獅子風蓮のつぶやきブログ

日記風に、日々感じたこと、思ったことを不定期につぶやいていきます。

『カレン・カーペンター栄光と悲劇の物語』その4

2024-04-21 01:56:31 | 音楽

カーペンターズのことをもっと知りたくなり、こんな本を読んでみました。

レイ・コールマン『カレン・カーペンター栄光と悲劇の物語』(福武書店、1995.02)


かいつまんで、引用します。

(もくじ)

□序文(ハーブ・アルパート)
□プロローグ
□第1部 涙と恐れ
□第2部 栄光のアメリカン・ドリーム
■第3部 孤独な心
 7)悲劇の予兆
 8)相つぐヒットの陰で
 9)ショービズ界の恋
□第4部 坂道
□第5部 両海岸ブルース

 


第3部 孤独な心
7)悲劇の予兆

ほぼ一年後、褒められたことなどすっかり忘れかけたころ、ペルーソの電話が鳴った。かけてきたのはリチャードで、ペルーソのギターの才能にぴったりだと思われる曲があると言った。A&MレコードのBスタジオに姿を見せたトニーを見て、リチャードは思わずあとずさった。驚くほど痩せて、腰のあたりまで髪を垂らしていた。ジャック・ドアティはすでに実績のあるセッション・ギタリストを使いたがったが、リチャードはその忠告を無視してトニーを雇い、そのこだわりは結果的に彼らのサウンドの芸術面での現状打破へとつながることになる。

問題の曲はカーペンターズにとって重大な分岐点だった。1971年、深夜映画でビング・クロスビーが出演した《リズム・オン・ザ・リヴァー》を見ているうちに、リチャードはそのテーマで頭がいっぱいになった。頂点をめざして躍起になっているソングライターがひらめきを失うというストーリーである。物語のなかに登場するソングライターのいちばん売れた曲というのが〈グッバイ・トゥ・ラヴ〉――実際、映画のなかにはそういうタイトルの曲は出てこないのだが。リチャードは筋立て全体が大いに気にいり、それを記憶にとどめたまま、カーペンターズはヨーロッパ・ツアーに旅立った。

ロンドンに着くと、リチャードは頭から離れないメロディーを書き留め、カリフォルニアにもどるや、すぐさまジョン・ベティスに連絡した。ふたりはただちに曲づくりに取りかかった。最初の2行はリチャードが書いた。
「愛にさよならを告げましょう/私が死のうが生きようが、どうせ誰も気にしてくれないから」
歌詞のテーマはタイトルと出だしの言葉からおのずと決まってくるが、これが奇妙なほどカレンについての自叙伝的な内容となった。ベティスはリチャードのつくるメロディに合わせてストーリーを構築しつつ、自分、カレン、そしてリチャードが体験している感情の真空状態について考えをめぐらせた。
「あの時期、誰ひとりとして意味のある人間づき合いなど期待していませんでしたね。われわれの20代はロマンティックないい時代なんかじゃなかった……みんなじつに空虚な思いにとらわれていました」
ベティスが言う。
そうして、無意識のうちにカレンの心理状態に合わせて仕立てたような、胸が張り裂けんばかりの曲ができあがった。カレンにとっては最高にむずかしい歌となった。なぜならリチャードがフレーズを引きのばし、キーとなる何か所かで息継ぎの間がほとんどなくなったからである。
カレンはその曲にすぐさま心を惹かれ、ジョン・ベティスと兄が創造したストーリーとメロディにのめり込んでいった。ヴォーカルとピアノだけで入る冒頭の部分にきわだって人間味ある効果を添えるため、リチャードははっきりと聴きとれるカレンのブレスを残すことにした。エンジニアのロジャー・ヤングが指摘するように、カレンがつい癖で、マイクロフォンにぐっと接近してきわめて小さな声で歌ったため、彼女の声がもつ“強烈な存在感”が強調されたところへ、リチャードからの〈愛にさようならを〉とその他の曲の深いブレスは削除しないようにとの指示があり、予期しなかった独特な次元がそこに開けたのである。

(つづく)


解説
こうして名曲〈愛にさようならを〉が生まれていきます。

獅子風蓮



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