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(そうだ、世界に行こう インドの田舎村でホームステイしたらカルチャーショック祭りだった )イメージ
こんにちは
30年近く前、私がインドを一人旅した時の日記をもとにお送りいたしております
前回、英語もままならないにも関わらず、自転車でインド半島最南端まで走破しようと言うツワモノ、K君、とダッカで別れて以来、奇跡的な再開を果たし、二人で昼飯とホテルの予約をしようと歩き出し、そして、着いたホテルでK君が全て日本語で押し通して予約をして見せた、というところまででした
つづきです
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オーナーの奥さんが日本人、と地球の歩き方に出ていたホテルでK君が一週間分の予約を済ませ、おれたちはまた通りへと出た。シメンチャロ―の働くレストラン、『ミッキーマウス』はこのホテルからすぐ近くであった。
通りを歩いていると、またよく見かけるサイクルリクシャ引き(以下自転車引き)の男がいた。男は、柔らかく温かいふわふわとした陽射しに包まれ、リクシャの横に寝そべりのんびりとくつろいでいた。男は寝そべったままおれを見つけ言った。
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『Hi、ジャパニー、友達か?』
『ああ、友達がプリーに来たんだ』
自転車引きの男はゆっくりと立ち上がり、笑顔を見せた。しかし、その表情が見る見るうちに驚愕の表情へと変わった。
『おい!すごい自転車だな!!』
自転車引きの男は顔を紅潮させ、K君の自転車をまじまじと見回す、自転車で飯を食っているプロとして、素人のおれでもわかる、かなり高性能の日本製自転車に興味が惹かれたのであろう。
『なあ、少しこれ、乗らせてくれないか?』
自転車引きの言葉をK君に伝える。K君が即座に答える。
『ダメだよ!それはできない!』
K君の言葉を自転車引きに伝える。
『なあ、頼むよ!一度、ほんの少しでいいから乗らせてくれよ!』
これからまた、ガイドブックなどにも出ていない街を含め、インドと言う魔界のような国を2,000キロ近く走ろうと言うのだ、この自転車はK君にとって、命を託す大事な相棒、戦友、とも言えるものだろう、それを会ったばかりのインド人に貸すなんてことができるはずがないのだ。
『なあ、頼むよ!なあ!』
K君の答えは変わらない、それでも食い下がる自転車引き。
『なあ! … それならどうだ!? 自転車でおれとレースをしないか? それでおれが勝ったら乗らせてくれよ! そうだ! おれはこの男を後ろに乗せて勝負でかまわない!』
なんと!自転車引き、K君の最新式日本製自転車に勝負を挑んできたのだ、しかもおれを後ろに乗せて勝負だ、と言う。
自転車引きのリクシャ、頑丈そうだがとても速そうには見えないインド製、しかもおれを乗せて、そんなの勝負になるはずもない。それにどんなこと言ったってK君は自転車を貸さないだろう、と思っていたらなんだかK君の闘争心に火が点いてしまったようだ。
『コイツ、ナメてますよね、小平次さん後ろに乗せて、このオンボロ自転車で勝とう、って言うんですかね、よし!やってやる!』
こうしてインドの片田舎で、自転車のハンディキャップレースが行われることとなった。おれは自転車引きに言われるまま後ろの座席に座る。
『あそこの緑の看板までだ』
自転車引きが指をさす、道は直線、傍らにいた別の自転車引きがスターターを務める。
『Start!』
同時にスタートラインを飛び出す、すぐさまK君が差をつけ圧勝、と思っていたが、なんとスタートからしばらく二人は併走、決してK君が手を抜いているわけではない、細身ながら筋肉質な背中をおれに向け、自転車引きは猛然とペダルを踏む、加速が増していく、しばらく併走が続く、目いっぱいペダルを踏みながら、驚いた様子でK君がこちらを見る、すごいぞ!自転車引き!
