さむらい小平次のしっくりこない話

世の中いつも、頭のいい人たちが正反対の事を言い合っている。
どっちが正しいか。自らの感性で感じてみよう!

タクシードライバー日記⑰ どちらまでですか?『カップルの話 2本立て』

2024-06-11 | タクシードライバー日記


こんにちは、小野派一刀流免許皆伝小平次です

小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます

本日は

『逃がした魚は大きかった』
乗車地 新富町
降車地 新栃木?

『げすな男』
乗車地 新橋付近
降車地 墨田区緑付近

のカップルがらみの2本立て

*********************************************************

『逃がした魚は大きかった』

 ある日の深夜、丁度日付が変わったあたりの時間、おれは新大橋通りを水天宮方面へ向けて車を走らせていた。まだ銀座は乗禁時間帯、乗り場に並べば乗せられる確率も高い、それともこのまま水天宮の交差点まで行き、路地に付けて見るか、そんなことを考えていると、新富町の交差点で若いカップル、男の方が手を上げた。

『お待ちどおさまでした』

とドアを開ける、二人はすぐには乗り込んで来ず、男の方が顔だけ車内に入れておれに問いかけて来た。

『あの、ちょっと遠いんですけどいいですか? 栃木県の方なんですけど。。』

 おれの体内に一気にアドレナリンが噴き出す。あまりタクシードライバーの仕組みがわかっていない人は、遠くまで行かせるのは悪いと思っているようだが、全く逆である。この頃、都内のタクシー、一日の平均運収が4万円ちょっとくらい、一日5万平均やれば手取りで30万程度を稼ぐことができる、遠方高額案件、横浜辺りまで行っても、この時間殆ど高速を使い往復で1時間半程度で1万円以上稼ぐことができる、とても効率が良いのだ、それが栃木ともなれば…

『大丈夫ですよ』

 興奮して目がぎらついたりしないよう、努めて冷静に答える。

『新栃木駅のあたりなんですけど、50,000円で足りますか?』

 5万!!

『少しお待ちください、今、ナビで距離を見てみますので』

 おれは今にも震え出しそうな指先で行先を入力した。108キロ…

 40キロで深夜ならば2万前後、そのくらいまでは予測できるが、それ以上は未知の世界だった。だが、以前先輩ドライバーから「100キロで大体4万くらいだ」と聞いていた。おれは答えた

『5万あれば足りると思います、もし、それ以上になりそうでしたらそこでメーター止めて走りますよ』

 客を乗せて回送表示にするのは違反である、だがこれは、何気ないポイントにルアー投げて巻いていたら、いきなりメーターオーバーのランカースズキがヒットしたようなものだ、おれは絶対に逃したくなかったのだ。

 男がドアから離れ、女の方へ振り返り、財布から50,000円出して女に渡している。

『50,000円で足りるって、もうこんな時間だから、本当に気をつけて帰ってね』

『うん、ありがとう。。』

 女が乗り込んでくる、愛し合う二人が名残惜しそうにいているところ、おれは「ドアを閉めてよろしいですか」と確認し走り出した。

『この先、箱崎から高速に乗ります』

 おれのドライバー生活における最大の大物だ。箱崎インターはすぐそこ、高鳴る鼓動、おれは顔がにやけそうになるのを必死に抑えた。と、その時、女が思いもよらぬことを言った。

『あの…、ここから上野駅までってどれくらいの時間で行けますか?』

『えっ!』

『今から行けば、もしかしたら最終電車に間に合うかもしれないんです…』

(えっ! えっ! 何言ってんだこの女。。最終電車って、なにそれ?)

 おれは女の言葉に呆然としながらも、ウソを言うわけにも行かず、

『深夜ですので、秋葉原周辺や、上野駅付近が混んでいると思いますけど。。』

 女に考え直してもらえないかと、いかにも時間がかかりそうな物言いをしたが、結局、

『そうですね、20分くらい見て頂ければ…』

『あ、それなら間に合います、上野駅に向かってください!』

『……か し こ ま り ま し た……』

 上野駅にはすぐについた、料金は2,000円と少し…、4万越えのBig Oneが20分の1になってしまった…。この後は完全に脱力し、仕事にはならなかった。それにしてもあの女、タクシーで帰ったことにして電車賃の残りをポッケに入れてしまったのだろう、だって男は時間も遅くて電車で帰らすのは心配だったから5万も出してタクシーに乗せたのだろうに…。せめて「電車で帰れたよ!」と言って残りのお金を返していることを願うばかりだ。



『げすな男』

 ある日の深夜、おれは虎ノ門方面から新橋駅の方へ向かって流していた。新橋駅のガード付近で若い男女が手を上げる。

『どちらまでですか?』

『新大橋通りから蛎殻町の方へ、そこで一人降ります、その後両国の方に向かってください…』

『かしこまりました』

 行先を告げた男は、どこか覇気のない口調だった。そんな男に女の方が話しかける。

『ねえ、なんかさっきから元気ないけど大丈夫? 具合悪いの?』

『いや、ちょっと飲みすぎちゃったかな…』

『顔色もあんまり良くないよ、あのさ、別に変な意味じゃなく、ウチによって少し休んでいけば? 別に泊ってもいいよ』

『いや、そんなわけにはいかないから…』

『でも、ほんと具合悪そうだよ、私なら気にしないから、ウチによって休んでいきなよ』

(…… 変な意味、私なら気にしないから…、ああ、カップルじゃないんだな…)

