まず、この記事を最後までお読みいただく前に、以下の件に関してご自分の意見を決めて下さい。
ファストフード店の店員に千円で支払いをしたら、「千円からお預かりします」と言われたことに関して、
1、「日本語の乱れ」を感じる。だいじょうぶかなぁと思う
2、別に気にならない。そんなに大したことではないと思う。
ここで、下のアンケートにクリックしていただいて、他の人の意見も見ていただくと興味深いかもしれません。
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アンケート
「・・から」は移動の起点、原料、原因を意味します。移動の起点を意味する場合、「行く」「来る」などの移動動詞を伴って使用されますが、「預かる」は移動動詞ではないし、千円は原料でもなく、「千円からお預かりします」というのは誤った使い方です。
さて、「なので」はどうでしょうか?
「なので」という言葉は、中学生の時に結構頑張って国文法を勉強した私にとって、なんとも不思議な言葉です。
国文法で説明すると、「なので」は助動詞「だ」の連体形または形容動詞の連体形語尾「な」に、原因・理由を表す接続助詞「ので」の付いたもので、文頭に置いて接続詞としては使えない言葉です。「なので」という言葉は「明日は雨なので、傘を持っていったほうがよい」というふうに用いる言葉です。ですから、当然広辞苑には、「なので」という接続詞は載っていません。
「なので・・」には柔らかい響きがあるので、女性に好まれて使われているのかもしれませんが、正しくは「だから・・」か、「ですから・・」です。
広辞苑には、
「だから」は、(接続詞)前に述べた事柄が、後に述べる事柄の原因・理由になることを表す語
「ですから」は、(接続詞)「だから」の丁寧な言い方、と書いてあります。
私が留学していた時、アメリカのテレビ番組しか見られない環境でしたので、帰国した時、日本ではNHKのアナウンサーまでが、この言葉を文頭に置き、「なので、日本の経済は今後・・」などと言っているのを聞いて非常に驚いたものでした。今では「なので、私は反対です」などという使い方が氾濫しています。少なくとも2000年頃には全く無かった言葉です。
変化というものはゆっくりと行われれば、それほど違和感はないのかもしれませんが、2年間、日本の環境に浦島太郎状態だった私には、受け入れがたい違和感があったのでした。きっと、テレビに出演の誰かがあるとき間違ってこの用法を使用し、それが次々と拡大(感染とでも言うべきか)していったのでしょう。
「言葉は時代とともに変化し、それにより新しい言葉が生まれていく」という意見がありますが、それなら、ファストフード店の店員の「千円からお預かりします」という言葉に「日本語の乱れ」を感じるということに矛盾します。
ここで私はふと思うことがあります。
「人間は、間違ったことでも繰り返し聞かされると、正しいこととして認識してしまうようになる」ということです。そして、「なので」の広がりを考察してみると、間違ったことでも繰り返し聞かされ、正しいことと認識してしまうには2年間もあれば十分だということです。
逆に、「間違ったことでも2年間言い続けていると、相手は正しいと思うようになる」ことを利用する悪意ある者も存在するということです。
さて、間違っていても繰り返し聞かされるうちに正しいと思ってしまうことは、この世の中にいくらでもあります。
グルコサミン、コンドロイチン、東京電力、ダイヤモンド、福島の被ばく、コレステロール、インフルエンザ、中国経済脅威論・・・・・
どんなことでも、一度立ち止まって、じっくり考えることが重要です。
なるほど~と思われた方、こちらもぽちっと「ブログランキング」応援よろしくお願いいたします!
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「・・から」は移動の起点、原料、原因を意味します。移動の起点を意味する場合、「行く」「来る」などの移動動詞を伴って使用されますが、「預かる」は移動動詞ではないし、千円は原料でもなく、「千円からお預かりします」というのは誤った使い方です。
さて、「なので」はどうでしょうか?
「なので」という言葉は、中学生の時に結構頑張って国文法を勉強した私にとって、なんとも不思議な言葉です。
国文法で説明すると、「なので」は助動詞「だ」の連体形または形容動詞の連体形語尾「な」に、原因・理由を表す接続助詞「ので」の付いたもので、文頭に置いて接続詞としては使えない言葉です。「なので」という言葉は「明日は雨なので、傘を持っていったほうがよい」というふうに用いる言葉です。ですから、当然広辞苑には、「なので」という接続詞は載っていません。
「なので・・」には柔らかい響きがあるので、女性に好まれて使われているのかもしれませんが、正しくは「だから・・」か、「ですから・・」です。
広辞苑には、
「だから」は、(接続詞)前に述べた事柄が、後に述べる事柄の原因・理由になることを表す語
「ですから」は、(接続詞)「だから」の丁寧な言い方、と書いてあります。
私が留学していた時、アメリカのテレビ番組しか見られない環境でしたので、帰国した時、日本ではNHKのアナウンサーまでが、この言葉を文頭に置き、「なので、日本の経済は今後・・」などと言っているのを聞いて非常に驚いたものでした。今では「なので、私は反対です」などという使い方が氾濫しています。少なくとも2000年頃には全く無かった言葉です。
変化というものはゆっくりと行われれば、それほど違和感はないのかもしれませんが、2年間、日本の環境に浦島太郎状態だった私には、受け入れがたい違和感があったのでした。きっと、テレビに出演の誰かがあるとき間違ってこの用法を使用し、それが次々と拡大(感染とでも言うべきか)していったのでしょう。
「言葉は時代とともに変化し、それにより新しい言葉が生まれていく」という意見がありますが、それなら、ファストフード店の店員の「千円からお預かりします」という言葉に「日本語の乱れ」を感じるということに矛盾します。
ここで私はふと思うことがあります。
「人間は、間違ったことでも繰り返し聞かされると、正しいこととして認識してしまうようになる」ということです。そして、「なので」の広がりを考察してみると、間違ったことでも繰り返し聞かされ、正しいことと認識してしまうには2年間もあれば十分だということです。
逆に、「間違ったことでも2年間言い続けていると、相手は正しいと思うようになる」ことを利用する悪意ある者も存在するということです。
さて、間違っていても繰り返し聞かされるうちに正しいと思ってしまうことは、この世の中にいくらでもあります。
グルコサミン、コンドロイチン、東京電力、ダイヤモンド、福島の被ばく、コレステロール、インフルエンザ、中国経済脅威論・・・・・
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