落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第125話 年越しのイベント

2015-03-04 10:49:14 | 現代小説
「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。


おちょぼ 第125話 年越しのイベント



 京都の伝統芸能を守るおおきに財団の理事長は、演歌の節回しを好む。
数曲を立て続けに唄った後。今度は酔いに任せて、嫌がっている駒子を
ステージに強引に引っ張りあげる。
50歳の年齢差をものともせず、ワシが節回しを教えてやるから何かの時のために
覚えておけと、古い演歌のデュエット曲をリクエストする。


 「強引なんだから、理事長さんは」と、駒子が苦笑を見せる。
だが、古いデュエット曲のイントロが流れてきた瞬間、リードしはじめたのは
芸者修行中の駒子のほうだ。
声を張り上げて熱唱をはじめる駒子の姿に、居合わせた一同が唖然とする・・・


 帰国子女のサラは、初めて聞くような英語の曲をオーダーする。
さすがに英語圏で育っただけのことは有る。発音は実に滑らかだ。
英語の歌詞をものの見事に歌いあげて、聞いている者たちを感心させる。
最後に指名をされた佳つ乃(かつの)が、はいと応えてマスターに
昭和に流行ったデュエットの曲を入れてもらう。
「北空港」と言う、1980年代に流行ったデュエット曲だ。



(あなたも来て。たぶん、なんとなく知っている曲だと思います)
と、似顔絵師の腕をつかんで離さない。
なるほど。イントロが流れてくると、なんとなく、どこかで聞いた記憶が有る。


(なんでこんな古い曲を知っているんだい、、君は)
似顔絵師が間奏のあいだに、佳つ乃(かつの)の耳にそっとささやく。
(お座敷のあと。必ずバーかスナックへお客さんに誘われます。
営業どすから、断るわけにもいかしまへん。
定番のカラオケでは、必ずデュエット曲ばかりが入るんどす。
いまどきの妓は古典芸能以外にも、カラオケのデュエット曲を覚えなあきまへん。
ウチより若いあんたこそ、いつの間に、こんな曲を覚えたんどすか。
ウチがおらんあいだ。ひょっとして別の子と、カラオケで遊んでいたんやないやろねぇ?)
(若い子は、知らんだろう、こんな古い曲は・・・)


 邪推だよ、君の、とささやいていると、
「お前ら、マイクを使って夫婦漫才をするのは、いい加減にしろ。
歌いたくないのなら、さっさとマイクを切って、ステージの隅で口論でもせい」
と、理事長の声が飛んでくる。
気が付くと伴奏はいつのまにか、2番の歌詞の中間まで進んでいる。



 あっと気づいた佳つ乃(かつの)が、涼しい顔で2番の歌詞を口にする。
(しくじったやないの、あんたのせいで)と、女性の詞の部分を歌い終わった瞬間、
似顔絵師の横腹に、佳つ乃(かつの)肘鉄が飛んできた。


 午後10時30分。「そろそろ上がろうか」と理事長が言い出した。
「ぼちぼちええ刻限や」と、マスターを呼び寄せる。
「客も来んようだし、店を閉めて、いつもの年越しイベントに顔出そうか」
とマスターの手に、自分の財布を手渡す。


 理事長は自分の手で財布から札を出すという、通常の支払い方法を取らない。
勘定の際、いつでも、相手に自分の財布をそのまま渡す。
好きなだけ取れと言う理事長ならではの、豪放過ぎる支払い方法だ。



 「ワシらはいつものように、稲包(いなつつみ)神社の年越しに行く。
 お前さんたちはどうする?。
 一緒に行くのならもう一台、車を手配するが、別に無理強いはせんぞ」


 「お前たちは着いてくるな、という風に聞こえましたが?」



 「いなつつみは、日向見(ひなたみ)地区に有るひなびた神社だ。
 観光客向けのイベントをしているわけではない。
 地元の人たちが、年越しと初詣のために、毎年集まっていた質素なものじゃ。
 たき火がたかれ、甘酒が無料で振る舞われる。
 最近は四万温泉の青年部がやってきて、年越しそばの販売やカウントダウン、
 餅つきなども行われるようになった。
 つきたての餅が振る舞われるんだぞ。これもまた楽しみのひとつじゃ。
 素朴な神社で初詣。これがワシの毎年の楽しみなんじゃわい」


 「そういうことでは、理事長と駒子さんの楽しみを、邪魔するわけにはいきません。
 僕らは、歩いて行ける日向見の薬師堂にしましょう」


 「おう。茅葺のおこもり堂がある、薬師堂か。うん、そこもよかろう。
 ではそういうことで、2手に別れて初詣に出かけるか。
 明日の朝は、全員、ワシの部屋へ集合せい。
 年始の特別な膳を手配しておいたから、盛大に祝おうではないか。
 サラ。今夜も佳つ乃(かつの)の部屋へ泊まってもよいが、雑魚寝は駄目だぞ。
 2人だけにして、お前は少し離れて膝を抱えて眠るがよい」


 「そんなぁ、お祖父ちゃん。
 雑魚寝だけが楽しみで、姐さんの部屋へお邪魔しとんのどすぇ。
 雑魚寝が駄目だというのなら、お祖父ちゃんの部屋へ戻って、駒子はんと2人で寝ます。
 ねぇ、駒子はん。辛気臭い年寄りと眠るより、若い者2人で眠るほうが
 修学旅行のようで、よっぽども楽しくなると思います。
 そうは思いませんか。そうしましょう」


 「あら、楽しそうですねぇ、それもまた」と真顔で受け答える駒子に、
理事長が「とんでもない話じゃ。断じてワシは許さん。
邪魔をするのなら、佳つ乃(かつの)と似顔絵師の間に割り込むがよかろう。
間違っても、ワシと駒子の間に潜り込むんじゃない。
よかろう。今夜も外泊を許すから、存分に3人で雑魚寝を楽しむがいい」
あっはっはと大きな声で笑いながら、理事長が、赤い顔をして照れている
駒子の肩を嬉しそうに叩く。



 
第126話につづく

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