syuの日記・気まま旅

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川崎駅と大田市場 syu散歩

2017-05-19 | syu散歩
「川崎駅」
明治5年6月・ 神奈川駅と共に日本で3番目の鉄道駅として開業した。(当初は旅客駅)明治31年、 貨物の取り扱いを開始し、大正3年、京浜線(京浜東北線の前身が運行、大正7年、 東海道本線貨物支線が浜川崎駅まで開通する。
昭和2年、 南武鉄道線(現在の南武線)が登戸駅まで開通され、昭和19年に 南武鉄道が国有化となり、その10月、 川崎市電の川崎駅前電停が開業。
昭和34年、 駅ビル完成、県で初めての駅ビルである。昭和44年、 川崎市電の川崎駅前電停が廃止され、昭和48年にも貨物支線 の浜川崎駅間が廃止。
昭和55年には、SM分離(東海道線と横須賀線の分離運転)により横須賀線が当駅を経由しなくなったと同時に、東海道線のすべての普通列車が停車。
昭和62年、 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道の駅に、平成23年、 南武線で快速の運転を開始。
平成26年・ 午前1時11分頃、京浜東北線の回送電車が工事用車両と衝突し、脱線・横転する事故が発生。

               20万以上の乗車駅・北千住に次ぐ第11位


当駅に乗り入れている路線は、線路名称上は東海道本線と南武線の2路線で、南武線は当駅が起点となっている。
東海道本線は現在、列車線を走行する東海道線列車と電車線を走行する京浜東北線電車の2系統が停車し、旅客案内ではそれぞれ別路線として扱っている。現在は、これらの3系統の列車が停車しているが、加えて1980年までは、東海道線と線路を共用していた横須賀線電車も停車していたが、今は別路。

京浜急行電鉄の本線と大師線が乗り入れている近隣の京急川崎駅とは地下街などで結ばれており、当駅から連絡が可能である。

                   近代的な明るい駅構内

百貨店は老舗のさいか屋(大型店舗は閉店)と丸井のみとなったものの、その他の多くの店舗が出店したほか、新たな商業施設も建設された。

駅前にはバスターミナルがあり、川崎市交通局、川崎鶴見臨港バス、京浜急行バス、羽田京急バスなどが周辺各地への路線バスや高速バスを運行。
バスターミナルの地下には地下商店街の「川崎アゼリア」があり、バスターミナル・京急川崎駅や近隣の商業施設への連絡通路になっている。
アゼリアと川崎モアーズとの連絡通路には設置当時世界一短かったエスカレーター(プチカレーター)がある。

京急川崎駅は当駅から北東に200m程離れている。バスターミナルの南東部を京急本線の高架線が通過している。
アトレ川崎(旧・川崎BE)・川崎アゼリア(川崎地下街)・川崎ルフロン 丸井 川崎店・ヨドバシカメラ マルチメディア川崎ルフロン(旧・西武百貨店 川崎店)・川崎DICE 東急ハンズ 川崎店・あおい書店 川崎駅前店・TOHOシネマズ 川崎・さいか屋 川崎店(川崎日航ホテル内)・駅前タワー・リバーク・ヨドバシアウトレット 京急川崎等がある。

                若者で賑わっていた。


駅前広場は1986年に整備されたが、整備されてから20年以上。
施設の老朽化と不便さが、一度アゼリアを経由しなければバスターミナルにアクセスできないことや、街路樹や地下街の入口などで視界が遮られるなどの課題が多かったと云う。
そこで、川崎市では2007年から有識者や市民で構成する会議で検討を重ね、東口からアゼリアに降りる中央階段の屋根と壁面を透明な素材にするなどして開放的な空間にすることや、混雑が激しい階段で上下移動が多くなる島式のバス乗り場を7か所から2か所に再編成し、横断歩道やエスカレーター・エレベーターの整備などバリアフリー化のための整備が進められた。
駅前広場全体でもエスカレーターやエレベーターを既存の倍に増やすことや、タクシーと一般車の乗降スペースを駅側に整備し、街路樹の景観工夫が。

          再整備工事は2009年度に着工され、2011年4月に完成した。


西口は、東芝堀川町工場や明治製菓の工場などが建つ工業地区であった。
これらの撤退後は更地が広がっていたが、後年再開発が行われ、面目を一新。
再開発で建てられた中核施設は「ラゾーナ川崎」と名付けられ、商業部分の「ラゾーナ川崎プラザ」が2006年9月28日に開業した。
商業施設としてビックカメラや丸善などが、シネマコンプレックスとして109シネマズ(東急レクリエーションが運営)が入居し、その結果として新宿に次いで三大カメラ店系家電量販店が出揃う駅前となった。
同じく開業した住宅部分のラゾーナ川崎レジデンスは2007年春に入居を開始、この地に東芝があったことを偲ばせる施設として旧正門脇に「川崎東芝前郵便局」があったが、2004年に閉鎖され、2年後の2006年、「川崎駅西口郵便局」として再開している。

駅北東部の明治製菓工場跡地には、1995年、大規模オフィスビルのソリッドスクエアが完成、残された南西部の区画は2013年に業務ゾーン「ラゾーナ川崎東芝ビル」として東芝グループの新事業拠点となるオフィスビルが完成し、2階には東芝未来科学館が併設。
駅に隣接してホテルメッツ川崎がある。
東口より小規模だがバスターミナルがあり、ラゾーナ川崎プラザ前には新たにバスターミナル(川崎駅西口北)が完成。
東口発着のバス系統が一部西口北バスターミナル発着に変更された。

