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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 最終話 君に見せたい景色

2015-03-24 09:53:04 | 現代小説
おちょぼ 最終話 君に見せたい景色




 四万温泉から、中之条までの雪道を下って来た大作のワンボックスが、
そのまま中之条の市街地を越え、南へ向かう
「来た時とは、別の道のようどすなぁ」助手席で、美結が小首を傾げる。


 「榛名山へ、北から上っていく道だ。
 中之条から榛名山を越え、高崎市へ行く最短の道だ。
 でも高崎へは行かない。この車は、峠の途中で進路を変える。
 峠を左に越えていくと、湖畔の宿で知られる榛名湖へ出る。
 榛名湖を通り抜けて、そのまま東へ下れば、斜面の途中に伊香保温泉が有る。
 伊香保へ下る途中で君に見せたい、とっておきの景色が有る。
 そのための、回り道さ」


 「ウチに見せたい、とっておきの景色、どすか?。
 わざわざの遠回りなんて、なんや、ロマンチックな演出やねぇ」



 「そうでもない。実は、親父の対策を考えているんだが、名案が浮かばない。
 時間稼ぎさ。俺の腹を決めるための・・・」


 「時間稼ぎどすか。なんや夢のない話どすなぁ。
 殿方を懐柔するなら、得意どっせ。
 祇園で鍛えた必殺技を繰り出して、お父さんを懐柔して見せます。
 あ、あきまへんなぁ。
 これから嫁に行くという女が、お父さんを懐柔するのは不謹慎すぎますなぁ」


 ワンボックスが、榛名の北向き峠に差し掛かる。
眼下に結氷した榛名湖が、冬の日差しを受けて一面に広がる。
「これがあの有名な、山の寂しい湖に ひとり来たのも哀しいこころ 
と歌いだす湖畔の宿の湖どすか。
綺麗どすなぁ。ウチ、こないに凍り付いた湖を見るのは、生まれて初めてどす」
助手席から美結が、大きく体を乗り出す。



 「この程度の景色で良ければ、いつでも連れてくる。
 ただし。今日は湖畔には停まらない。
 そのまま東へ下り、伊香保温泉の手前にある見晴らし台へ急ぐからね」


 「なんでそんなに先を急ぎますの?
 あわてなくてもいいじゃないの。まだ10時を回ったばかりどす。
 時間なら、たっぷりと余っております」


 「正式に、プロポーズをしていないだろう、君に。
 家に着く前に君に、いや、美結に、プロポーズを済ませておきたい」


 「あ・・・・」



 短く声を上げた美結が態勢を戻し、助手席に深々と身体をうずめる。
「そうどすなぁ。ウチ等はお互いの真意も確かめず、とうとうここまで来たんどすなぁ、
そういえば・・・うん。たしかにウチはあんたに、口説かれてへん・・・」
と短い吐息を、何度も漏らす。


 ワンボックスは、結氷した榛名湖をあっというまに駆け抜けていく。
東へ続く2㎞余りの直線道路を、いっきに駆け上がる。
東側の最高峰地点に到達すると、ここからは長い下りの道がはじまる。
斜面を何度も曲がりながら、眼下に見える伊香保温泉に向って一気に下っていく。
山道のカーブには、すべて番号がついている。



 23番目に、高根の展望台が現れる。
道路からせりだした形で、展望台が空中へ乗り出していく。
眼下に、石段外で知られる伊香保温泉がひろがる。
正面には、長い裾野を持つ赤城山が横たわる。
雪化粧した谷川連峰が麓に水上温泉を抱いて、群馬の北の稜線を作り出していく。



 「ここが君に見せたい、群馬の絶景さ」


 似顔絵師が運転席から降りていく。
助手席に回ってきた似顔絵師が、「風が強いから気をつけて」と美結に手を差し伸べる。
谷川連峰から流れてきた雪風が、頬をかすめて枯れた山肌を吹き抜けていく。
「ほんま、寒いどすなぁ」と美結が、似顔絵師の胸に潜り込む。



 「けど、最高のロケーションどす。
こんな壮大な景色の中に居たら、ひとひとりの生き方なんか、なんか、
ちっぽけに思えますなぁ・・・」と目を細める。


 「けど。正式なポロポーズの言葉だけは、別どすぇ。
 結婚してくれと、言っておくれやす。
 ウチ。すぐにお返事する覚悟を、とうに固めております」


 「言いにくくなっちまったなぁ・・・
 君の決意を先に聞かさたせいで、プロポーズを口にする勇気が薄らいできた。
 それに俺たち。絶対にこの景色に負けてるぜ。
 凄すぎるもの・・・」


 「うふふ、意気地なしどすなぁ」と美結が目を細める。



 「いいのかよ。祇園で育ったお前が、こんな景色の中で暮らしても。
 冬は寒いし、夏は暑い。
 2月になればからっ風が吹き荒れる。
 3月になれば、細かい砂が舞い上がって、黄色い土煙が畑と町を襲う。
 でもな。冬は厳しいけど、そのぶん春から夏にかけては、絶景の季節が続く。
 新緑の頃や、緑一面に変る真夏の群馬の景色は最高だ・・・
 息を呑むほどの、もの凄い景観になる・・・」


 「その頃に、また連れてきてくれるんでしょ、わたしを。約束どすぇ」



 「まかせろ。そのくらいなら、いつでもお安いご用だ」


 「頼りにしてます、旦那様。
 ねぇぇ、いい加減で呼んでくださいな。美結とすっぱりと呼び捨てで」


 「もうすこし待ってくれ。
 いまその覚悟を、少しづつ固めているところだ・・・」



 「意気地なし。うふふ、でもそんなところがウチは大好きどす」
ふたたび美結が、似顔絵師に身体を深く寄せて来る。
肩に置いた似顔絵師の両手を、美結が胸の前に導いていく。
「うふ。あったかい・・・」美結の目が、相変わらずどぎまぎとしている
似顔絵師の横顔を、優しく見上げる。
(まぁいいか。プロポーズは後の機会でも。倖せはもうすぐ、
其処まで来ているんですもの・・・)うふっともう一度、美結が目を細めて笑う。
群馬の2015年は、たったいま、幕を開けたばかりだ。



 おちょぼ 完