今回はなんのことやら分からないタイトルのブログです。
実は最近、小学生相手にガイドをする機会がありました。そのプレゼンで12歳の子供たちに歴史をどのように理解して貰えるか。いろいろ考えました。悩んだ末、写真のようにA4版1枚に2020年間の日本の国家体制の変遷をまとめてみました。
子供(1952年生)の頃から日本史を勉強させられたのですが、いつも縄文時代からはじまり古代史、中世史、近世史と教えてもらうのですが、明治以降、特に戦後の現代史は時間切れとなります。また歴史学者もそれぞれの専門分野が決まっています。そのため過去から現在までを俯瞰して現在をどう位置付け、そして未来をどう予測するといったようなアプローチに出会ったこともありません。私は現在から過去に遡るような歴史の教え方があってもいいような気がします。それとどうして明治維新から終戦までの77年間に日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦が起きたのか?戦後75年の間に何が起きて今があるのか?
それではA4の年表を見てください。あくまで私見ですが、それぞれの時代には国家の支配体制が変わる重要な転換点があったと考えています。645年の大化改新、1180年の源頼朝の鎌倉入り、1221年の承久の乱、1603年の徳川家康の江戸入り、1868年の明治維新、1945年の終戦ですね。その評価はここではしません。ただ次の転換点がいつどういう形でくるのか?世界中を巻き込んでいるコロナ禍がどうなるのか、アメリカと中国の力のバランスはどう変わるのかなど、ちょっと怖いですが、じっくり眺めて妄想してみませんか・・・。
前回のブログでも紹介した菊川の里。小夜の中山からの菊川坂を下ったところにあります。鎌倉時代に京都から鎌倉に下向するとき、よほど小夜の中山越がこたえるのか阿仏尼、中御門宗行、日野俊基らの旅人はこの菊川の里に泊っています。この三人のうち阿仏尼は既に登場していますが、今回は中御門宗行と日野俊基ゆかりの詩碑や歌碑について触れてみたいと思います。
まず中御門前中納言宗行ですが、承久の乱のとき後鳥羽上皇の側近のひとりで敗戦後に処刑されました。『承久記』にその宗行が鎌倉に下向する途中、菊川での様子が書かれています。
中御門前中納言宗行は、小山新左衛門尉具し奉りて下りけるが、遠江の菊河に著給ふ。「ここをば何と云ふぞ」と問給へば、「菊河」と申す。「前に流るる川の事か」。「さん候」と申ければ、硯乞出て、宿の柱に書付給ふ。
昔南陽懸之菊水 酌下流延齢(下流を酌んで齢を延ぶ)
今東海道之菊川 宿西岸失命(西岸に宿して命をうしなう)
と書て過給へば、行合旅人、空き筆の跡をみつつ、涙を流さぬは無けり。
そして『海道記』の作者は貞応二年(1223)四月四日に京都を発ち、同一七日の鎌倉に着くという旅をしています。菊川に泊ったのは承久の乱の二年後。まだ記憶に新しく、処刑された宗行への思いはいかばかりだったでしょうか?
菊河ノ宿ニ泊ヌ。或家ノ柱ニ中御門中納言宗行卿斯書付ラレタリ。・・・。誠ニ哀ニコソ覚ユレ。
さらにその百年後の元享四年(1324)の正中の変のあと、日野俊基が鎌倉に護送される途中、この菊川の宿で日野俊基が宗行を偲んで詠んだ歌の歌碑がありました。
いにしへもかかるためしを菊川のおなじ流れに身をやしづめん
同じように倒幕に立ち上がり処刑された公卿たち。一方はその後朝廷と武家政権の地位が逆転し、鎌倉幕府の基礎固めがなされます。一方はその数年後に鎌倉幕府は滅び、後醍醐天皇が建武の新政を始めました。その歴史のターニングポイントの時期に、菊川を前にして二つの詩・歌が詠まれ残されているわけで、なんとも哀れで切ないですね。
阿仏尼は弘安二年(1279)に子供である藤原為相の訴訟のために鎌倉に下向しています。その時の旅日記がご存じの『十六夜日記』です。その中に《小夜の中山》を書いた行があります。
二十四日、ひるになりて、小夜の中山をこゆ。ことのままというやしろのほど、もみぢいとおもしろし。山かげにて、あらしもおよばぬなめり。ふかく入るままに、をちこちのみねつづき、こと山に似ず。心ぼそくあはれなり。ふもとのさと、菊川といふところにとどまる。
雲かかるさやの中山こえぬとはみやこにつげよ有明の月
前日の二十三日は見付に泊りました。見付からこの小夜の中山までは30㎞近くあります。昼になって越えたとありますので、よほどに朝早くに見付を発ったと思われます。季節は晩秋。ご婦人の足ながら実に健脚ですね。30キロ弱歩いて音を上げている私とは大違いでした。また紅葉の様子を書き、山かげで嵐も及ばないので、たいそう綺麗だと言ってます。こう言った細かな表現がいいです。
さて写真は阿仏尼の歌碑がある場所から鎌倉方面を見たもの。遠くの山の向こうに大井川があります。この川越えについて阿仏尼は、
二十五日、菊川を出でて、けふは大井河といふ川をわたる。水いとあせて、ききしにはたがひて、わづらひなし。河原幾里とかや、いとはるかなり。水のいでたらむおもかげ、おしはからる。
季節も水の少ない時期のようですが、阿仏尼の思いがよく表現されています。