つわものたちの夢の跡・Ⅱ
(2)幼なじみ

すずと勇作は、称念寺の近くにある保育園で出会った。
お互い共稼ぎの家庭に生まれたすずと勇作は、生後3ヶ月から保育園に預けられた。
ゼロ歳児の「ぱんだ組」が、最初の出会いの場になった。
3日前から預けられていたすずの隣へ、勇作が置かれたことがすべての始まりだ。
ニコニコと無邪気に笑うすずの隣。それがその後の勇作の、指定席になった。
1歳児の「ひよこ組」。2歳児の「りす組」と2人はすこやかに進級していく。
5歳児の「ぞう組」に入るまで、2人は保母さんたちによって、まるで
ほんとうの姉弟のように扱われた。
すずと勇作の境遇は、小学校へ入っても継続していく。
小学校の6年間も、一度も離れることなく、同じクラスで授業を受ける。
中学の3年間も卒業するまで、同じように同じクラスで学び続ける。
つまり。すずと勇作は、旅立ちを迎える15の春まで、一度も離れることなく、
一緒に居るのが当たり前の2人として、育ってきたことになる。
幼なじみの2人は、帰宅もまったく同じ方向だ。
自転車通学のすずと、徒歩で通学する勇作が、並んで帰る姿も必然的に多くなる。
だがつい最近になってから、勇作が少しづつすずの姿を避けるようになってきた。
「なんでうら(わたし)と一緒に帰らんのさ。
いままでず~と一緒やないか、今更避けるなんて、おかしいんやざ(だろう)」
迷惑そうな顔をしている勇作を、すずが無理やりにひき停める。
自転車で追いついてきたすずが、両手をひろげて勇作の行く手をさえぎる。
2人が、中学2年生になった時のことだ。
秋の文化祭が近くなってきた、10月初旬の夕方。
実行委員を担当している2人は、他の生徒たちより帰りの時間が遅くなる。
夕刻が迫ったあぜ道に、もう中学生たちの人影は残っていない。
傾きかけた秋の陽は、早くも、西の山の峰に落ちかけている。
「避けとらんぞ、うらは別に・・・
お前と居るのが、だんだん恥ずかしいと、何となく思えてきたからだ。
最近のお前は、みょうに、大人びてきてるやろ」
「しゃっぱこき(嘘つき)。うらは何ひとつ変っておらん。
ず~とムカシから、このまんまや。 なんでうらを避けるんや。訳がわからん 」
「変わってきとるぞ、お前は・・・
きょうび、なにやら、めきめきと綺麗になってきた。
それだけやないぞ。女っぽくもなってきた。
胸のふくらみなんか、うらには眩し過ぎて、まともに見れん」
「えっ・・・」
セーラー服姿のすずが、目をきょとんと丸くする。
自転車を押すことをやめたすずが、「どういう意味や」とあぜ道で立ち止まる。
勇作のおどおどとした目線が、すずのふくらんだ制服の胸元を、チラリと盗み見る。
「あ・・・」すずが慌てて、胸のふくらみを右の手で隠す。
ほとんど同時に、すずの左手が動く。
下げていたカバンを、思い切りよく空中へ振り回す。
バチーンと鈍い音を立てて、すずのカバンが勇作の頬を直撃する。
態勢を崩した勇作が、用水路の斜面に向かって足を滑らせる。
そのまま水路に向かって、勇作の身体が落ちていく。
農業用に使う大型の用水路には、いまでもたっぷりの水が流れている。
大人でも、腰まで浸かるほどの水量が有る。
あわてて差し伸べてきたすずの右手を、勇作が必死の思いで握り返す。
「落ちたらいかん!」
「落ちてたまるか。頼むから、手は絶対に離さないでくれ。
もとはといえば、お前が悪いちゅうんやざ。
いつの間にか、お前の尻も、オッパイも、でかくなっているんだもんやで、
何処を見たらええか困っているんだ、うら(俺は)は。
目のやり場に困っているのは、いつの間にか、女ぽくなり過ぎた、
お前のせいやざ!」
「あんぽんたん(馬鹿)。あんたのことなんか、よう知らん。
勝手に用水路へ落ちろ。この、どスケベ」
次の瞬間。はい、さようならと、すずが握った右手をあっさりと離す。
完全にバランスを失った勇作が、両手をバタバタと振り回したままズルズルと
用水路に向かって、ゆるい斜面を滑り落ちていく。
(3)へつづく
つわものたち、第一部はこちら
(2)幼なじみ

すずと勇作は、称念寺の近くにある保育園で出会った。
お互い共稼ぎの家庭に生まれたすずと勇作は、生後3ヶ月から保育園に預けられた。
ゼロ歳児の「ぱんだ組」が、最初の出会いの場になった。
3日前から預けられていたすずの隣へ、勇作が置かれたことがすべての始まりだ。
ニコニコと無邪気に笑うすずの隣。それがその後の勇作の、指定席になった。
1歳児の「ひよこ組」。2歳児の「りす組」と2人はすこやかに進級していく。
5歳児の「ぞう組」に入るまで、2人は保母さんたちによって、まるで
ほんとうの姉弟のように扱われた。
すずと勇作の境遇は、小学校へ入っても継続していく。
小学校の6年間も、一度も離れることなく、同じクラスで授業を受ける。
中学の3年間も卒業するまで、同じように同じクラスで学び続ける。
つまり。すずと勇作は、旅立ちを迎える15の春まで、一度も離れることなく、
一緒に居るのが当たり前の2人として、育ってきたことになる。
幼なじみの2人は、帰宅もまったく同じ方向だ。
自転車通学のすずと、徒歩で通学する勇作が、並んで帰る姿も必然的に多くなる。
だがつい最近になってから、勇作が少しづつすずの姿を避けるようになってきた。
「なんでうら(わたし)と一緒に帰らんのさ。
いままでず~と一緒やないか、今更避けるなんて、おかしいんやざ(だろう)」
迷惑そうな顔をしている勇作を、すずが無理やりにひき停める。
自転車で追いついてきたすずが、両手をひろげて勇作の行く手をさえぎる。
2人が、中学2年生になった時のことだ。
秋の文化祭が近くなってきた、10月初旬の夕方。
実行委員を担当している2人は、他の生徒たちより帰りの時間が遅くなる。
夕刻が迫ったあぜ道に、もう中学生たちの人影は残っていない。
傾きかけた秋の陽は、早くも、西の山の峰に落ちかけている。
「避けとらんぞ、うらは別に・・・
お前と居るのが、だんだん恥ずかしいと、何となく思えてきたからだ。
最近のお前は、みょうに、大人びてきてるやろ」
「しゃっぱこき(嘘つき)。うらは何ひとつ変っておらん。
ず~とムカシから、このまんまや。 なんでうらを避けるんや。訳がわからん 」
「変わってきとるぞ、お前は・・・
きょうび、なにやら、めきめきと綺麗になってきた。
それだけやないぞ。女っぽくもなってきた。
胸のふくらみなんか、うらには眩し過ぎて、まともに見れん」
「えっ・・・」
セーラー服姿のすずが、目をきょとんと丸くする。
自転車を押すことをやめたすずが、「どういう意味や」とあぜ道で立ち止まる。
勇作のおどおどとした目線が、すずのふくらんだ制服の胸元を、チラリと盗み見る。
「あ・・・」すずが慌てて、胸のふくらみを右の手で隠す。
ほとんど同時に、すずの左手が動く。
下げていたカバンを、思い切りよく空中へ振り回す。
バチーンと鈍い音を立てて、すずのカバンが勇作の頬を直撃する。
態勢を崩した勇作が、用水路の斜面に向かって足を滑らせる。
そのまま水路に向かって、勇作の身体が落ちていく。
農業用に使う大型の用水路には、いまでもたっぷりの水が流れている。
大人でも、腰まで浸かるほどの水量が有る。
あわてて差し伸べてきたすずの右手を、勇作が必死の思いで握り返す。
「落ちたらいかん!」
「落ちてたまるか。頼むから、手は絶対に離さないでくれ。
もとはといえば、お前が悪いちゅうんやざ。
いつの間にか、お前の尻も、オッパイも、でかくなっているんだもんやで、
何処を見たらええか困っているんだ、うら(俺は)は。
目のやり場に困っているのは、いつの間にか、女ぽくなり過ぎた、
お前のせいやざ!」
「あんぽんたん(馬鹿)。あんたのことなんか、よう知らん。
勝手に用水路へ落ちろ。この、どスケベ」
次の瞬間。はい、さようならと、すずが握った右手をあっさりと離す。
完全にバランスを失った勇作が、両手をバタバタと振り回したままズルズルと
用水路に向かって、ゆるい斜面を滑り落ちていく。
(3)へつづく
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