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<「漢字の学習の大禁忌は作輟なり」・・・「作輟(サクテツ)」:やったりやらなかったりすること・・・>
<漢検1級 27-③に向けて その37>

●今回は、難度並み・・・80~85%(24~26点)程度はクリアしたいところ・・・・。制限時間は10分ぐらい(^^)
●文章題⑪:次の文章中の傍線(1~10)のカタカナを漢字に直し、傍線(ア~コ)の漢字の読みをひらがなで記せ。(30) 書き2×10 読み1×10
A.「或る女 (後編)」(有島武郎)
「・・・翌日葉子はそれでも倉地より先に目をさまして手早く着がえをした。自分で板戸を繰りあけて見ると、縁先には、枯れた花壇の草や
(1)カンボクが風のために吹き乱された小庭があって、その先は、杉、松、その他の
(2)キョウボクの茂みを隔てて苔香園の手広い庭が見やられていた。きのうまでいた双鶴館の周囲とは全く違った、同じ東京の内とは思われないような静かな鄙びた自然の姿が葉子の目の前には見渡された。まだ晴れきらない
(ア)狭霧をこめた空気を通して、杉の葉越しにさしこむ朝の日の光が、雨にしっとりと潤った庭の黒土の上に、まっすぐな杉の幹を
(イ)棒縞のような影にして落としていた。色さまざまな桜の落ち葉が、
(ウ)日向では黄に紅に、日影では
(エ)樺に紫に庭をいろどっていた。いろどっているといえば菊の花もあちこちにしつけられていた。しかし一帯の趣味は葉子の喜ぶようなものではなかった。塵一つさえないほど、貧しく見える
(3)ショウシャな趣味か、どこにでも金銀がそのまま捨ててあるような
(4)キョウシャな趣味でなければ満足ができなかった。残ったのを捨てるのが惜しいとかもったいないとかいうような心持ちで、余計な石や植木などを入れ込んだらしい庭の造りかたを見たりすると、すぐさまむしり取って目にかからない所に投げ捨てたく思うのだった。その小庭を見ると葉子の心の中にはそれを自分の思うように造り変える計画がうずうずするほどわき上がって来た。
・・・そういいながら葉子は立ち上がって、両手を左右に広く開いて、袂が延びたまま両腕からすらりとたれるようにして、やや剣を持った笑いを笑いながら倉地のほうに近寄って行った。倉地もさすがに、今さらその美しさに
(オ)見惚れるように葉子を見やった。天才が持つと称せられるあの青色をさえ帯びた乳白色の皮膚、それがやや浅黒くなって、目の縁に憂いの雲をかけたような薄紫の
(カ)暈、霞んで見えるだけにそっと刷いた白粉、きわ立って赤くいろどられた口びる、黒い焔を上げて燃えるようなひとみ、後ろにさばいて束ねられた黒漆の髪、大きなスペイン風の
(5)タイマイの飾り櫛、くっきりと白く細い喉を攻めるようにきりっと重ね合わされた藤色の襟、胸のくぼみにちょっとのぞかせた、燃えるような緋の帯上げのほかは、ぬれたかとばかりからだにそぐって底光りのする紫紺色の袷、その下につつましく潜んで消えるほど薄い紫色の足袋(こういう色足袋は葉子がくふうし出した新しい試みの一つだった)そういうものが互い互いに溶け合って、のどやかな朝の空気の中にぽっかりと、葉子という世にもまれなほど
(6)セイエンな一つの存在を浮き出さしていた。その存在の中から黒い焔を上げて燃えるような二つのひとみが生きて動いて倉地をじっと見やっていた。・・・」
B.「護持院原の敵討」(森鴎外)
「・・・三右衛門は驚いた。中は白紙である。・・・はっと思ったとたんに、頭を強く打たれた。又驚く間もなく、白紙の上に血がたらたらと落ちた。背後から一刀浴せられたのである。夜具
(キ)葛籠の前に置いてあった脇差を、手探りに取ろうとする所へ、もう二の太刀を打ち卸して来る。無意識に右の手を挙げて受ける。手首がばったり切り落された。
・・・察するに亀蔵は、早晩泊番の中の誰かを殺して金を盗もうと、兼て謀っていたのであろう。奥羽その外の
(7)キョウケンのために、江戸は物価の騰貴した年なので、心得違えのものが出来たのであろうと云うことになった。天保四年は小売米百文に五合五
(ク)勺になった。天明以後の飢饉年である。
・・・侍が親を殺害せられた場合には、敵討ちをしなくてはならない。ましてや三右衛門が遺族に取っては、その敵討が故人の遺言になっている。そこで親族打ち寄って、度々評議を
(8)コらした末、翌天保五年甲午の歳の正月中旬に、表向き敵討ちの願をした。
・・・
・・・九郎右衛門の恢復したのを、文吉は喜んだが、ここに今一つの心配が出来た。それは不断から機嫌の変わり易い宇平が、病後に際立って精神の変調を呈して来たことである。
宇平は常はおとなしい性である。それにどこか世馴れぬぼんやりした所があるので、九郎右衛門は若殿と
(ケ)綽号を附けていた。しかしこの若者は柔い草葉の風に靡くように、何事にも強く感動する。そんな時には常蒼い顔に紅が
(9)チョウして来て、別人のように能弁になる。それが過ぎると反動が来て、沈鬱になって頭を低れ手を拱いて黙っている。
宇平がこの性質には、叔父も文吉も慣れていたが、今の様子はそれとも変って来ているのである。朝夕平穏な時がなくなって、始終興奮している。苛々したような起居振舞をする。それにいつものような発揚の状態になって、饒舌(おしゃべり)をすることは絶えて無い。寧ろ沈黙勝ちだと云っても好い。只興奮しているために、瑣細な事にも腹を立てる。又何事もないと、わざわざ人を挑んで
(コ)詞尻を取って、怒りの動機を作る。さて怒りが生じたところで、それをあらわに発動させずに、口小言を言って拗ねている。
こう云う状態が二三日続いた時、文吉は九郎右衛門に言った。「若檀那の御様子はどうも変じゃございませんか」文吉は宇平の事を、いつか若檀那と云うことになっていた。
九郎右衛門は気にも掛けぬらしく笑って云った。「若殿か。あの御機嫌の悪いのは、旨い物でも食わせると直るのだ」
九郎右衛門のこう云ったのも無理はない。三人は日ごとに顔を見合っていて気が附かぬが、困窮と
(10)ビョウアと羇旅との三つの苦艱を嘗め尽して、どれもどれも江戸を立った日の俤はなくなっているのである。
文吉がこの話をした翌日の朝であった。相宿のものがそれぞれ稼ぎに出た跡で、宇平は九郎右衛門の前に膝を進めて、何か言い出しそうにして又黙ってしまった・・・」
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