう国道は、3年前のあの日のまま、
まったく時の流れを失っている。
双葉町は町の96%の面積が、立ち入り不可の「帰還困難区域」に指定されている。

 立ち入りが許可された帰宅準備地区には、たった4%の住人しか住んでいないことになる。
96%を占める帰還困難区域の住民たちの一時帰宅は、きわめて厳重に管理されている。
申請者は3カ月に一度しか、出入りすることが許されない。
入ることを事前に申請した上で、スクリーニング場や検問などで何度も確認されたうえで
ようやく、町の入り口にたどり着く。


 国道から見る限り、双葉町の中に、まったくと言っていいほど人の姿は見えない。
除染作業も手がついていないため一時帰宅が許された車と、ごくたまにすれ違うだけだ。
電気や水道などのインフラは、あの日のまま復旧をしていない。
町は生活の機能を失ったまま、信号機は赤の点滅を、ひたすら無駄に繰り返している。


 町内は何処を見ても、まったく茶色の一色だ。
伸びたまま枯れてしまった雑草と、手入れをされずに赤々とサビついた家々ばかりが目立つ。
地震と余震で壊れた家が、道路をふさぐように倒壊している。
双葉高校には、平成23年3月の全国高校柔道選手権大会出場を祝う垂れ幕が
はられたままだし、双葉町役場の時計は、2時46分を指していまも止まったままだ。




(85)へつづく

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