国立劇場の十月歌舞伎公演『通し狂言 仮名手本忠臣蔵』で、10月は第一部として大序から四段目までが上演されています。ご存じの通り、元禄十五(1702)年に大石内蔵助率いる赤穂浪士が吉良上野介邸に討ち入りを果たしました。その47年後の寛永元(1748)年に、『仮名手本忠臣蔵』が大阪竹本座で人形浄瑠璃として上演され、その年末には歌舞伎化されています。ただその時代、武家社会の出来事を実名で脚色することは禁じられていたため、江戸を舞台とすることは許されず、時代は太平記の世界、場所は鎌倉となっています。
ということで、幕開きは「鶴ヶ岡社頭兜改めの場」で鶴岡八幡宮。足利直義、高師直、塩冶判官髙定、桃井若狭之助安近といった14世紀の人物が登場します。私自身、これまで歌舞伎には全く興味はなく、お恥ずかしい話ですが、この演目が鎌倉を舞台にしていることも知りませんでした。この『仮名手本忠臣蔵』は大当たりし、江戸時代、上演されれば大入り間違いなしということから、当時の万能妙薬になぞらえ「芝居の独参湯」と呼ばれていたようです。このように18世紀半ばには『太平記』の物語とか鶴岡八幡宮の地名が上方の人々に馴染み深いものだったと思うと、非常に興味深いです。
さてこの歌舞伎の内容ですが、はじめてみた演目でしたが、何回でも見たいと思うほど惹きつけられました。特に、三段目の「足利館 松の間刃傷の場」。師直が判官を鮒に譬えていたぶる市川左団次の演技。そして四段目の「扇ヶ谷 判官切腹の場」はその50分間、劇場内の入出場は禁止され、観客の目は切腹する判官一人にそそがれ、咳払いすらない静まりかえった世界が広がります。判官の「無念さ」とそれを心にしまい込む由良之助の思いをこういった形で表現するものかと、つくづく感心しました。真っ白な世界のなか、刀の先についた赤い血色が目に焼き付いて離れません。この演目は人間の情感に訴える脚本、演じる役者の所作と台詞、そして浄瑠璃の語りと三味線の哀愁溢れる音色など、全てが心に沁みこんできました。やはり歌舞伎は日本の宝ですね。