今日は、三月の八日であるぞ。三と八は、現(こ[九])の世を開いた元の数出あるぞ。
三元八力(さんげんはちりき)とも申すぞ。
今日は、尾張にて、大事な、四九三(しぐみ)開きの日。
尾張!(終わり)なり始めなる、奇しき日であるぞ。
乱れ荒(さや)ぎなす世を祓い浄め、闇(病)を晴らし、清く明るき、日の出の御世を開かんとする為、世の元からの神が一段と表に出る時となりたぞよ。
三千世界一度に開く梅(埋)の花の世となりたぞよ。世の元からの神々、即ち埋(梅)の花が、表に出ると。
これ迄、闇に隠されておりた、罪や穢れが、どっと世に出てありやかに見えてくるから、世の中、程ほど、悪くなるように見えてくるが、この節(ふし)を越さねば、善き世とは成らんのであるぞよ。
先の大戦で、あれだけ辛く悲しく虚しき体験を日本人にさせたのは、戦い疲れて、末に滅びの道を歩まんとする、世界人類に、二度と戦争はさせぬ国、世界平和の鑑(かがみ)を出す、日の本の国といたし、世界の闇をこの、日の出の国、日本から晴らして参りたい、神界の願いでありたぞよ。
あの大禊ぎの敗戦の折り、天皇も国民も、神に不戦を誓いたのであれど、国民の根底からの改心は、出来ておらず、禊ぎ切れなんだ。
金力や武力で世界に出んとする、野望がくすぶり始めた、この時であるぞ。
よほど、日本の人民、心して初志を忘れぬようにいたさぬと、又、危うき道を歩む事となるぞよ。
御偉方のたくみな言葉に惑わされてはならぬぞよ。
扨ても人の身は、我が力で生きていると思いても、天地の神に生かされてある、生命であるぞ。
生かされ活きてゆく勇気を、奮い起こして、人の道も立つのであるぞ。
生かされ活きる事に、感謝して祈り重ねば、神は威を益し神徳を増すのが、神は霊、人は体なる、霊体一致の理であるぞ。
神は、人を守り正しき道に導かんとすれども、人の肉体の霊には、自我があり、欲があるから、どうしても、我が我がの利己主義(われよし)の思いが先に立ち、親神や直霊(なほひ)の御魂の明るく浄く正しき直(なお)き思いは、押し込められて、争いを生み、その念が凝りて戦争ともなるのであるぞ。
荒ぶる心を鎮め、祈りの中に、良く良く物事を見れば、何処にでも神の恵み、喜びがある事が判るぞよ。
人の身の悩み苦しみも、天地自然の理の中にあり、御空は晴ればかりで無く、雲起こり雨の日もある…人の心も、時に氣が沈み、悩み苦しみ、悲しみ、涙の出る事もある…雨降って地固まり、水の恵みに万物の育つが如く、人の身も、只、強がり意地張りで無く、悩みや苦しみ悲しさ淋しさ、弱き心を知る事で、共生の道も開け、うるおいある人と、成長出来るのであるぞ。
悩み苦しみある時は、身魂が一皮むけて成長いたす時であり、その時は焦ってはならぬ、もがいてはならぬ、心を鎮め落ちつきて、神の心に身を任せ、今なとすべき、日々のつとめを果たす事であるぞ。
時の流れに神の計りあり、必ず嵐は去り、夜のとばりも開けて、日の出の朝となる。
辛い時、悲しき時も忘れてならぬのは、ほのぼのと、日の出心じゃ。
様々の苦労は、我が身の因縁の浄化と、成長の為にあるのであり、苦労して、人をうらんだり、我が身を卑下する如きでは、無明は晴れず、成長はできぬぞよ。
今人類の中には、差別や貧困に困窮し、反発の暴挙に出て、世界を恐怖の淵に落とし入れんとする族(やから)が増えて居るが、この思凝霊(しこりがみ)の働きも、強い者勝ちの三千年の、人の世の過ちが生んだものである事に氣ずかねば、根は絶へぬぞ。
