古文書を読もう!「水前寺古文書の会」は熊本新老人の会のサークルとして開設、『東海道中膝栗毛』など版本を読んでいます。

これから古文書に挑戦したい方のための読み合わせ会です。また独学希望の方にはメール会員制度もあります。初心者向け教室です。

俳誌「松」百千鳥號   主宰茂木連葉子

2017-03-12 19:07:23 | 

 

                    雑詠選後に  連葉子 

路地を行く検針員や初しぐれ    山岸 博子

 検針員とは、電力・水道・ガスなどの使用量を知るため

に、各家庭のメーターの目盛を調べることを生業とする人

であることは承知の通りです。

日頃、そんな人たちを見かけることがあつても言葉を交

すわけでもなく、それと認知して目礼を交す程度ではない

でせうか。

 前置が長くなりましたが、そんな検針員が路地を行き、

折からのしぐれが、今年になってから初めて、その人の肩

に降りかかつてゐる、それだけのことなのです。

 それだけのことと言ひましたが、さりげなく一句は時雨

の季節の到来を、活写しでゐます。

 

初東風や歌垣山にちさき雲    村中 珠恵

 東風は、あたたかいとまでは言へないまでも、いよいよ

春といふ希望をもたらしてくれる風です。

 ところで、掲句で詠はれてゐる「歌垣山」とは、茨城県

南西部に位置する筑波山。「西の富士、東の筑波」 と称せ

られ、風土記や万葉集の 「か、がい」 の記事などに名高く、

古来の歌枕として知られてゐます。

 そんな歌垣山に吹き始めてゐる東風。そして、それにか

かはる、ちさき雲だけが詠はれでゐます。

 表記を間違ひ易い 「小き」を、平仮名表記としてゐるの

も賢明です。

 

赤き実に触るればこぼれ冬に入る    温品はるこ

 触れればこぼれるといふ 「赤き賓」が何なのか、探って

みましたが、肩に触れる高さの赤き賓を特定することは出

来ませんでした。

 そこで気がついたのは、もとより作者は特定の植物をイ

メージしてゐるわけではなく、「冬に入る」一つの条件と

して措いて見せてゐるのです。

 そしてそれが見事に成功して、読者までそんな気持にさ

せてくれてゐるといふわけで、俳句のおもしろさを確認す

ることが出来ました。

 

竹爆すこだまも谷戸の冬用意    安部 紫流

 この句の場合も前の句に似て、「竹爆すこだま」 の内容

や目的が分らないまま、「冬用意」 の句として評価し、選

ばせでもらひました。

 もちろん、気分としては前の旬と同様に分るからこそ選

んだもので、作者に内容を確認してみることは残念ながら

怠りました。そして「竹爆す」としてみたものの、原句は

「竹爆く」となつでゐたことの確認もまた、怠ってしまひ

ました。

 

除夜の鐘の残響しかと胸に抱く    園田 篤子

 除夜の鐘の音を開きながら、人は誰でもそれなりの感慨

を覚えるものですが、一句の特性は、何と言っても、「残

響しかと胸に抱く」と詠はれでゐることです。

 後を引く鐘の音を「残響」とし、さらに 「胸に抱く」と

した組合はせが非凡です。

 そして、上五を「除夜の鐘の」と字余りにしたことも成

功の一因をなしてゐます。

 

あれもこれも運休となる大吹雪    赤山 則子

 運休とは、交通機関が運転・運航を休止することである

ことは言ふまでもありません。

 「あれもこれも」と言ふのですから、北海道内の特急列

車をはじめ、鈍行までも。そして千歳空港から本土行きの

飛行機も運休となってしまったことが想像出来ます。

 蛇足ながら、夏や秋の好シーズンばかり北海道へ出掛け

てゐた私は、一度、真冬にやって来て、猛吹雪のバス停で

バスを待ってみてください。と言はれたことを思ひ出しま

した。

 もう一つ蛇足ながら、則子さんの住む岩見沢は、どか雪

で有名です。

 

池中に埋火のごと冬紅葉    菊池 洋子

 埋火(うづみび) を知らない、どちらかと言へば若い人

たちに解説すると、埋火とは灰に埋めた炭火のことです。

とりわけ火鉢や炉などで火種を長持ちさせるためや火力を

調節するために炭火を灰で覆っておくものです。

 そこで掲句は、池の中に散り沈んだ「冬紅葉」をさなが

ら埋火のやうであると詠ってゐるのです。

 「埋火のごと」なる直喩が、評価される所以です。

 

残照の平らに澄める文化の日    向江八重子

 日没後、なほ空に照りはえて残ってゐる夕日。

 そんな夕日が平らに澄んでゐることを見届けた作者は、は

たと文化の白であることに思ひが至ったのです。

 平らに澄む辺りが、いかにも平穏な文化の日に相応しく

思へるのです。

 

紡ぎ出る言葉もあらず冬の雨    小林まき子

 綿や繭を糸より車にかけ、その繊維を引き出して撚りを

かけて糸にすることを、「紡ぐ」 と言ひます。

 ところで、「紡ぎ出る言葉もあらず」 とは、折からの冬

の雨を厭ふあまりの感想、感慨なのです。

 暗喩のややこしさが感じられるものの、冬の雨に対する

視点の新しさを評価しました。