泥まみれになって土をいじるのは面白い。
今は、色のついた衛生的な粘土が市販され、
子どもたちも安心して粘土遊びが出来る時代だ。
私が住んでいたのは田園地帯、
周囲が田んぼで、あぜ道や明渠で走り回って遊んでいた。
私が書学校低学年の頃の粘土遊びは、
土探しから始めた。
何故か知らないが、年上のガキ大将が、
好い粘土のあり場所を知っていた。
子どもの足としては遠い、山に向かって仲間と歩く。
途中オタマジャクシの卵を発見したり、オタマジャクシを捕まえたり、
長い棒を振り回したり、長い距離だが楽しい道のりだった。
「おーい! ここだぞ!」先頭を歩いていたガキ大将が叫ぶ。
道端の崩れ傾斜地に、綺麗な灰色の粘土が有った。
それを一生懸命みんなで削り取り、
また里に下りていく。
家に戻ると粘土をいろいろな形に造る。
動物あり、器あり、人の顔あり等々。
ドンドン想像力が広がった。
で…手足も服も靴もドロドロ…。
最後は母親に怒られる…。
そんな少年の日々だった。
写真は、粘土遊びをした友達たちと
今は、色のついた衛生的な粘土が市販され、
子どもたちも安心して粘土遊びが出来る時代だ。
私が住んでいたのは田園地帯、
周囲が田んぼで、あぜ道や明渠で走り回って遊んでいた。
私が書学校低学年の頃の粘土遊びは、
土探しから始めた。
何故か知らないが、年上のガキ大将が、
好い粘土のあり場所を知っていた。
子どもの足としては遠い、山に向かって仲間と歩く。
途中オタマジャクシの卵を発見したり、オタマジャクシを捕まえたり、
長い棒を振り回したり、長い距離だが楽しい道のりだった。
「おーい! ここだぞ!」先頭を歩いていたガキ大将が叫ぶ。
道端の崩れ傾斜地に、綺麗な灰色の粘土が有った。
それを一生懸命みんなで削り取り、
また里に下りていく。
家に戻ると粘土をいろいろな形に造る。
動物あり、器あり、人の顔あり等々。
ドンドン想像力が広がった。
で…手足も服も靴もドロドロ…。
最後は母親に怒られる…。
そんな少年の日々だった。
写真は、粘土遊びをした友達たちと