世界には、神道、佛教、儒教、キリスト教、イスラム教様々の宗教があり、それぞれ説くところは、異なるようであって、元は一道。
天地御親(あめつちみおや)の神の一部一部を教祖開祖をして、人の世に現したものであり、天地大元の神は宗教思想を越へて万民平等に生命が授けてある理をしかと見極め、宗教の思想を、鉾(ほこ)とし楯(たて)とし、争う事の虚しさを知り、教祖開祖を信ずるなれば、宗教思想を越へて、生命の道、大元の神の意(こころ)に帰らねばならぬぞよ。
今人類は、三千年の体主霊従(からたま)の世の大禊ぎの時となりておる。故に、是までの世に無い、苦渋の節(ふし)も越えねばならぬが、天地自然の鑑(かがみ)に、照らし、苦あれば楽あり、禍(わざわい)の転じて福と為す道に順(したが)い、神も望み、人類それぞれも本心(御魂)は望んで居る、万民至福の世の開きを祈り、行いを正してゆかねばならぬ、この時であるぞよ。
出口王仁三郎殿の作りた、耀琮(ようわん[茶碗])も、真、美(うる)わしき世を開かんとする、神々の御魂の器(うつわ)となる、神民の育成を願っての事である事を忘れてはならぬぞ。
人の生きてゆく為には、様々の苦労もあり、辛い事悲しい事もある、されど、生かされてあるからには、何人も、未だ身魂の役目がある事を忘れず、勇気を出して、生き通さねばならぬぞよ。
常に、見直し聞き直し宣直す、心得が日の本の神代からの道の心得であるぞ。この心を皆が持ち、虚しき戦争を事止めて共存共生世界、大和の道を開くべく、何としても、世界平和の要(かなめ)の国、日本の信用を取りもどし、日本も世界も末永く続く事を、願う神の意(こころ)であるぞよ。
言霊神也
ン
平成二十七年三月八日 天橋道士龍華斎 修聖拝写
三元八力(さんげんはちりき)とも申すぞ。
今日は、尾張にて、大事な、四九三(しぐみ)開きの日。
尾張!(終わり)なり始めなる、奇しき日であるぞ。
乱れ荒(さや)ぎなす世を祓い浄め、闇(病)を晴らし、清く明るき、日の出の御世を開かんとする為、世の元からの神が一段と表に出る時となりたぞよ。
三千世界一度に開く梅(埋)の花の世となりたぞよ。世の元からの神々、即ち埋(梅)の花が、表に出ると。
これ迄、闇に隠されておりた、罪や穢れが、どっと世に出てありやかに見えてくるから、世の中、程ほど、悪くなるように見えてくるが、この節(ふし)を越さねば、善き世とは成らんのであるぞよ。
先の大戦で、あれだけ辛く悲しく虚しき体験を日本人にさせたのは、戦い疲れて、末に滅びの道を歩まんとする、世界人類に、二度と戦争はさせぬ国、世界平和の鑑(かがみ)を出す、日の本の国といたし、世界の闇をこの、日の出の国、日本から晴らして参りたい、神界の願いでありたぞよ。
あの大禊ぎの敗戦の折り、天皇も国民も、神に不戦を誓いたのであれど、国民の根底からの改心は、出来ておらず、禊ぎ切れなんだ。
金力や武力で世界に出んとする、野望がくすぶり始めた、この時であるぞ。
よほど、日本の人民、心して初志を忘れぬようにいたさぬと、又、危うき道を歩む事となるぞよ。
御偉方のたくみな言葉に惑わされてはならぬぞよ。
扨ても人の身は、我が力で生きていると思いても、天地の神に生かされてある、生命であるぞ。
生かされ活きてゆく勇気を、奮い起こして、人の道も立つのであるぞ。
生かされ活きる事に、感謝して祈り重ねば、神は威を益し神徳を増すのが、神は霊、人は体なる、霊体一致の理であるぞ。