 人通りも少なくなり、道路を走っている車はタクシーばかりがやたらと目立つ時間帯、築地4丁目の交差点を過ぎ、ほどなくして蛎殻町付近に差し掛かる。

『次の信号で停めて下さい…』

 男が相変わらず覇気のない声で言う。

『ねえ、やっぱり具合悪そうだよ、心配だから、ウチによって行きなよ』

 女はどうにか自分の家に男を引き入れたいようだ。指示された信号に到着、車を停め、ドアを開ける、左に乗っていた女が降りる、降りてからも女は車内に首を突っ込み男に言う。

『ホント、大丈夫? それじゃ、私帰るからね、気をつけてね…』

 すると男が突然、開けていたドアから滑るようにして外へ出る、外に出た男はいきなり女を抱きしめる、ミラー越しに全ては見えないが、男は抱きしめるや否や女にキスをしたようだ、そして女もそれを受入れているようだ。

『ご、ごめん…、なんか、おれ…、ごめん、ありがとう、今日はこのまま帰るよ…』

『う、うん…、き、気をつけてね』

 男が再び車内に戻る。

『お客様、車を出してもよろしいですか?』

『あ、はい、お願いします』

 男は窓越しに、どこかポーっとしているような女と見つめ合う、おれはゆっくりと車を出し両国方面へ向かった。

(セイシュンだなあ!!)

 新大橋を渡り、左折、両国駅付近で京葉道路に出る。緑3丁目の交差点の少し手前で、男から路地を左に曲がるよう指示がある、指示通りに路地を左折、少し走ったところで車を停める。

 料金の精算を済まし、男が外へ出る、すると停まったところの右手の路地から若い女、いかにも部屋着のような恰好の女が男の方に歩いてくる、男もその女の方に向かう、そして… ハグ&キス。。。♡

(あー、あー、あー!)

『遅かったじゃない!』

『ごめん、ごめん、先輩に付きあってて、少し飲み過ぎちゃって』

 男が覇気の戻った声で女に答える、そして手をつなぎ、路地の中ほどにあるマンションへと入って行った。

(… … おーい、げすだなお前!)

 まあ、おれも若い時分には似たような経験が無かったわけでもない、思わず苦笑いをしながら車を銀座方面へ向け走らせた。


つづく

**************************************************************

>>おれも若い時分には似たような経験が無かったわけでもない…

もちろん今は妻一筋ですw








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タクシードライバー日記 どちらまでですか? 『ホンマモン』

2024-03-12 | タクシードライバー日記


こんにちは、小野派一刀流免許皆伝小平次です

小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます

本日は

『ホンマモン』

乗車地
『門前仲町』

降車地
『上野広小路付近』

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 ある日の昼間、おれは東陽町付近から永代通りを日本橋方向に向かって車を走らせていた。門前仲町の、江戸の風情が残る商店街に差し掛かる、ふと、左手に、見ただけで『その筋』の人たち、とわかる男が数人並んで立っていた。一人の男が車道まで出て来る。

(やべぇ! おれの車停める?)

 明らかなその筋の人たち、緊張が走る。

(頼む、手、上げるな)

 おれの願いもむなしく、車道の男が手を上げた。

(ああああ…)

 おれは車を左に寄せドアを開けた。ドアを開けた先には『甘味処』の店がある、列をなしている男の一人が店に入る、すると、中から長身で細身、ピシっとスーツを着こなしたロマンスグレーのダンディな男が出て来た。列の男たちが一斉に頭を下げている間を通り、そのロマンスグレーが乗り込んできた。

『お、お待ちどお様でした、ドアを閉めてもよろしいですか?』

『ああ、お願いします』

 おれがドアを閉めかけると

『お疲れ様でした!』

 列の男たちが大声で一斉に挨拶をする。

『ど、どちらまでですか?』

『ええっと…、上野広小路の方へ行って欲しいんですがね、ちょうどアブアブの斜向かいのあたりで降りたいんですよ』

 口調はいたって穏やかである。

『かしこまりました』

 ルートを思い浮かべる、この先、門前仲町の交差点を右折、人形町通りに入り、水天宮前を抜け小伝馬町から昭和通り、秋葉原駅前を通り、春日通りを左折、そして上野広小路の交差点を右折、おそらくこれが最短だろう、おれはルートを確認する、ロマンスグレーが答える。

『ええ、ええ、いかようでもいいですよ、おまかせします』

 おれは慎重に、急加速にならない程度に少し急ぎ目に車を出す、走り出すと、すぐにロマンスグレーが口を開いた。

『運転手さん、今の見てましたでしょう? 真昼間から一目でわかるような恰好の男たちが並んで、ほんとにみっともない、やめろって言ってもね、あいつらはそうも行かず、ああやって大げさに見送るんですよ』

『は、はあ…』

『いやね、ウチのオヤジがね、突然甘いものが食いたい、って言いだして、私はね、もっぱら飲む方専門なんで、甘いものなんか食いたくないんですけどね、オヤジが言うもんだから仕方なく付き合ってたんですよ』

 ロマンスグレーは、少し笑いながら楽しそうに言った。物々しい乗車の光景からは想像もつかなかった穏やかな車内になった。『オヤジにつきあっていた組の幹部』、つまり若頭って感じの人か?


 これまで『その筋の人』を乗せたことが無いわけではない、半グレっぽい生意気なチンピラ風情は何度も乗せている、いかにも『親分』のような客を乗せたこともある、だが、あんなにも、まるで任侠映画の『ホンマモン』のように子分を従え乗って来た客は今回が初めてだ。

 ロマンスグレーは饒舌だった。

『運転手さん、私ね、娘がいるんですよ、大学生なんですけどね』

(ヤ〇ザの娘も大学に行くのか…)

『どうもねぇ、うん、どうも彼氏ができたみたいなんですよ』

(彼氏?)

『親としては心配でしてねぇ、いや、娘が彼氏作る自体はいいんですけどね、だってほら、さっき見たでしょう? 私たちの商売はそういう商売なんでねぇ、いつかほら、親に紹介するなんてことになって、彼氏を家に連れてきたら、そりゃびっくりしちゃうでしょう? 明らかに普通の家じゃないですから、もしかしたらそこで交際が終わって、娘が傷ついたりしないか、なんて考えてしまうんですよ』

(ヤ〇ザも人の親なんだ…)

 そうこうする内、秋葉原駅前を超え、春日通りを左折、と、ここでおれは大きなヘマをしてしまったことに気づく。

『お客様、も、申し訳ございません、ちょっとうっかりしてしまい、この時間、上野広小路の交差点は右折ができなかたんです、メーターを止めて、少し回り込んでアブアブの向かいに行きますので…』

 ここまで、とても穏やかだったダンディな若頭だが、こんなミスをゆるしてくれるだろうか…? 不安がよぎる…。

『いやいや、それならば、真っすぐ広小路の交差点を超えたところで停めて下さればいいですよ、わざわざ回り込むなんてしなくていいですよ、なに、歩いてもすぐですから』

『も、申し訳ございません…』

 おれは言われた通り、交差点を超えたところで車を停めた、料金を精算、お釣りはいいですから、とチップまでもらった。

『どうもありがとうございました』

 ダンディなロマンスグレーの若頭は最後までダンディだった。

 おれが小学生の頃、友人に、小さな組だったが、ヤ〇ザの組長の息子、というのがいた。小柄で、少し病弱で、普通に皆とドッジボールや缶蹴りなどをするのが難儀するようなやつだった。だから皆で遊ぼう、というとどうしても仲間外れになり勝ちだった。おれは、そういうやつを見ると、放っておけない性分だったから、他のやつらがそいつを誘わなくても、よく声をかけ一緒に遊んでいた。

 十年くらい経って、ばったり街でそいつと出くわした。相変わらず小柄であったが、病弱そうには見えず、服装はそのまんまヤ〇ザであった。

『小平次君じゃない?』

『あれ?、H? 久しぶり!』

『小平次君、今何してるの?』

『今、大学行ってるよ』

『大学? 小平次君、勉強できたもんなぁ、おれは、まあ、見てのとおりだよ、そうそう、まだこの町にいるなら、おれの家も変わってないから、何か困ったこととかあったらいつでも言って、小平次君には子供の頃世話になったから』

 今思えば、やはり昔のヤ〇ザには義理人情の世界があった。義父がよく言っていたそうだ。

『暴対法なんかでヤ〇ザを街から閉め出しちまったら、だれが街の秩序を守るんだ!』

 確かに、ヤ〇ザが街からいなくなり、秩序のない、義理も人情もへったくれもない、そんな『半グレ』なんて連中が幅を利かせている、外国のマフィアも多いそうだ、却って危険な街が増えている、六本木や渋谷、深夜におれがあまり行かないのは、義理も人情も無い、匙加減もわからない、そんな連中がのさばっているからだ。

 最後にミスはしてしまったが、まだまだこうして『ホンマモン』のヤ〇ザがいるんだと知って、おれは少し安堵したのであった。


***************************************

こういう感じの、その筋の人は何度かお乗せしました。性質の悪いのは、やっぱり若い半グレなどと言われる、中途半端なワルっぽいヤツ、まあ、大きなトラブルはありませんでしたが…



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タクシードライバー日記 どちらまでですか?⑯ 『泣く女』

2024-01-19 | タクシードライバー日記



こんにちは、小野派一刀流免許皆伝小平次です

小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます

本日は

『泣く女』

乗車地
『月島付近』

降車地
『東京駅八重洲口付近』


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 ある日の昼間、おれは主戦場である中央区内をいつも通りに流していた。豊洲辺りで客を降ろした後、また銀座方面に向かおうとすると、すぐに女が手を上げた。

『おまちどおさまでした、どちらまでですか?』

『東京駅の八重洲口の方へ向かってもらえますか』

 女は、歳のころはアラフォー、ビジネススーツをきっちりと着こなした、いかにも仕事ができそうな感じの女だった。

『では、このまま八重洲通りをまっすぐで宜しいですか?』

 ルートを確認し、車を出す、そう遠くはない距離であったが、橋を渡ったあたりから混み気味になり少し時間がかかりそうな気配であった。

 おれはタクシードライバーとして、客から話しかけられれば普通に対応はしていたが、自分から客に話しかけることはあまりなかった。この日も車内は静かであったが、やや道が混んでいたせいもあって、少し時間がかかりそうなことを察したのか、女から話しかけてきた。

『運転手さんは、このお仕事は長いんですか?』

 おれはこの頃すでに立派なオジサンだったが、ジイサンが多いこの業界ではかなり若い方であった。そのせいかこの質問はよくされた。

『いえ、まだ3年程です』

『そうなんですか、前は何をされていたんですか?』

『あ、普通にサラリーマンをしていました』

『どうしてドライバーさんになろうと思われたんですか?』

『えっと…、そうですね、サラリーマンとは言っても、雇われですが一つ会社を任されていたんです、でも、人の上に立つって、私にはすごいストレスで、その上やはり社長は別にいましたので、結局中間管理職のような立場で限界を感じまして、それで辞めたんですけど、どうなるかはわかりませんが、法律系の資格を取ろうと一念発起して、勉強時間を作るのにタクシードライバーは最適だと思ったんです、で、実際いい仕事だと思っています』

 そう言っておれは少し微笑んだ。女が続ける。

『そうなんですねぇ……、中間管理職……、きついですよね……。でも、タクシーも道を覚えたりとか大変じゃないですか? 東京にお住まいなんですか?』

『いえ、私は神奈川県の藤沢です』

『藤沢! いいですね、湘南ですね、海も近いんですか?』

『ええ、歩きでも5、6分で海に出られます』

『いいなぁ、でも、一つ会社を任されていたなら、収入もそれなりでいらしたでしょうに、奥様とかご家族は反対はなさらなかったんですか?』

『あー…、そうですね、むしろ妻がもう辞めろって言ったんです、鑑見て見ろ! 人間の顔してないから!って 』

 おれは笑ってそう答えた。女も少し微笑んでいるようだった。

『そうですか…、それは理解のある奥様で良かったですね、人間の顔してないって…、ほんと、そうなる時あるんでしょうね…、 運転手さん、知ってます? 東京で働くサラリーマンの3割以上の人が、鬱か、鬱予備軍らしいですよ…。』

『へえ! そうなんですか、少し驚きますね』

『運転手さんもそのままお仕事続けられていたら大変だったかもしれませんね…』

 この時、女の口調のトーンが少し下がったような気がした。

『そうですねぇ…、でも、仕事終わって、車で通勤してたんですけど、それこそサザンじゃないですが、江の島が見えて来るとほっとして、家について家族の顔見て、それでだいぶ助けられていたと思います』

『そうなんですか、…、今の私も人間の顔していないのかも…、…、私…、』

 『私』まで言って止まった女の口調は、先程までに比べ、明らかに暗くなっているように聞こえた。

 そして少しの沈黙の後、女が続けた。

『なんか私…、…、私…、』

『なんか私…、…、今の運転手さんの穏やかな口調聞いてたら…、… 、私…、うっ、 うっ…、ううううっ…、うううっ 』

(! えっ!? 泣いてる?)

 おれはバックミラーを見た、女は見えない、仮に見えたとしても顔は見えない、おれは運転中にミラー越しに客と目が合うのが嫌だったから、運転に支障のないくらいにミラーを上げているのだ。それに、女は前のめりに少し屈んでいるようだ。

『うううっ…、うううっ…、…、ご、ごめんなさい、急にこんな、…、うううっ』

『いえ、大丈夫ですよ、お気になさらず』

 普通の会話をしていた、はずだった。あまりにも突然の事だった。

 やがて八重洲口付近に着き車を停める。ミラーを見ると、見えるのは女の頭だけだったが、ハンカチで涙をぬぐっているようだ。

 おれは努めて平静を装い、いつも通りに言った。

『1,340円になります』

『あ、はい、ではこれで』

 女が釣銭台に2,000円を置いた。

『2,000円お預かりします、では660円のお返しと、こちらが領収書です』

 おれは少しだけ振り返り、女の顔をちらりと見た。明らかに泣いた後だとわかった。それでも、目は乗る前と同じ凛とした目に戻っていた。

『ありがとうございました、ドアを開けます』

『お見苦しいところを見せて、すみませんでした、ありがとうございました』

 女はそう言って、再び大都会の人の群れの中に帰って行った。

 おれは何事もなかったようにドアを閉め、表示を空車に戻し車を出す。

(それにしても、つい数十年前まで、一生懸命に頑張って働いていれば、みんなが幸せになれる、幸せになろうと思える、そんな時代があったのに、今、見知らぬ人前で泣くほどに追い込まれて仕事をしなくてはならない人がいる、なんでこんな思いをしなくては生きていけないことになってしまったんだろう…)


おれはそんなことを考えながら、鬱などとは最も縁遠く見える街、銀座へ向けて車を走らせる。


**************************
本当に色々なお客様がいましたが、突然泣き出したのは驚きましたね。酷い時代なんだなあと、泣かれるほどに自分の口調は穏やかになっていたのかとか、考えさせられました


 

『』

 
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タクシードライバー日記 どちらまでですか?⑮ 『前の車を追ってくれ!』

2023-11-22 | タクシードライバー日記


こんにちは、小野派一刀流免許皆伝小平次です

小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます

本日は

『前の車を追ってくれ!』

乗車地
『日本堤付近』

降車地
『錦糸町駅北口付近』

****************

 『待て! こら 止まれ!! 逃げるな!!』

 よく、昔の太陽にほえろだとかの刑事ドラマなどで、刑事が犯人を追っていると、犯人がタクシーに乗り込み逃走、逃げられたか、と思った瞬間、偶然? すぐに後続のタクシーが来て、犯人を追っていた刑事が警察手帳を見せながら

『前の車を追ってくれ!』

などと言うシーンを誰もが一度は見たことがあるだろう。

 本当にそんなことがあるのだろうか。

 ある日の昼間、おれは北千住方向から日光街道を上野方面へ向けて走っていた。浅草方面を少し流そうか、そんなことを考えながら日光街道と明治通りの交差点、大関横丁を左折、日本堤付近から車を浅草方面へ向けた。すぐに、少しイカツめの体格のいい男二人が手を上げた。

 おれは車を寄せドアを開ける、男二人が素早く乗り込んでくる、そして何も聞かない内に急くように言った。

『前の、あのバス、あのバスをつけてください!』

『えっ? あ、は、はい』

 おれはメーターを入れた後、すぐに言われた通りに走り出しバスの後ろについた。バスは『錦糸町駅』行だ。錦糸町までの最短ルートはすぐに頭に浮かんだが、都営の路線バスがどのルートを通るかまではわからない、ただ事ではない男たちの雰囲気からも、『見失うわけには行かない圧』がすごい、おれは少し緊張しながらバスを尾行する。

 警察手帳を見せられたわけでもないので、この二人が刑事なのかどうかはわからない、探偵事務所の所員かもしれない、だが醸し出すそのカタギとはまるで違うオーラが、この二人が間違いなく刑事であることを物語っていた。

『運転手さん、ちょっと近いな、もう少し離れて』

『あ、はい。。』

 言われた通り少し車間を開ける、万に一つも尾行に気づかれてはならないのだ、だが、車間を開ければバスとおれの車の間に他の車も入る、間に入ったのが乗用車ならば良いが、車高の高いトラックなどが入ったらバスが見えなくなる、おれはさらに緊張しながら微妙なアクセルワークで車を進める。

『あっ!運転手さん、バスがバス停に停まる、ゆっくり、ゆっくりハザード焚いて左に寄せて』

『は、はい!』

 おれもすっかり捜査の一員に加わったような緊張感に包まれ指示に従う。男二人は、停まったバス停で、目的の人物が降りたりしないかをじっと目を凝らしていた。

 それにしても、なかなかにこの尾行は難しい、適度に距離を取らなければならないため、信号などのタイミングによってはバスが交差点などを通過する際、バスだけ先に行いってしまい、こちらは信号待ちで置いて行かれる、そんな事態になれば見失う可能性もある、男二人は、運転席と助手席の間から乗り出すように、それでも顔はやや伏せながら、鋭い目つきで前のバスを追っている。

 何とか離されず言問通りに出る、左に曲がり、建設中の東京スカイツリーを横に見ながら浅草通りを左折、時折バス停で停まるのを上手くやり過ごしながら押上付近、四ツ目通りを右折する、このまま真っすぐで錦糸町駅だ。目的の人物は終点の錦糸町駅まで向かうようだ。

 錦糸町駅に着いたら、その後どんな展開になるのだろう、おれは妄想を巡らせながらも、あと少し、自分の役目を果たそうと気を引き締めた。

 いよいよ四ツ目通りと北斎通りの交差点、右折すればもう錦糸町駅だ、バスとおれの車の間に3台ほどの車を入れたまま、北斎通りへの右折レーンに入る、直進信号が赤になり、右折矢印が点灯、右折レーンの車が右折を始める、何台か右折の後、バスも右折、これは…、おれの車まで右折できるか、微妙なタイミングだ、車内に緊張が走る!!

『ああああ!! 行け! 行け!』

 男二人が声を張り上げる。

 だが、無情にもバスとおれの間の2台が右折したところで信号が赤になった、残っていた1台がそのままおれの前で停車、完全に置いて行かれた!!

『ああああ! マズイ!! 運転手さん、急いで、お金精算してドア開けて! 』

 そう言って男の一人が千円札数枚を置いた、おれは慌てて釣銭とレシートを渡し、こんな車道ド真ん中の右折レーンでドアを開けていいものかと一瞬とまどったが、言われた通りドアを開けた。イカツい男二人がすごい勢いで車から飛び出し錦糸町駅の方へ走り去って行った。

 その後、おれはその交差点を普通に右折し、錦糸町駅のロータリーに目を向けたが、男たちの姿は見当たらなかった。

(上手く追えたのだろうか… )

 あの右折できなかった件については、前の車が停まった以上、おれにはどうすることもできなかった、だが、プロドライバーの一人として、刑事たちの役に立てなかったかもしれない、そう思うと、どうにも悔しい思いが込み上げてきた。

 それにしても、

『前の車をつけてくれ!』

本当にこんなことがあるのだ、この仕事はやっぱり面白い。




*******************

いや、ほんと、最後に右折レーンに取り残されたときは、とても残念な気持ちになりました。刑事さんたち、わざわざバスをつけさせたってことは、錦糸町駅で降りた後も尾行するつもりだったのでしょうね。
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タクシードライバー日記 『どちらまでですか?⑭』 免停を阻止せよ!!

2023-10-18 | タクシードライバー日記



こんにちは、小野派一刀流免許皆伝小平次です

小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます

タクシードライバーをやっていますと、常に違反や事故と隣り合わせです

もちろん、無事故無違反、その上稼ぐ、そんな人もいますが、多くは違反で捕まった経験があると思います
特に小平次がやっていた時代、1日50,000円稼ぐ、まあまあ大変で、駐停車禁止の交差点で客待ちするとか、みなギリギリのところでやっていましたから、点数はいつもギリギリ、免停くらって乗務できず、仲間の車の洗車でお金稼ぐみたいな人もいました

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 タクシードライバーが稼ぐためには、ただやみくもに走っていてはだめなのだ。それなりに頭も使う。走るコース、天候や電車の運行状況、大きなイベントの情報、そういったものを考えながら時には交差点付近やデパートの出入り口、病院、ホテルなどで付け待ちをするなど工夫が必要なのだ。

 新宿、六本木、渋谷あたりには平日の深夜でも多くの人がいて狙い目なのだが、おれはそういう繁華街が好きではなかったので、銀座の乗禁時間(22時から1時まで特定の乗り場でしか乗車できない)が終わると、クラブ街に突入したり、五反田の色町の外で待機したりが多かった。

 昼間の時間帯でも、おれはよく銀座三越の新館、本館の間の路地の出口、晴海通りに他の車と並んで付けることが良くあったが、ここは基本的に駐停車禁止だ、時折悪名高い築地警察が取り締まりに来る。

 いつものように三越横に付け、おれの車が路地で先頭になる、路地から出て来た男が後部ドアの前に立つ、おれはドアを開け、『お待ちどおさまでした』とドアを開ける、男が座席に座ったのを確認し、『ドアを閉めてよろしいですか?』とドアを閉める、すると、男がおもむろに上着を脱ぐ、上着の下は。。。、見慣れた警察の交通課の連中が良く着ているアレを着ている。。。

『築地警察です。ここは駐停車禁止、ご存知ですね。』

 やられた。。違反には違いないので逆らえない。


 タクシーの仕事は天職かもしれない、そう思ったこともあった。ある先輩が言った。

『タクシードライバーは孤独との戦いだ』

 そうかもしれない。一日中車に乗り、会話はわずかに客と交わすのと、同じ出番の仲間に電話をして状況を聞いたりするくらいだ。そう、殆ど一人で何も話さず運転をしたり、停車して客待ちしたり、孤独だ。深夜になるとその孤独感は特に強くなる。深夜ラジオを聴いていると、なぜかより孤独感が強くなる、だが、おれはわりとこの孤独が好きだった。一般の仕事のように、絶えず誰かの目を気にすることもない、関わりも持たない、自分のペースで、自分の走りたいように、自由に仕事ができる、素晴らしい仕事だと思っていた。

 だが、その気持ちとは裏腹に、おれには致命的な欠陥があった。集中力が著しく低いのだ。そのことは前から気付いていたし、改善のための努力も少しはしていたが、あまり効果がなかった。集中力の低さは、事故にも直結するし違反にも繋がる、おれは実のところ、4年半のドライバー生活の中で、三度も免停になっているのだ。最後に免停になった時、運転禁止の期間が90日だかになり、講習を受けても二カ月仕事ができない状態、やむなく辞める他なくなったのだ。その日の出来事はまたいずれ日記に書く。

 ある日のこと、おれは慣れた日本橋付近の路地を走っていた。左側、小柄なおばあ様が手を上げる。

『どちらまでですか?』

『東京駅の八重洲口までお願いします』

『かしこまりました』

 おれはドアを閉め、ルートの確認後走り出す。おばあ様を乗せた路地から大通りに出る、ここは複雑な交差点だ、大通りを左右、直進の他、左斜めにもう一本道がある、東京駅には、その左斜めの道を行くのが最短だ、信号が変わり、おれはその道へ進む。

 しかし! 曲がったとたん、電柱の陰にいた警察官二人に呼び止められる、何が起きたのかわからないおれは、ひとまず停車し窓をあける。

『運転手さん、今の路地からのこっちの道への左折は、夜20時から翌朝8時までの時間帯以外は禁止です』

『えっ!』

『どこまでお客さん乗せていくの、え? 東京駅? そうしたらお客さん降ろしたらここに戻ってきて、免許証も、車のナンバーも控えましたから、必ず戻ってね』

 東京の道はこんな場所がよくある、おれはこの辺りは昼間は大通りを中心に走っていおり、夜は普通に左斜めに左折していたものだから、標識など気づかなかったのだ。

 あああ、なんてことだ… これで減点されたら免停だ、今度は30日では済まない、あああ。。

 おれは、虚ろな気分になりながら、おばあ様を八重洲口で降ろし、違反現場に戻った。

 あれこれ考えを巡らせる、今回違反切符切られたら免停だ、しかも期間は90日だったはずだ、講習受けて30日短縮されても無給状態だ、没落から立ち直ってきたと言っても、二カ月無給はさすがにしんどいことだ。

『あの…、今回違反で減点されたら、私、免停なんです、しかも90日、車に乗れなければ家族が路頭に迷います、何とか見逃して頂けませんか…』

 おれはできる限り低姿勢に、かつ、哀れに見えるように演技をしながらそう言った。これまで違反の取り締まりに会って、警察とケンカしたことも何度かある、だが、タクシー会社の看板しょって抵抗すると、会社に連絡をされてしまう、無抵抗のほかないのだ。

 そもそも、何で隠れて取り締まるんだ? あの場所での違反が多いから。何で違反が多いんだ? 他の場所に比べ標識が分かりにくいから。本当に事故を無くしたいのであれば、もっとわかりやすくする、という発想にはならないのか? そう、言いたいことはあるのだが、ここは抑えた。

『見逃す? それは無理、そもそもそんなに免停になっているのはあんたが悪いんでしょ?』

『そうなんですが、でも、家族が、お願いします!』

『ダメダメ、無理、早くここに記入して!』

 おれは暫く懇願を続けたが、警官二人の様子から、これ以上は無理だと判断した。こうなればイチかバチかだ!恥も外聞もない!!

 おれは突然その場にしゃがみ込み、それなりの人通りの中、頭を押さえて下を向き、わなわなと振るえ出して見せた。

『うううう! うううう! もうダメだ、もうダメだ!ダメだ!ダメだ! 終わりだ! 終わりだ! うううう! うううう!』
 
 しゃがんで頭を押さえて下を向いたまま、唸るような奇声を発しながら繰り返した。

『うううう! うううう! もうダメだ、もうダメだ!ダメだ!ダメだ! 終わりだ! 終わりだ! うううう! うううう!』

『こら!何してるの!! 立ちなさい ほら! 立ちなさい!』

 警官がおれの腕を掴み、無理やり立たせようとするのを、振りほどきながらおれは続けた。

『うううう! うううう! もうダメだ、もうダメだ!ダメだ!ダメだ! 終わりだ! 終わりだ! うううう! うううう!』

『コラ!! 立ちなさい!!!』

 そこでおれは、跳ね上がるように立ち上がり、直立不動の姿勢をとり、やや年配の方の警官の顔を見た。できる限り、クスリか何かでラリッたように、ハイテンションに見えるように大きく目を見開き言った。

『アナタのナマエはナンデスカ!!?』

『ああ? あんた何言ってるの!?』

『アナタのナマエはナンデスカ!!?』

『教える必要はない!!』

『アナタのナマエはナンデスカ!!?  うううう! うううう!』

『アナタのナマエはナンデスカ!!?  うううう! うううう!』

 繰り返しているうち、年配の警官が、やや若い方の警官に後ろを向きながら耳打ちをした。

 (来たか!? うまく行ったか!?)

『うううう! うううう!』

 年配の警官が、唸り続けるおれの方を向いて言った。

『もう、行きなさい!』

『えっ!?』

『もういいから行きなさい!!』

(やった!!やったぞ! 哀れな男を演じきったぞ!)

『あ、ああ、ありがとうございます!!』

 大声でそう言って、おれは急いで車に乗り、警官の気が変わらぬうちにその場を走り去った。

 何とか切り抜けた。免停は免れた。

 しかし! その数か月後、おれは深夜に違反をしてまた捕まった。同じ手は二度と通用しなかった。あえなくおれのタクシードライバー生活が終わることになる。そのことはいずれ日記の中で。


******************************
ウソのようなお話ですが実話です。我ながらエンターティナーだな、と思うわけもわけもありません。しかしそれにしても、4年半で3度も免停って、仕事そのものはとても良かったのですが、根本的な所で向いていなかったのかもしれません。記事内でご紹介した悪名高い築地警察はぜひご覧ください。ホントならずいぶんひどい話です。


 
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タクシードライバー日記 どちらまでですか⑬ 『持つとしたら…』

2023-09-19 | タクシードライバー日記


こんにちは、小野派一刀流免許皆伝小平次です

小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます

東京でタクシードライバーをしていますと、芸能人、有名人をお乗せすることがあります

今回は、そんな芸能人さんをお乗せした時のお話

『持つとしたら…』

プライバシーの問題もありますので、あくまでもイニシャルで、乗車地、降車地は非公開で



乗車地『非公開』
降車地『非公開』


*********************************************************

 ある日の深夜、人通りも少ない大通りを流していた。左側には有名大企業の自社ビル、右手は某駅に向かう路地、繁華街ではないが、裏路地には飲み屋もあり、時折大物も釣れる場所だ。有名大手企業のビル横の路地から出て来た男二人、女二人の四人組が手をあげる、その中の一人、見覚えのある顔、と言うより明らかにアレだ、ピン芸人のBだ。

