昼行灯(だった)トキの大雑把なひとりごと

クレヨンしんちゃんよりもユルく生きていた(当面過去系)私の備忘録と、大雑把なひとりごと。時々細かく語ることも。

だから深謀遠慮と何度も言ってるんだが

2007-04-29 17:12:36 | ものおもい
転院断られ死亡の妊婦、詳細な診療情報がネットに流出(読売新聞) - goo ニュース

「新小児科医のつぶやき」さんのコメント欄で紹介されていたニュースです。
これを見て、もし本当に告発とかされると、大変なことだなぁ、と思い、記事を書き始めましたが、同じコメント欄で、「健康、病気なし、医者いらず」さんが、情報掲載者の一人として見解を書いたというので、読ませていただきました。
すると、少なくとも「健康、病気なし、医者いらず」のブログ主、Dr.Iさんのソースは、「遺族がマスコミに配布したカルテのコピー」であったとの事です。今回はそれを前提に話を進めます。

まず、今回の不幸な事件については同情の念を禁じ得ません。
しかし、「では訴えればよいのか」というと、そうではない、というのがはっきる分かる例になってしまった、というのが私の見解です。
確か、今回の件では警察が動いていた筈です。ということは、遺族は刑事告発をした、ということでしょう。また、現在も代理人弁護士が付いているということは、民事による提訴も視野に入っていると思われます。(実際に提訴しているかどうかは覚えていません)
もし、実際に訴訟となれば、民事であっても公開が原則ですから、原告・被告の攻撃防御の中で、今回問題にされたような当日の情報は、さらに詳細に検討され、それが公開されることになります。
記事では、「個人情報を病院・医師側が漏洩した」という観点から問題視しています。実際、そういうことがあったとすれば問題かとは思いますが、自らカルテのコピーをマスコミに配り、訴訟を視野に入れている人が「個人情報を公開されては困る」というのは、いくらなんでも通用しない、と思うわけです。
(このへん、わざわざプレスリリースを出した環境ホルモン名誉毀損事件とも類似点があるように思います)
訴訟をするとか、マスコミに資料を配る、という行為は、むろん遺族側からすれば、損害賠償請求であり、責任追及であり、また同情を得ようとする意図からなされるものでしょう。ではそこに、今回のようなリスクが全くない形をとれるのかというと、無理だ、というのが結論になります。
そのくらい考えてから行動しなさいよ、と。

こういう報道を見て思うのは、ある種の人々は、自己に関する「情報」や「状況」は、自己に有利なように完全にコントロールできて当然だ、あるいは、勝手に自己に都合のよいようになってくれる筈だ、という思い込みが、どこかにあるのではないか、ということです。
いうまでもなく、世界は、そんなに都合良くできてはいません。
それを他者の所為にばかりしたところで仕方がないでしょう。何かを得るためには、当然リスクが伴うのですから。
といっても、私が本ブログでぶつぶつ言っているコトってのは、どうも、この「リスクが伴う」ことを考慮していなさそうなコトについてが多いんですけどね。いまの日本人は、そういう人が多いのだろうか。

故障

2007-04-26 23:50:13 | ものおもい
不健康も疲労も言い尽くした感がありますが、その上、実は4月に異動があり、また畑違いの職場へと転勤しました。
妻の職場も同時に異動があり、現在、それぞれかなり残業に食い込む職場となってしまいました。
お陰で、ペットの世話のやりくりに苦労しています。

さて、就職して15年位になりますが、ここに来て、心理的な異状を感じるようになりました。
というのは、明らかに仕事を拒否する気持ちが強くなっているのです。

新しい仕事は、時間はかかりますが、大変、という程ではありません。勿論、まだ分からないことも多く、心理的な負担感は強いのですが、これまでの異動では、新しい仕事であっても、もう少し前向きに、かつ楽にこなしていたように思います。それが出来なくなっている。

それで、仕事もペットの世話も投げ出して、1年くらいの猶予を貰い、ゆっくり静養し、減量して体調を整えられたら・・・と夢想してしまう私が居り、そのことが苦痛で仕方がない。

以前の記事で、どうも自分は自閉症とぎりぎりのところにいるようで、実感としてはもう少し社会慣れしていると思っていたので意外だった、という内容を書きました。15年、曲がりなりにも社会人をやってきた反動が、ここいらで出てきたのかもしれません。

あるいは、単なる中だるみであるのかもしれません。

こんな経済状況下で、ちゃんと給料が貰えているだけでもありがたいのですから、こんなことは言っていられない。
それは重々承知してはいるものの、無為に過ごす時間を渇望する自分を、止めることができません。

いまの希望は、天気のいい日に公園でのんびりすること。
そして、その日も、翌日も、兎に角しばらくは何の予定もないこと、です。

「当分、何もしなくていい」という状態に、強くあこがれます。非常に困ります。
せめて一ヶ月、何もせずに過ごせたらなぁ、と、つい考えてしまいます。



簡単に言うけどね。

2007-04-23 00:34:59 | 農業
農業を「もうかるビジネス」に、政府が活性化案の規模拡大(読売新聞) - goo ニュース

 拙ブログでは、農業と医療の問題をよく取り上げますが、この2つ、似ているところがあります。
  ・どちらも健康に直結している。
  ・どちらも「過剰サービス」が当然とされており、それが保証されないと「キレる」お客さんが一定数居る。

 健康関連がここまで安価でかつ充実している国はほかにありません。

 個人的には、携帯電話に月2万円かけるくらいなら、医と農に1万円ずつ負担を分けて、今の水準を維持したほうがどれほどよいことか、と思います(それで維持できるかどうかは分かりませんが)。
農業は、保護主義的といわれようと、とにかく(国民が飢えない程度の)一定の規模は維持するような施策をとるしかありません。でなければ国が滅びる。

 個人の「企業家精神」はもちろん重要ですが、それだけではどうにもならない点もあります。資本主義的競争だけではなく、国がもう少し枠組みを整えてやらないと、「もうかるビジネス」になるのは一部のみ、あとはジリ貧で供給総量は不足、ということになってしまいそうな気がします。

2007-04-21 09:43:09 | Weblog
 よく見る夢に、学生時代をなぞるものがある。

 一つは小中学生時。
 大抵、体育の授業があるが、運動着又は水着を忘れてしまい慌てている。どうやって調達しようかと思案しているという内容。
 高校時でも同様のものがある。こちらでは格技が加わる。具体的には、柔道着を忘れている。

 別に、高校~大学時のパターンがある。こちらは、3月の卒業間際になり、必修単位を見落としていてどうしよう、といったもの。あるいは、選択したものの単位取得を諦め、ちゃんと出席していなかった授業(講義)、又は単に履修していることを忘れていた授業(講義)がある。どちらにせよ実は単位が必要であることが判明している。だが、単位認定のためのテストの日程が分からない、今から出席しても単位取得に間に合わない、必要なテキストを持ってきていない、外国語の授業で翻訳の宿題をやっていない、そもそも一週間の時間割を忘れており、今日が何の事業があるのか分かっていない、カバンのなかに必要なテキストがない、就職は決まっているのにああどうしよう、といったもの。
そして、「あれ、そういえば俺は既に就職しているはずだが」と気づき、目覚める。

 要は、結論(卒業なり就職)は決まっているが、自らのポカで躓いてしまう。そして慌てる。まあ、よくある悪夢のパターンである。

 実際、忘れ物の多い生徒であった。小学生時代は母親が難儀した。私は自我の目覚めが他人より遅かったため、「決まりごとを守る」という点もおろそかにしがちだった。若干の発達障害もあるかもしれない。今でも集団行動は苦手である。

 先日、休日出勤が必要であったが、寝過ごして遅れる、という夢を見た。夢の中で「これは夢じゃないのか?いや、まぎれもない現実だ。どうしよう。とりあえず昨夜風呂に入らずに寝たので入浴して身支度を整えてから出勤しなくては」と思い、シャワーを浴びていたら、家人その他よく分からない人々から「仕事に遅れているのに風呂に入っているとは何事か。こいつは頭がおかしくなったのではないか。検査が必要だ」などと騒がれる、といったものであった。

 無論、夢の中での否定にかかわらず、ちゃんと夢であった。その日に休日出勤すること自体は本当のことだったが、目を覚ましたのは朝であり、遅刻はせずにすんだ。
 ただし、その日に倒れ、しばらく後の仕事を休む羽目になった。
 昨年末からの多忙が祟っているのであろうか。

佐賀県

2007-04-08 17:32:17 | ものおもい
こんなのを見つけてしまいました。

佐賀県「こちら知事室です-知事への提案:県職員と労働基準法について

簡単に説明すると、
・佐賀県では、平成13年から、顧客サービス向上のための意識改革の取り組みとして朝礼を行っている。
・上記取り組みは、県の総務部から始まり、その後、職場の自主的な取り組みとして全庁に広まった。
・最近、朝礼時間中の窓口対応について利用者から苦情があった(始業後なのに「朝礼中だから」と断られた?)
・そのため、県では確認整理をし、朝礼は始業前に終えるようになった。
・このことについて、ある職員が「最近、始業開始後に行われていた朝礼が、始業開始前に終了させることとなった。朝礼の出欠には選択の余地はない」と言っている。

ここまでが事実関係で、知事への質問は以下の通りです。

・上記が事実とすれば、相応の時間外手当が伴うはずだが、それは無視出来ない出費ではないか。
・もし手当を支給しないなら、労働基準法違反ではないか。
・以前から時間前に朝礼を終えていた職場もあったらしいが、使用者はそれを黙認していたのか。
・朝礼時にも窓口担当者を残せばよいだけではないのか。

それに対する佐賀県の回答は、

・朝礼はあくまで「自主的な取り組み」だから、時間外手当の対象となる労働時間ではない。
・顧客サービス向上のための自主的な取り組みは好ましいことで、使用者がそれを奨励するのも問題ない。
・なお、朝礼が「自主的な取り組み」であることを管理職を通じ職員に周知徹底させる。

ということだそうです。

上記の事例ですが、これ、典型的に「ふいんき(何故かry)が許さない」って奴じゃないでしょうかね。
「あくまで自主的な取り組みで、顧客へのサービス向上のために行っている」というのは、「顧客サービス向上のためだから、やれよ」と言っている、すなわち強制しているのと同じことのように思います。
ですから、たとえ、「朝礼の目的やあくまで自主的な取り組みであることについて、もっと丁寧に説明をするように指示をしました」と言ったところで「じゃあ自分は出ません」というのは、実質上は許されないでしょう。
これは「時間内にやるようにして、窓口対応者を当番で残す」か、「朝礼を止める」か、どちらかしかありません。
素直に、前者でいいんじゃないですかね。
無論、県民感情としては、職員の労基法違反状態なんて知らない、朝礼は時間外にやれ、という意見の方も結構な数になるのでは、と思います。
しかし、いくら「市町村民・県民の方を向いた行政」とはいえ、それは行き過ぎでしょう。