神は、人を守り正しき道に導かんとすれども、人の肉体の霊には、自我があり、欲があるから、どうしても、我が我がの利己主義(われよし)の思いが先に立ち、親神や直霊(なほひ)の御魂の明るく浄く正しき直(なお)き思いは、押し込められて、争いを生み、その念が凝りて戦争ともなるのであるぞ。
荒ぶる心を鎮め、祈りの中に、良く良く物事を見れば、何処にでも神の恵み、喜びがある事が判るぞよ。
人の身の悩み苦しみも、天地自然の理の中にあり、御空は晴ればかりで無く、雲起こり雨の日もある…人の心も、時に氣が沈み、悩み苦しみ、悲しみ、涙の出る事もある…雨降って地固まり、水の恵みに万物の育つが如く、人の身も、只、強がり意地張りで無く、悩みや苦しみ悲しさ淋しさ、弱き心を知る事で、共生の道も開け、うるおいある人と、成長出来るのであるぞ。
悩み苦しみある時は、身魂が一皮むけて成長いたす時であり、その時は焦ってはならぬ、もがいてはならぬ、心を鎮め落ちつきて、神の心に身を任せ、今なとすべき、日々のつとめを果たす事であるぞ。
時の流れに神の計りあり、必ず嵐は去り、夜のとばりも開けて、日の出の朝となる。
辛い時、悲しき時も忘れてならぬのは、ほのぼのと、日の出心じゃ。
様々の苦労は、我が身の因縁の浄化と、成長の為にあるのであり、苦労して、人をうらんだり、我が身を卑下する如きでは、無明は晴れず、成長はできぬぞよ。
今人類の中には、差別や貧困に困窮し、反発の暴挙に出て、世界を恐怖の淵に落とし入れんとする族(やから)が増えて居るが、この思凝霊(しこりがみ)の働きも、強い者勝ちの三千年の、人の世の過ちが生んだものである事に氣ずかねば、根は絶へぬぞ。
世界には、神道、佛教、儒教、キリスト教、イスラム教様々の宗教があり、それぞれ説くところは、異なるようであって、元は一道。
天地御親(あめつちみおや)の神の一部一部を教祖開祖をして、人の世に現したものであり、天地大元の神は宗教思想を越へて万民平等に生命が授けてある理をしかと見極め、宗教の思想を、鉾(ほこ)とし楯(たて)とし、争う事の虚しさを知り、教祖開祖を信ずるなれば、宗教思想を越へて、生命の道、大元の神の意(こころ)に帰らねばならぬぞよ。
今人類は、三千年の体主霊従(からたま)の世の大禊ぎの時となりておる。故に、是までの世に無い、苦渋の節(ふし)も越えねばならぬが、天地自然の鑑(かがみ)に、照らし、苦あれば楽あり、禍(わざわい)の転じて福と為す道に順(したが)い、神も望み、人類それぞれも本心(御魂)は望んで居る、万民至福の世の開きを祈り、行いを正してゆかねばならぬ、この時であるぞよ。
出口王仁三郎殿の作りた、耀琮(ようわん[茶碗])も、真、美(うる)わしき世を開かんとする、神々の御魂の器(うつわ)となる、神民の育成を願っての事である事を忘れてはならぬぞ。
人の生きてゆく為には、様々の苦労もあり、辛い事悲しい事もある、されど、生かされてあるからには、何人も、未だ身魂の役目がある事を忘れず、勇気を出して、生き通さねばならぬぞよ。
常に、見直し聞き直し宣直す、心得が日の本の神代からの道の心得であるぞ。この心を皆が持ち、虚しき戦争を事止めて共存共生世界、大和の道を開くべく、何としても、世界平和の要(かなめ)の国、日本の信用を取りもどし、日本も世界も末永く続く事を、願う神の意(こころ)であるぞよ。
言霊神也
ン
平成二十七年三月八日 天橋道士龍華斎 修聖拝写