テレビの番組で、柿の種の魅力にのめり込み、会社を退職して色々な柿の種を食べ、日本で唯一の柿ピー研究家になり、生地の焼きあげまで数倍の手間をかけて研究し自分で作り上げた柿ピーが、ドンキで販売されていると云っていた。
つまり、それを信じるのなら日本一旨い柿ピーがドンキで手に入ると云う事だ。
翌日、自宅からは離れているけれど市内に唯一あるドンキへ車を飛ばした。
店員さんに柿ピーが置かれている場所を聞き、棚を見たが既に「空」
テレビを観て買いに来た人が沢山いたと云う事だろう。
せっかく遠くまで来たのでドンキの先にある姉の顔でも見ていくかと思い、連絡してみたら自宅近くに住む娘夫婦の家で孫の世話をしているとのこと。
姉は未亡人になって3年は経過したのではないだろうか。
私より3歳年上の姉は、怖いほど見事にババアになっていた。
同じだけ私もジジイになっているのだが、鏡をあまり見ない私は、そんなに悲惨ではないと自分に云い聞かせた。
彼女にとってルンバと私は命の恩人だ。
北見の親戚の葬儀に行ったとき、途中で具合が悪いと云うのを「ただの風邪だ」と云い張る義兄と「家へ帰る」と云う本人を救急病院へ強制連行し、軽い脳出血でほぼ麻痺も無く、下手すれば死んでいたところを回復に導いたのだから。
姉は私が何回も手術を受けたことを知っているので、お互いに発した第一声は
「身体はどう? 大丈夫?」だ。
そしてルンバも含めて「腰が痛い」だの「両膝に痛みが出て」と爺婆の会話が始まった。
ドンキで柿ピーは手に入らなかったけれど(何とか元気でいる姿をお互いに確認できてよかったことにしよう)と自分に云い聞かせた。