いわきの歴史でも戊辰戦争はほとんど書かれていない。
みんなで学ぼう いわきの歴史・・・いわき市教育委員会発行平成29年3月発行
P57でも1ページしか書かれていない。
江戸終わりのいわきの各藩の領地図です。
いのししの持っています
復古外記・・・平潟口戦記 太政官編より
6月29日の戦いが詳しく書かれています。
きちんと明治・新政府は残しています。
150年前の記録を今も読めます。
p384・385から
いのししの持っています
復古外記・・・平潟口戦記 太政官編より
6月29日の戦いが詳しく書かれています。
きちんと明治・新政府は残しています。
150年前の記録を今も読めます。
p386・387から
夏井先生が書かれた
いわきの戊辰戦争P11・12より
今回の二ツ橋の戦いが書かれています。
夏井先生が書かれた
いわきの戊辰戦争P13・14より
今回の二ツ橋の戦いが書かれています。
今回の資料レジメから
今回の資料レジメから
昨夜、
いわきの戊辰戦争(2回目)
・・・小名浜二ツ橋の戦いと中之作の戦い・・・
講師は
夏芳徳先生でした。
慶応4年(明治元年・1869年)6月29日
小名浜南富岡の二ツ橋から中之作にかけて
直線距離にして約7㎞にわたり
激しい戦いが繰り広げられ、
100名を超える方が亡くなられた激戦を今回は学びました。
☆磐城平藩・桑原重左エ門「進退 并 見聞書」・・・磐城平藩戊辰実践記 藩士十六人の覚書
☆「仙台藩戦死者之碑」・・・小名浜
☆「仙台藩戦死者之碑」・・・小名浜
☆湯長谷藩「岩城合戦実録」
☆「仙台藩戦死者之碑」・・・小名浜
☆「本府十二番隊戦状」「薩藩出軍戦場」
☆「私領一番隊戦状」 「薩藩出軍戦場」
☆「私領二番隊戦状」 「薩藩出軍戦場」
☆磐城平藩・桑原重左エ門「進退 并 見聞書」・・・磐城平藩戊辰実践記 藩士十六人の覚書
の資料から
戦いの流れを学びました。
戦いの両者の資料を読み解くことにより
戦場での戦いの流れが
私達素人でもリアルにつかめ
図面に書いて戦いの跡が振り返られました
この戦いは
いわきの戊辰戦争でも
1日に100名を超える方々が亡くなる激戦でした。
ほとんどは奥羽列藩同盟の方でした。
特に仙台藩は3分の1の方は亡くなられたようです。
来週最後の回になります。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます