さむらい小平次のしっくりこない話

世の中いつも、頭のいい人たちが正反対の事を言い合っている。
どっちが正しいか。自らの感性で感じてみよう!

露宇戦争、そろそろ終わるかな。。

2024-02-28 | 社会・経済



『仏マクロン大統領 欧米部隊のウクライナ派兵 将来的に「排除しない」と発言』

こんにちは

小野派一刀流免許皆伝小平次です

オマクロンさん、大変なこと言っちゃってますね

短い記事ですので引用します

『フランスのマクロン大統領が西側諸国によるウクライナへの派兵の可能性について、「合意は存在しないが排除すべきではない」と踏み込んだ発言をしました。

 パリの大統領府で26日、マクロン大統領のほかドイツやポーランドなど欧米およそ20カ国の首脳らが集まり、ウクライナ支援強化を話し合う会合が開かれました。

 会合ではウクライナに中長距離ミサイルを配備するための仕組みを作ることが決まったほか、ロシアとその支援国への制裁強化についても話し合われました。

 マクロン大統領は、「ヨーロッパの安全と安定にはロシアの敗北が必要不可欠だ」と強調し、西側諸国によるウクライナ派兵の可能性について「合意は存在しないが、排除すべきではない」とより踏み込んだ発言もしています。』


この発言を聞いたフランス国民の反応が知りたくて色々フランス語の記事とか翻訳かけながら検索しましたが今の時点でわかりません

まず、ウクライナへの欧米諸国、つまりNATO軍?、派兵の可能性を排除しない、と随分過激に聞こえますが、前文に「合意は存在しないが」とありますので、まあ、ウクライナに対してのリップサービスでしかないのでしょう

もしくはこう言うことで、NATO加盟国に対し、合意を拒否し、直接の派兵はしないのであれば、武器の供与などでより一層協力すべき、と圧をかけているのかもしれません

だって、英仏のような核保有国はともかく、新参者のスウェーデンとか、ロシアに近いポーランドとか、合意するはずもないと思いますよ

当のフランス国民だってどう思うか。。

つまりあり得ないことを言ってるんですね

どこまでも戦争継続を望んでいるんですかね

ワクチン接種の強引さなんかを見てましても、オマクロンさんは戦争を継続させたいグローバリストたちのかなり忠実で強力な犬、のようにも思えますので、こういう言葉が出るのかもしれません

先日、アメリカのFOXニュースの元司会者のタッカーカールソンさんが、プーチンさんにロングインタビューをした動画や日本語訳が出回りましたが、今検索すると、報道機関などの報道は全く見つけることができず、早くに見つけた人たちのXだとか、そういうところにしか無く、違和感があります

そのインタビューの一部、

TC『バイデンについてどうお考えですか?』

プーチン『我々は、アメリカを動かしているのは彼ではないと確信しています』

TC『ではアメリカを動かしているのは誰だとお考えですか?』

プーチン『ずっと同じ勢力が支配しています。大統領を替えることはできても真の支配者達を替えることはできない。私達が対峙しているのは彼らです。バイデンはこの権力構造の表に立てられたカカシに過ぎません』


カカシww

まるで映画や、陰謀論のようですが、世の中を普通に見ていればごく普通の事を言ったようにしか見えません

で、オマクロンもまたカカシで、キシダはカカシの中のカカシなのでしょう



以前の記事でも言ったのですが、ロシア国民は言論や情報を統制され、洗脳されているわけではありません

現にロシア人は日本を含む西側諸国にもたくさんいますし、国内においても動画やSNSが厳しく規制されているわけでもありません

情報を得ることは容易です

また、多くのロシア国民は戦争など望んでもいないし、他国を侵略することも望んでいません

その上で、プーチンさんへの支持率は80%を超える、この数字も決して操作されたものでもありません

多くの『西側』市民はこの事実をよく考える必要があると思います


さて、さらにこんなニュースがありました

『獄死ナワリヌイ氏は「血栓で死亡」 ウクライナ当局、殺害の見方否定』

これによれば、ロシアの反体制活動家のナワリヌイ氏が獄中で亡くなり、ロシア当局に殺害されたとの見方が、西側諸国では一般的であったようですが、戦争当事国のウクライナから『我々が知っているのは彼(ナワリヌイ氏)が血栓で死亡したということだ。自然死だ。これはインターネットからの情報ではない』との発表があったのは少し驚かされます

ポーランドや、自国内でのミサイルの誤射などもロシアの攻撃と言ってはばからないウクライナ当局が、このような発表をするのはどんな思惑なのでしょう

今年のアメリカ大統領選挙において、トランプさんの再選の可能性が高まって来ており、そうなった場合の停戦に向け、ロシアに多少の気遣いをみせているのでしょうか

トランプさん、アメリカ共和党は現在も優位な下院においてウクライナ支援の予算案に反対をしていますし、トランプさん自身、自分が大統領になれば1日にで戦争を終わらせる、と言っています

それはやはり武器供与などの支援を止める、という事でしょうし、また、NATOも脱退するとも言っていますので、ロシアにとって、ウクライナを含む周辺での脅威も大きく減じることになり、戦争を継続する理由もまた減じることになるでしょう

先日、プーチンさんは、アメリカ大統領選挙でトランプさんとバイデンさんのどちらが大統領になれば良いと思っているかを聞かれ、予想がつきやすく御しやすいという理由で『バイデンが好ましい』と答えています

これにより、バイデンではロシアリスクが高まる、と考えるアメリカ国民が増え、トランプさんに追い風となるようにとの考えがあった、などと言われていますが、もしそうだとして、なぜプーチンさんはトランプさんを支援するのでしょう

それは、先のタッカーカールソンさんのインタビューにおいてプーチンさんが言った、

『ずっと同じ勢力が支配しています。大統領を替えることはできても真の支配者達を替えることはできない。私達が対峙しているのは彼らです。』

『対峙している彼ら』

が、プーチンさんとトランプさんにとって、共通の敵なのでしょう

小平次は、プーチンさんやトランプさんが正義の味方だと思っているわけではありません

ただ、『自国を護り抜く』という姿勢は、良くも悪くも評価しています

気候変動を理由に無茶なCO2の排出削減、畜産業を減らしコオロギなどを喰えと推奨する、パンデミックを煽り、危険なワクチンをばら撒き、もはやジェノサイドとも言えるほど、世界で、特に日本では異常事態とも言えるほどの死者を増やし続けています

それらを推し進めているのが

『彼ら』

ですので、これはプーチンさんとトランプさんの共通の敵である前に、人類、特に私たち日本人にとっても、残酷で非道な共通の敵である、と思っています

であれば、今、誰と手を組むべきかは自明のことのように思います

小平次は、できれば米露中とは適度に距離をとりつつ、インドと、経済的にも軍事的にも強力な関係を築くべき、と数十年前から思っているんですが。。。


御免!














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ヤンゴンへ行ってきた

2024-02-19 | 社会・経済
(シュエダゴン・パゴダ)

こんにちは

小野派一刀流免許皆伝小平次です

先日、ある方のお仕事のお付き合いでミャンマーのヤンゴンへ行って参りました

気を遣う方々がご一緒だったので、なかなか観光気分にはなれませんでしたが、ひとまず軍事クーデター後のミャンマーを見てまいりました

みなさん、ミャンマーというとどんなイメージですかね

軍事独裁政権、民族紛争、民主主義の女神、アウンサンスーチーさんの軟禁、イスラム少数民族ロヒンギャに対するジェノサイド、なんか怖く危険なイメージも強いかもしれません

さて、ちょっと旅行中に撮った写真などを織り交ぜながら、簡単にその近現代史を振り返ってみます

戦前はイギリスの植民地だったのですが、東南アジアに進軍した日本軍と協力し、1943年にイギリスを追い出すことに成功しています

この時、日本陸軍、鈴木敬司大佐が、後にミャンマー独立の30人の志士、と言われる若者を選抜し、密かに日本へ送り、中野学校で徹底的に軍事訓練を施したそうです

この中に、アウンサンスーチーさんのお父上、後のアウンサン将軍がいたのですね

このアウンサン将軍の率いた国軍の後継が今の軍事政権でもあり、いわばミャンマー国軍を創設したのは日本陸軍でもあると言えます

イギリス追放後、日本の戦況が悪くなると、アウンサン将軍はイギリスに寝返り、今度は日本を追い出した後、再びイギリスに対し抵抗運動を続け、独立を果たします(その後暗殺される)

このような経緯から、日本人の中にはアウンサン将軍を『裏切者』と非難する人もまれに見かけますが、鈴木敬司大佐が戦後BC級戦犯としてミャンマーで裁かれそうになったさい、アウンサン将軍の徹底した抗議によって釈放されています

また、ミャンマー政府は1981年4月、ミャンマー独立に貢献した鈴木敬司大佐を始め、旧日本軍人7人に、国家最高の栄誉「アウンサン・タゴン(=アウン・サンの旗)勲章」を授与しているそうです(鈴木大佐のの未亡人の節子さんが勲章を受け取った・wiki)

独立後は、結構な混迷を極めていたようです

一応は議会制民主主義の国としての歩みを始めましたが、ミャンマーにはその人口の半数以上を占めるビルマ族の他、多数の少数民族もおり、内乱などが頻発し、不安定な政情が続いたようです

やがて軍事クーデターにより、軍事独裁政権が政権を握りますが、混迷は続き、国内では民主化運動が起こり、それを率いたのがアウンサンスーチーさんでした

(ヤンゴン市街)

(ヤンゴンの夕陽)

ところが、国軍はスーチーさんを軟禁し、その後長らく政界には口を出させないようにしていましたが、民主化運動の激化、少数民族問題などで国際的非難が高まると(日本人ジャーナリストの射殺事件などもあった)、軍事政権はスーチーさんの軟禁を解き、民主化への道を模索し始めました

しかしスーチー政権後も国内の状況はあまり変わらず、経済も上向かず、ロヒンギャの虐殺などではスーチーさんは国際司法裁判所にまで呼ばれていますが、国内問題と一蹴し、むしろロヒンギャの虐殺はイスラム過激派に対する正当な対応とまで言って、それまでの彼女のイメージを大きく変えるようなこととなりました

その後、2021年、またしても軍事クーデターが起こり、スーチーさんは軟禁されてしまいます

世界的にはこの軍事政権を非難する声の方が多いのですが、ちょっと小平次的に感じることを述べてみます

スーチーさんが軟禁されいていたころのミャンマーのイメージは、あまり小平次にとってもいいものではありませんでした

その軟禁が解かれたときは、今後ミャンマーが平和で民主的な国になるのだろうか、とあまり情報も無い中で漠然と思っておりました

ところがですね、世界各地でおこる『ミンシュカ』運動、その後の流れというのは、欧米の、特に投資家たちのまさに植民地政策に他ならない、という風に思うようになると、どうにもスーチーさんのことも???マークがつくようになってしまいました

そして予想通り、スーチーさんの民主化政策を支援し、若者の運動を支援していたのは、あのジョージソロスのオープンソサエティ財団で、スーチーさんもソロスと手を取り合っているのです

さらには、オバマ、ヒラリークリントン、小平次が人類の敵、くらいに思っている人たちと親密な関係を持っていました

そんな中、スーチーさんの権力が強くなると、一帯一路を掲げる習近平さんもスーチーさんに近づき、関係を深めて行きます

こういったことでミャンマーの人々の生活が潤うのであれば、それもありかもしれませんが、過去の国々を見ていますと、どこもミンシュカに失敗し、酷いありさまになっているところが殆どです

ソロス財団は、年間3億円ものお金を拠出し、NGOやプロ市民を雇い、ミンシュカ運動を扇動していたとも言われています

現にミャンマー国軍政権が、クーデター後真っ先にやったことは、ソロス財団の口座の凍結だったのです

さて、こうしてみますと、そのやり方は褒められたものではないかもしれませんが、グローバリストたちと手を組んだスーチーさんよりも、陸軍中野学校の意志を受け継いでいるとも言われるミャンマー国軍の方が、なんとなく小平次には大義があるように見えてしまいます

また、まだロヒンギャの人たちはとなりのバングラディシュの難民キャンプで生活したりしていますが、このロヒンギャの人たちはスーチーさんの失脚を祝ったそうです

先ごろ、韓国のように、ミャンマーでも2年間の兵役義務が課せられることが決まったことで、特に若い世代は軍事政権を支持できない人が多いのは已むをえません

外国人である小平次が口を挟むようなことでもないかもしれません

ただ、軍事独裁政権、ミンシュカの女神の軟禁、戒厳令、物々しい言葉がずっと使われてきた国、ミャンマー、実際に行ってみた感想

ヤンゴン市街。。。

『平和』

なんですよ

人々は穏やかで、車は高級品と言いながら、渋滞するくらいにたくさん走っている(ほとんどが日本車でその大半はトヨタ車)

ショッピングモールにはたくさんの人

戒厳令は一応解除されたそうですが、それでも夜の11時から夜中3時までは外出禁止、だそうですが、その時間帯、ホテルから見下ろした街には、確かに人は少ないものの、談笑しながら歩いている市民がいる、車も走っている

カルカッタやカトマンドゥのようにゴミなども落ちていない、物乞いもいない

クーデターが起きて軍事独裁政権が支配している、ようにはとても思えない

(帰国前日にようやくミャンマーっぽい料理を食べました・客人たちがそういうのを食べ飽きていたのか、ずっと日本食や中華だった)


また、今の軍事政権は、欧米にも中国にも与さず、後ろ盾はロシアというのが現状のようです

ミンシュカ運動を排斥し、後ろ盾をロシアとする、世界的な常識からみれば、いや、西側的な常識からみれば考えられないような話なのかもしれませんが、小平次には、本当に独立国家として歩もうとしているんだな、と感じてしまいます

帰国前日の夜、ようやく解放され、ホテルまで送ってくれたアテンダーの方に『一人で夜の街を歩いて来ます』と言うと、『夜は危ないですから気を付けてくださいね』と注意をされました

しかし、その街並みから受ける印象は、カルカッタ(コルカタ)やマニラ、バンコクなどのリスキーな空気はまるで感じられず、油断は禁物ですが、小平次としては付近の国々よりはるかに安心して歩くことができました



小さな雑貨屋や屋台でウイスキーの小瓶と、見たこともないもち米料理を少しだけ買い、しばらく歩いてホテルへ戻りました

(見たことのないもち米料理・まあ、ぼちぼち美味しかったです)

完全にアメリカの植民地化している日本に比べれば、本当にミャンマー国民は大変だとは思いますが、よほどミャンマーの方が、真の独立国家となろうとしているように思えた旅行でした

まあ、民族問題を解決するのはかなり困難なこととは思いますが。。。

あ、あと、日本の大手ゼネコンがヤンゴン市内のあちこちに、高級リゾートマンションのようなものを建てかけたところでクーデター、軍事政権はその建設をダメだとは言っていないのですが、日本の大手ゼネコンが、人道的な問題を起こしている軍事政権下の国で建設をすることはできない、と、どこのだれに忖度しているのか、莫大な投資をしたあろうはずのビルが、建てかけ、完成寸前状態で止まったままになっているものをいくつか見かけました


御免!

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