     2004年7月ーミューザ川崎シンフォニーホールが・市の目指す「音楽のまち」の拠点施設。


            駅とビルが2階で繋がっている。


            近代的な高層ビルが。


    「東京卸市場・大田市場」


平成元年に、青果の旧神田市場・荏原市場、水産の大森市場を統合して開設。
平成2年には、城南地域の「花き地方市場」を統合してさらにスケールアップ・「青果部・水産物部・花き部の3部門」を有する総合市場。



都では、既存市場の狭隘化の解消、配置の適正化のため、昭和30年代から新市場の建設について計画し、長期にわたり調査・検討。
その一環として、城南地域を地元市場として整備するとともに、都心部に立地する神田市場の過密化を解消し、今後の都における生鮮食料品等の円滑な流通を確保するため、青果物・水産物及び花きを取り扱う総合市場とする方針を決定した。
施設の完成に伴い、秋葉原駅前にあった神田市場と、五反田にあった荏原市場(蒲田分場含む)を統合し、青果部は平成元年、業務を開始。
平和島にあった大森市場を収容し、築地市場の一部業者も統合し、水産物部が平成元年9月に業務を開始し、城南地区に点在していた9つの花き民営地方市場を統合し、花き部が平成2年、業務を開始された。
                        花き部内


                        花き部内


大田区の臨海地域・約40万㎡の広大な敷地を有し、市場の隣に野鳥公園、南側には羽田国際空港、東側には東京港、北側にはJR貨物基地、真ん中を貫くように首都高速湾岸線が通っており、物流の拠点として活動している。
青果部・花き部では、日本一の取扱規模を誇っており、大田市場での決定価格は、水産物部における築地市場と同じように、日本全国の市場の指標となっていると云う。

東京の中央卸売市場で唯一、見学者のための展示室や見学コースが設けられ、都民が親しめる市場。


「都立東京港野鳥公園」
野鳥や水辺の生きものと動植物を守り、生きものでにぎわう公園。
埋立地に期せずして再生した東京湾岸の自然が多くの都民のみなさまの希望で保全されました。
毎年、シギ・チドリ類、カモ類といった水鳥や小鳥類、オオタカなどが公園を訪れる。

      年間120種類前後、開園以来226種類の野鳥が観察。


潮入りの池は海の水が出入りする汽水池で、干潟では野鳥の餌場。
鳥たちが集まるような工夫がされ、バードウォッチングの経験がない来園者でも他の池と比べて比較的容易に観察ができる。
この潮入りの池と東淡水池を見渡せる位置には最新の野鳥情報を得ることができる冷暖房完備のネイチャーセンターがある。
2階には観察小屋と同様に自由に利用出来る望遠鏡が。
地下1階には海からの漂着物を展示するスペースやカニをはじめとする干潟や磯場の生物のを間近に観察しながらまわることのできる
「ガタガタウォーク」が。
                     月曜日定休


公園の周りには、都中央卸売市場・城南島ふ頭公園・大井ふ頭中央海浜公園が。

                    東京湾野鳥公園入口


川崎・大田区低地は、江戸時代、多摩川「六郷渡し場」の集落・東海道五十三次の宿場町と「川崎大師・平間寺」の門前町として発展した。
主な道だけで、東海道・中原街道・大山街道・津久井街道で結ばれ、大名行列でも賑わった町、
1659年「道中奉行」支配下に編入されその賑わいで大いに栄えた。
「六郷橋」1668年流失、渡り船で結んでいた(無賃渡船)。
1709年下本陣の川崎宿名主「田中丘隅」の献策で、永代渡船権が「川崎宿」で財政を潤したと云う。

                   東京湾野鳥公園内


1908年浅野総一郎・安田善次郎らによって鶴見川河口臨時埋め立て地造成されていく、大正12年京浜運河が完成した。
近代産業都市「川崎」として繁栄を続けている。

                   野鳥公園内


大田区は、都南東部、「多摩川ー六郷川」を境に川崎市に接している区。古代から武蔵国荏原郡で中世は、「大井氏」「蒲田氏」などの支配下にあった。
江戸時代には、多摩川・六郷用水が開削ー1611年ー低地の開発が進められ「農漁村・大森海苔」で発展した。
多摩川沿いに鎮座する「六郷神社・祭神応神天皇」は、源頼朝が千葉県安房から鎌倉に入る途中に立ち寄っている。
区を横切っている。東急目蒲線・JR横須賀線・第二京浜1号線・JR東海道、京浜東北線・国道15号線・高速1号羽田線・東京モノレール。
その東部は、工業地帯と、南東端の埋め立てで東京国際空港ー京浜島ー昭和島ー平和島ー城南島(東京卸売市場、大田市場と東京湾野鳥公園、大井貨物ターミナルでトラックの町に。
                318・357号線が交差


                高速1号羽田線が


               クイナ科ーオオバン


              ユリカモメが


               運河に架かる大和大橋


               流通センター倉庫が並ぶ


「東京貨物ターミナル駅」
都品川区八潮・にある日本貨物鉄道(JR貨物)・東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅。一部の貨車の常駐駅に指定されており、「東タミ」が貨車に記されている。東海道本線を中心に日本各地からの貨物列車が多く発着し、隅田川駅と並ぶ東京の二大貨物駅であり、また、日本の貨物駅としては最大の面積を持つ駅である。

大井ふ頭は、車両基地、ここから大型トラックで各地へ。



東京モノレール「流通センター駅」