北海道でノンビリと

タブタブの何処かへ行こう を改題しました。
何処かへ行く機会も減ってきたので 北海道を楽しもうと思ったからです

絶対 違う

2024-07-16 21:04:36 | 日記

寝る前に、カーテンの隙間から自宅の周りを見下ろすのが癖になっている。
運がよければ微かな灯りの中をチョコチョコと通るキタキツネを見られる。

Oさん宅はいつも寝るのが早い。既に灯りを落とし寝入っているようだ。
その近くにあるUさん宅は毎夜いつまでも灯りが点いている。

時々灯る細長いガラス窓はトイレだ。いつまでも点いていると「大?」と思ったり消し忘れかと心配したりする。

深夜に通る人など稀な家の前の道を昨夜は何処へ行くのだろう、白く長い足首まで隠れているワンピースを着た髪の長い女性がゆっくり歩いているのが見えた。

不思議なのは私の家も含めて周囲の家は猫が通っても反応するセンサーライトを付けているのに、彼女にはどのライトも全く反応しなかったことだ。

もしかしたら、私の見ていたのは・・・・・・アレ?
まさかねぇ・・・・・・脚はあったようだし。

急に怖くなって部屋中の灯りを全部点けた。


指差確認

2024-07-14 19:21:24 | 日記

いつものように、家から出るときに点検項目を口に出しながら指差確認。

免許証、スマホ、時計、小銭入れ・・・・・・あっ忘れた。

そしてまた続ける。

チャック、帽子、メガネ、財布、カード、薬・・・・・・

こうやって書き並べてみると点検項目が多いことに気が付く。

今日は図書館へ本を返却するのが第一目標なので借りた本が全部揃っているかも確認事項に加わった。

(よしっ、全て揃っている)と自信満々で靴を履いているとき、車の鍵を忘れたことに気が付いた。

もう忘れ物は無いだろうかと再確認していて、皮膚科の先生から外出の時は紫外線カットの薬を塗るように言われていたのを思い出した。
薬を掌にベタッと出して両手に広げ、顔に塗りはじめた途端、周りが見えなくなった。

メガネの上から塗ってしまったのだ。

クソッと自分に悪態をついてメガネを外し、
(直接目の玉に塗らなかったから良かったじゃないか)と自分を慰めた。

未だ 信じられなくて

2024-07-11 21:08:42 | 日記

朝、ノンビリと起きて顔を洗い、パンを食べながら新聞を見ていてエエッと二度見、三度見。そして、バンを噛んだまま口の動きが停まった。

「お悔やみ」のページに昔の同僚(先輩)の名前が載っていたからだ。
私よりも2歳年上だったのかと初めて知った。

大体の住所は知っていたが、家を訪ねたことは一度も無い。
新コロナが蔓延する前に、COOPで偶然逢ったことがある。
お互い、夫婦での買物途中で「その後、どう? 大丈夫ですか?」と訊いたのは彼が数年前に癌を患っていたのを知っていたからだ。

400キロ離れた札幌の大学病院で入院治療中の彼を見舞い「食べ物がなかなか食べられなくて・・・・・・」と辛そうにしていたのだが、その後元気になって再発も無く現場復帰し数年後に無事定年退職した。

その方の名前が新聞の「お悔やみ欄」に載っていたのだ。
亡くなったのは5日も前で葬儀終了と書かれているところを見ると家族葬だったのだろう。

迷惑かも知れないけれど、「お悔やみ」の言葉を伝えようと新聞に載っている住所を車のナビに打ち込み少しだけ黒い服を選んでご御自宅へ向かった。

玄関先で挨拶をして失礼しようと思ったのだけれど、家の中に招き入れられ部屋の中に作られた祭壇に案内された。
彼の戒名が書かれた位牌とそして小さな箱に納まったHさんと対面し手を合わせた。

「数年前にCOOPで逢ったのが最後になりました」と云った途端、「あぁ・・・・・あの時の」と私のことを思い出した奥様。

祭壇前には私も含め同僚と並んで職場で撮影した写真が置かれていた。
写真が無くて遺影を選ぶのに苦労し、この集合写真を引き伸ばして遺影にしたそう。

Hさんは当時のままの見慣れた顔で微笑んでいた。
私は「良いんじゃないですか、とっても素敵で私のよく知っているHさんの御顔です」と伝え彼とのお別れを済ませたのだが、ショックはしばらく尾を引きそうだ。

冷たいオンナ

2024-07-10 22:14:37 | 日記

数日前に外出して帰宅時、最悪のタイミングで赤信号になった。
普段は通らない脇道に入ると知らないうちに、小さな葬儀場が建っていた。

新コロナが流行してから、葬儀の形態が変わったように思う。

それまでは、時間に合わせて葬儀場へ入り、座って坊さんの唱える経に合わせて意味不明の言葉を、分った風な顔をして自分も唱え、喪主はどのような関係か分らない人に頭をさげ、名前も知らない親戚と一緒に通夜を過ごして翌日火葬場へ行ったものだが、今は大変わり。

時間制限で少し離れた所から祭壇に手を合わせ喪主に挨拶して帰宅すると云う短時間、省エネ型家族葬が増えたように思う。

葬儀場も家族葬に合わせて小型化し、あちこちに増えた。

赤信号で脇道へ入って見つけた葬儀場も家族葬向きに作ったようで、私の家からもそんなに遠くないので、数年後には私はここに横たわるのかも知れないと思いながらルンバに教えたら「遺影に使う写真は分る所に出しておいてよ」と私に冷凍庫のような冷たい言葉を浴びせた。

違うじゃねぇか

2024-07-09 20:24:51 | 日記

 昨夜「明日は整形外科受診だからね」と仰せつかり今朝は食後の朝寝も出来ずにアッシー君。帰りはいつものようにスーパーで買物。

本来なら、これで帰宅し昼寝と云うことになるのだが、もう一つ寄り道。
世間の熱も冷め話題にも載らなくなったので行列も無いだろうと思ったからだ。

興味はそれ程無いが、拝んでみたい渋沢栄一様や津田梅子様に北里柴三郎様。

銀行のATMに行って三人の御顔を一人ずつ見るために16000円と押して引き出しの操作。
軽快な音と共に現れた16000円を見て愕然。全部が旧札だった。
窓口へ行ったら、私が何かを云う前に「そこの番号札をお取りください」と笑顔だが冷たい声。

あっ、そうだ。両替え用紙にも記入するんだったと記憶が蘇り、番号札を手に面倒くさいけれど用紙への記入。

やっと番号が呼ばれたのでATMから出てきたばかりの旧札を手に「新札で欲しかったのに」と口を「への字」
冷たかった声の窓口女性は、今度は申し訳なさそうに「ATMはまだ旧札なんですよ」と云って「用意致しますので座ってお待ちください」と言葉を残して次々と上司の間を周り、
了解を得て奥にある金庫から取り出した後、また上司に確認してもらい「お待たせ致しました」の言葉と共に封筒入りでやっと新札と御対面。

間違いを無くする為とは云え、まぁ面倒くさいこと。

次についでだからと市内で本局の次に大きいと思われる郵便局へも寄ってみた。
数台あるATMの前で順番待ち。

やっと空いたので16千円とキーインしたら、何と出てきたのが16枚の見慣れた旧1,000円札。

私はATMを蹴っ飛ばしたくなったが何とか気持ちを抑えてカウンターへ行ったら、郵便局には未だ新札が届いていないとのこと。

私は16枚の旧札を握りしめたまま憮然として車へ戻った。