さむらい小平次のしっくりこない話

世の中いつも、頭のいい人たちが正反対の事を言い合っている。
どっちが正しいか。自らの感性で感じてみよう!

タクシードライバー日記⑪ どちらまでですか? 無銭乗車

2023-07-25 | タクシードライバー日記


こんにちは、小野派一刀流免許皆伝小平次です

小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます

本日は

『無銭乗車』

です 食い逃げ、ならぬ乗り逃げですね

乗車地
『四谷』『大崎』『代々木上原』
降車地
『東京ドームシティ』『綾瀬駅付近』『新大久保付近』

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 おれがタクシードライバーをしていたころ、一日の運収が50,000円を超えれば、ひと月の手取りで300,000円程度の稼ぎになる、と前に書いた。55,000円も平均で売り上げていたら、当時のおれのいた営業所では65名くらいのドライバーが所属していたが、ベストファイブくらいには入ったし、全社でも、まあまあ上位にランクされた。

 おれは、以前の仕事を辞め、収入は大幅に下がっていたが、何とか手取り30万、つまりは一日5万を目標に日々東京の街を走っていた。

 ある日の夜、四谷付近で初老のオバサンを乗せた。

『東京ドームまで行って欲しいんです、東京ドームの周りのレストランに忘れ物をして、取りに行って、また同じ場所まで帰って来てもらいたいんです』

『かしこまりました』

 四谷辺りからだと、今走っていた外堀通りを直進、そのまま行けば東京ドームシティだ。ほどなくして到着、オバサンは直ぐに戻ると言って、試合が終わった後なのか、大勢の人込み中へ消えて行った。

 こうして、乗車中の客が、家に着く前にコンビニに寄りたい、などと言って待たされることがある、当然メーターは止めない、タクシードライバーは時間と戦いながら稼いでいるのである、空車でもなく休憩でもない状態で車を停めていることはあり得ないのだ。ところが! 15分程経ってもオバサンは戻ってこない、この間メーターは料金を少しずつ積み上げている、20分、少し不安になる、このまま戻って来なければ、ここまでの料金は、朝の精算時に自腹を切ることになるのだ、おれは仕方なくメーターを止めた。

 30分待っても帰ってこない、マジか! おれは同期の八重樫に電話を入れる。

『ああ、それはやられちゃったんじゃない、乗り逃げ…』

 マジか。。。。、悔しい…、だがこれからの稼ぎ時の時間帯、淡い期待をして待ち続けるわけにも行かない、結果45分ほど待った後、おれはそのまま秋葉原方面へ向け走り出した。

 翌朝、先輩にその話をした。

『そういう時は、必ず何か荷物でも置いて行ってもらわなきゃだめだよ』

 なるほど、残念だが授業料だ。

 ある日の深夜、『大崎グルグル』をやっていた時に、一人の若い女が手を上げた。『大崎グルグル』とは、別の機会にまた話すが、環状線である山手線の終電が『大崎行き』なのだ。この終電には、酔っぱらって寝過ごして、もはやタクシー以外では帰る術のない客がふらふらと出て来る、それを狙って山手通りから裏の目黒川沿いをぐるぐると回るのだ、一発大物も何度が釣っている。

『綾瀬駅の方まで』

 高速を使わず東京の北の外れ、足立区の綾瀬、まあまあのヒットだ。おれはメーターを入れ走り出す。

 女は、どこか物憂げな雰囲気を持っていたが、それとは裏腹に饒舌だった。饒舌とは言ってもハキハキと喋るのではなく、少し倦怠感のあるような話し方だった。沖縄の出身だとか、タクシードライバーは短命な人が多いとか、どうでもいいような話を続けていた。

 綾瀬駅付近に来ると女が言った。

『あそこのセブンイレブンで買い物をしたいので待っていてもらえます?』

 おれは女に言われた通り、セブンイレブンの駐車場に車を停めた。女が降りる前に、何か車内に置いて行って欲しいことを告げようとしたら、女の方から言った。

『何か置いて行かないといけないですよね、ちょっと待ってくださいね』

 女はカバンから財布を取り出し、更に財布から健康保険証と、何かの顔写真入りの『資格証』のようなものを出して、運転席と助手席の間に置いてある『料金受け』の上に置いた。

 これほど確実な『人質』もないだろう、おれは安心してドアを開け、女が店内に入るまで見届けた。

 健康保険証、あまりにも確実で価値の高い『人質』に、おれはどこか油断をしてしまった。店の出入り口の監視を怠ってしまったのだ。コンビニで買い物するには、不自然に長い時間が流れた。メーターは待っている間に10,000円を超えた。

『え?』

 あの女、どこへ行った? おれはメーターとエンジンを止め、店の中に入った。女はいない。トイレか?トイレを見に行ったが中は空だった。

『ウソだろ?』

 保険証置いて行ってるのに、乗り逃げ? そんなバカな。。。。

 だが女はいない、ひょっとして、保険証を置いてきたことも忘れて、うっかりいつの間にか帰ってしまった? だったら戻って来る? いやいや、そんなに酔っぱらってるようにも見えなかった。だが女は戻って来なかった。乗り逃げされたかも。。。しかしこちらには女の身分証明がある、おれは綾瀬警察署へ急いだ。夜勤の警察官に保険証などを見せ事情を話した。しかし、警察官の返事は…

『運転手さん、その女性が買い物のために降りることを許可しちゃったんですよね、そうだとすると、女性と運転手さんの間に、降りることについて合意が成立していて、これは民事の扱いになるので、警察は介入できません』

は、は、はあああああああああああ!!!!!!!????????

『いやいや、無銭飲食だったら捕まえますよね? 乗った料金払わず逃げちゃったんですから、民事じゃなくて、窃盗ですよね? 詐欺? 違うんですか?』

『民事になりますね』

 なんてことだ、しかしいくら言ってもだめだった、悔しいがおれは警察署を出た。その後、健康保険証から何かわからないか、色々調べたが、わかったのはその保険証は使い物にならなくなったもので、健保だのでも、女の所在などわからないということくらいだった。使えなくなった保険証で安心させて。。。、見事にやられた。

 稼ぎ時の時間、時間だけを取られ、金はもらえず、挙句自腹を切る、酷い話である。一日50,000円の売り上げを目標に必死に走っている、本当に無銭乗車は許せない。

 最後は、無銭乗車ではないが、非常識はどっちだ! と言う話をする。

 ある晩、おれは井の頭通りを表参道方向に向かって走っていた。代々木上原駅付近で、少しふらふらしている若い男が手を上げた。

『し、し、新大久保駅の方へ、おねがいぃ、しまっす!』

 かなり酔っているようだ。おれは井の頭通りから山手通りに入り、大久保通りを新大久保方面へ右折、ほどなくして駅前付近に着いた。後ろを振り返ると、男がだらしなく眠りこけていた。

『お客様、お客様、新大久保駅の近くまで来ましたよ、お客様、お客様!』

 だめだ、起きない、幸せそうに眠っている、その後もしぶとく声を掛けたが全く起きる気配がない。こういう時、身体を揺すって起こす、特に女の客の時はそうだが、これはご法度だ。物が無くなったとか、身体を触られたとか、トラブルになりかねないからだ。

 だから本当に困るのだ。稼ぎ時の時間、全く無駄な時間を取られてしまう、ドライバーにとっては死活問題なのだ。

 では、どうしても起きない時はどうするか、身体に触れ、揺すっても大丈夫な人に起こしてもらう、おれは近くの交番へ行き、警察官に事情を話す、警察官が後部座席のドアから男の肩を揺すり、声を掛けてくれる。

『ちょっと、お兄さん、起きて下さい! おにーさーん、起きて下さい!』

 ようやく男が目を覚ます。

『う、う、う~ん、ん!? えっ! なんで警察? えっ?えっ?』

『申し訳ございません、何度もお声がけをしたのですが、お目覚めにならなかったもので、こういった場合、お客様のお身体に触れることができませんので、警察の方に起こして頂くよう指導を受けておりまして…』

『な、なんだよそれ! 犯罪者扱いですか! 失礼じゃないですか!』

 とりあえずそこから、男の住まい、ちょっとこ洒落たアパートに到着、料金を払う段になって男が言う。

『ちょっと持ち合わせが足りないので、そこのアパートが自宅だから、今お金持って来るんで待っててもらえます?』

『申し訳ありません、それでしたら何か荷物を置いて行ってもらえますか?』

『は? また犯罪者扱いですか?』

 男は憮然として降りて行った。荷物は一応おいてあったが、以前の健康保険証のようなこともある、特にこういう集合住宅だとどこの部屋に住んでいるかわからない、おれは車を降り、男の後を追った。男がアパートの裏側にある一階の部屋に入るのを見届け、車に戻ろうとしたところ、すぐに男が出て来た。

『ちょっと! なに家の前まで来てるんですか! 非常識にもほどがありますよ!!』

『申し訳ございません』

 おれは一言だけ返して男と車に戻り、料金の精算を済ませた。男は相当気分を害したようだ。

 非常識? どっちが? 金もないのにタクシー乗ったのはだれだ?

 ラーメン屋に行って、お金は今ないけど、後で持って来るから食わせて、と言って通じるのか? 後で払うから、と言って新幹線に乗れるのか?

 確かにタクシーは高額な乗り物だから、こういうこともある、だが、乗る側のマナーとして、少なくとも何か荷物を置いて行く、家がどこかくらいは教えてほしい、保険証女のときのように10,000円を取はぐねる、一日50,000円の運収の時代に、10,000円稼ぐのがどれだけ大変なことなのか、それをわかってから『非常識』だの言って欲しい。

 その後、おれが無銭乗車の被害にあったのは一度だけだった。その時は金が無い、という客の家まで行ったが、それでも『無いものは払えない、必ず後日払う、今払わなければいけない、という法律も無い』などと言って支払いを拒まれたが、住所、電話番号を控え、払ってもらえなければ警察に連絡する、と言って数日後に回収した。 

 普通の勤め人と違い、タクシードライバーは自分の腕だけで稼いでいる、無銭乗車はとてもダメージが大きいのだ。


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本当に乗り逃げは、お金はもちろん、精神的にもかなり堪えます。確かにマナーのなってないドライバーも多かったですが、乗る側のマナーもあるだろう、そう思ってやっていました。それにしても、保険証女、沖縄出身とか言っていたのですが、仲間の沖縄出身の人に保険証や資格証を見せたら、沖縄の県人仲間を通じ色々調べてくれました。でも、結局見つかりませんでした。綾瀬警察でももっとごねればよかったですよ
コメント (4)
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