「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第21話 イギリス風のパブ
パブ(Pub)とは、イギリスで発達した酒場のことだ。
Public House (パブリック・ハウス)の略で、類似の呼びかたにバーがある。
祇園のはずれにあるバー「S」は、まさにそんな呼び方がぴったりとする場所だ。
実際。ここの老オーナは若いころ、5年ほどイギリスで暮らしてきた。
イギリスには街のあちこちにパブがある。
国内に、5万数千軒は存在していると言われている。
店内にカウンター席や椅子席を設け、ビールを中心にその他の酒類を提供している。
利用客は成人男性が中心だ。だが老若を問わずたいへん親しまれており、
キッズルームを備えたパブさえ存在している。
小さいパブでは食事は一切出さない。
つまみも、ポテトチップス程度しか置いていないという。
元々は酒の提供だけでなく、簡易宿泊所や雑貨屋の機能も備えた場所として、
18世紀から19世紀頃にかけて発達をしてきた。
町の中の便利な社交場として、発達をしてきた歴史を持っている。
「酔っぱらうことを目的にがぶがぶと酒を呑むのは、日本の居酒屋だけだ。
海外のパブは社交場としての機能を持っていて、友人との会話を酒とともに楽しむ。
嘆かわしいよなぁ。
今日この頃は、酒に呑まれる連中ばかりが増えてきた・・・」
定番のセリフを口にした老オーナーが、ぷかりとパイプ煙草をふかす。
パイプ煙草の吸い方は難しい。
一度、勧められて吸ったことが有るが、火は簡単には点かない。
マッチの火を近づけて、パイプを吸っていくと空気が補給されていく。
徐々に点火していく様子はわかるが、ボウル全体にまんべんなく火をまわさないと、
煙草の葉は燃え続けてくれない。
スパスパとやりながら、棒で突いて火加減を調節する。
「お。初めてにしては、なかなか筋がいいじゃないか」。
だがそのままにしておくと、火はすぐに消えてしまう。
詰め方と吹かし方には、コツが要る。
また唾液が入っていかないように、多少パイプは上向きにくわえる。
そんな芸当ができるようになるまで、数日間の特訓が必要となる。
はたから見ていると、ずいぶん異様なタバコの吸い方に見える。
「あいつはいったい、なにやってるんだ?」
大の大人が必死の形相でパイプを吹かしながら、マッチで火をつけ続ける行為を
繰り返しているのだから、誰が見ても滑稽にしか見えないだろう。
かくして路上似顔絵師のパイプ修行は、わずか3日で頓挫した。
驚いたことに、愛好家たちによるパイプ技術のコンテストが有る。
コンテストは少量の葉を、いかに長く吸い続けるかで争う。
初心者だと1分から2分で消えてしまうが、熟練者になると10分以上は持つ。
昨年の優勝者の記録は、14分半だという。
それを超えるのがもっかの目標だと、「S」の老オーナがパイプをふかしながら笑う。
そういえばこの店には、パイプ愛好家たちがよく集まってくる。
今夜も数人が集まり、あちこちでマッチを擦りながらすぱすぱと煙を上げている。
「なんでライターじゃなくて、時代遅れのマッチをわざわざ使うのですか?」
と、パイプ愛好家に聞いたことが有る。
「なんでかなぁ。気が付いたらいつの間にかマッチを使っているよなぁ、普通に」
と、「おおきに財団」の理事長が、目をキョロキョロしながら答えてくれた。
「おおきに財団」の正式名称は、「公益財団法人 京都伝統伎芸振興財団」という。
けして怪しい団体ではない。
京都の五花街を応援しょうという、れっきとした大人たちの財団だ。
おおきに財団の理事長は、バー「S」の老オーナーとは同級生だ。
同時にまた、前述のパイプクラブの正会員でもある。
パイプクラブの面々が今夜も集まり、めいめいが煙をくもらせているところへ、
ドアが開いて、客がふらりと姿を見せた。
「なんだ、こんな時間に」というパイプ愛好家たちの目線が、一斉に開いた
ドアに集中する。
入ってきたのは、見るからに酩酊している佳つ乃(かつの)だ。
「おっ、」という驚きの空気が、イギリス風のバー「S」の店内を激しく揺らす。
第22話につづく
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