予想外の併走がしばらく続いたが、中盤過ぎからはやはり性能の違い、おれを乗せているハンデも大きく、一気に加速をつけたK君がおれたちを引き離してゴールイン、K君にだいぶ遅れておれたちもゴール、レースは終わった。K君が自転車を降りて言った。
『すごいな!おまえ! 一瞬ヒヤっとしたよ! いいよ!少し乗らせてやるよ!』
自転車引きの健闘を称え、K君が自転車を自転車引きの前に回す。自転車引きはうれしそうに握手を求め、それから自転車にまたがった。
ミッキーマウスに着くと、いつものようにシメンチャロ―が、眉をハの字じして困ったような顔をしながら、それでもうれしそうにおれたちのテーブルへ駆け寄って来る。
『コヘイジ、友達?』
『そう、友達、K君と言うんだ』
『ボクはシメンチャロ―』
シメンチャロ-が右手を差し出す、それにK君が答える。
『小平次さん、こいつ何だか困ったような顔してますね! おい!なにか困ってるのか!』
K君が笑う、おれも笑う、シメンチャローも笑う、シメンチャローとK君はすぐに『友達』となった。
シメンチャロ― K君撮影
おれたちは再会を祝し、ビールで乾杯、大いにこれまでの旅の話で盛り上がった。
『地球の歩き方なんかに出ていないような街に行くとですね、日本人、って言うか外国人自体珍しいんでしょうね、しかも自転車だし、大人も子供もみんな集まって来るんですよ!
何言ってるかはわからないんですけどね、身振り手振りで…、
多分名前聞かれたんですよ、それでね、おれ、立ち上がって胸張って、大声で言ったんです!』
『アイアム、サダムフセイン!』
『みんな大笑い、すげえウケましたよ!』
やはり『ツワモノ』だ。大いに盛り上がり、ミッキーマウスを出た時には、もう夕暮れであった、少し歩くと、今しがたレースをした自転車引きがまた、道の隅に寝そべっていた。自転車引きはおれたちに気づくと、立ち上がり傍らのウイスキーの瓶を持って近寄って来た。
『さっきの自転車のお礼だ、飲もう!』
自転車引きは屋台の男に声をかけ、グラスを受け取り地べたに座り込む、そしてウイスキーを注ぎおれたちに差し出す。
おれとK君もその場に座り、礼を言ってからウイスキーを啜る。しばしの談笑、やがて急ぎ足に陽は沈み、辺りは通りの薄暗い灯りだけの夜の闇に包まれる。
おれたちのいる通りの北側には、だだっ広い荒れた土地にヤシの葉で造ったような掘立小屋が無数に並んでいた。
自転車引きが、心地よさそうなほろ酔い口調で言った。
『俺の家は… あの中にあるんだ、貧しい家さ…』
おれとK君は黙って聞いていた。
『2年前、大きなサイクロンが来て、この辺りの家はみんな吹っ飛んでしまった…』
『それは大変だったね』
『どうってことない、吹っ飛んだらまた建てるだけだ…』
自転車引きは、決して悲しそうな表情など見せず、かと言って無理にそうしようとしているわけでもなく、ただほろ酔いの心地よさにひたり、軽く微笑んでそう答えた。
おれとK君はウイスキーを啜りながら、点々と灯る掘立小屋の集落を見つめていた。
自転車引きが突然、日本語で言った。
『アシタハアシタノカゼガフク…』
驚いておれはK君と顔を見合わせる。
『その意味はわかっているのか?』
自転車引きは微笑んでから答える。
『Tomorrow is another day…』
二十代半ば、おれはそう大きな挫折も失敗もない人生を送ってきた。ここまでは順風満帆だ、だが、この先、これが続くなんてあり得ない、必ず大きな試練や壁にぶち当たることがあるだろう、その時におれは、インドの漁村でインド人が言った日本語のこの言葉を、思い出すことができるだろうか…。
いつかきっと、逃げることも立向うことも困難なことがおれを襲うことがあるだろう、おれは掘立小屋の消え入りそうな仄かな灯りを見つめながら、必死に自転車引きの声と言葉を心に刻み込もうと、胸の奥ででそれを何度もつぶやいた。
*************** つづく
※引用元を示し載せている画像は、撮影された方の了承を頂いた上で掲載しております。それ以外の「イメージ」としている画像はフリー画像で、あくまでも自分の記憶に近いイメージであり、場所も撮影時期も無関係です。