 Bが行先を告げる

『最初に〇〇に行ってもらって、次は△△、その次は…』

 それぞれの自宅経由で最後にBが降りるようだ。Bのネタは妻とよくテレビで見ており、夫婦で大笑いしていた。この頃好きだったネタは、Bが中学だかの社会科教師に扮し、日本の都道府県が描かれたフリップボードを見せ、

『この形の都道府県はどこかわかるか? そう、千葉県だ!』
『そして、千葉県は、持つとしたら、こうだ!』

 と言ってフリップボードをめくり『千葉県』をブーメランのように持つ絵を見せる、という他愛のないネタだったが、Bがそれをやると抜群に面白く、爆笑せざるを得なかった、夫婦そろってBのことは大好きだったのだ。



 乗車中、Bの他の三人が、ある芸人の話を始めた。

『Nさんってさぁ、何であんなに偉そうなんだろうね』
『ほんと、すごい嫌味っぽいし、感じ悪いよね』
『そう、いつも上目線で先輩風吹かせて』

 それをしばらく聞いていたBがぽつりと言った。

『しょうがないじゃん、先輩なんだから』

『ああ、まあそうなんだけど…』

 なるほど、Bって結構いいやつなんだな、と、一緒になって悪口を言わないBにおれは感心してしまった。

 やがて一人降り、二人降り、三人目が降り、車内にはBとおれだけになった。おれは、Bたちを乗せてからずっと考えていたことがあった。こうして三か所経由してBの降車地まで行けば、おそらく5,000円前後になるだろう、いずれにしても高い確率で釣銭が発生するだろう、釣銭と、そして領収書を渡す、その時、おれは…。

 東京でタクシードライバーをしていると、芸能人や、その他有名人を乗せることがよくある。だが、だからと言って『〇〇さんですよね?いつもテレビで見ています』などと言うことをおれはしなかった。言われた方も鬱陶しいだろうし、人気商売だからあまり感じ悪い対応もしづらいだろう、そもそもそんなミーハー的な行動はおれにとっては好ましいことではなかった。だが、このBに対しては、どうしても一言掛けたくなってしまったのだ。

 目的地が近づくにつれ、その言葉を発することを想像し、おれの緊張は高まって行った。

『一万円お預かりします、お釣り、〇〇円のお返しになります、こちら、領収書になります、領収書は…』

『領収書は…』

『領収書は、持つとしたら、こうです!!』

 あああ、言ってみたい! Bの旬のネタ、『持つとしたら、こうだ!』と言ってみたい!!そして、夫婦そろっていつも笑わせてもらっています、くらい付け加えてみたい!

 やがてBの降車地に到着、おれの緊張はさらに高まる。

『ありがとうございました、〇〇〇円になります』

『一万円でいいですか?』

『はい、大丈夫です、では、お釣り、△△円になります、あと、こちら領収書になります、領収書……、、をどうぞ』

『ありがとうございます』

『ドアを開けます、ありがとうございました』

 Bが降りる、そしてドアを閉める……、ああああ、言えなかった、おれは根性無しだ…。何事もなく、情けない結果となった。だが、そんなことを言う柄じゃない自分が、あんなに緊張してそれを言ったところで、イタイ結果になるのは目に見えていた、でも、言ってみたかった…。おれは気をとりなおし、いつものように銀座に向かい車を走らせた。

 今でもこの時のことを思い出すと、なぜ、あの時言えなかったのだろう、とちょっとばかり悔やまれることがある。




*************************************

この他にも、何度か芸能人、有名人をお乗せしました。それぞれ印象深かったですね、美人女優Y・Mさんをお乗せしたときは、結構話しかけて頂いて、とても良い気分になりましたよ。 その後、友人知人に、『おれは、女優のY・Mと、東京の夜景を眺めながらドライブをしたことがある』と、嘯いていますww


 
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タクシードライバー日記 どちらまでですか⑫ 『強制降車』

2023-08-18 | タクシードライバー日記



こんにちは、小野派一刀流免許皆伝小平次です

小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます

本日は

『強制降車』

乗車地『茅場町』
強制降車地『東陽町手前付近』


*****************************************

 ある日の夜、おれは新大橋通りを水天宮方向から築地方面へ向かって車を走らせていた。茅場町の交差点、一人の若いサラリーマンが手を上げる。

『江東区役所まで』

『江東区役所ですね、かしこまりました、ではこの交差点を左折、永代通りを真っすぐでよろしいですか?』

『ああ、それでええよ』

 男は20代から30代前半、関西訛りで片手には缶チューハイを持っていた。酔っぱらった雰囲気から、どこかで飲んで、飲み足らず缶チューハイを買って飲み足している風だった。

 おれは男に告げた通り、交差点を左折、永代通りを東陽町方面へ向かって走る。永代通り手前でふと思う、この時間にこの男が江東区役所に用があるわけがない、男の自宅が江東区役所付近だという事だろう、降りる場所によっては、永代橋を渡って左斜めに葛西橋通りを行った方が近い可能性もある、おれは永代橋に差し掛かってから、念のためにもう一度確認をした。

『お客様、このまま永代通りからでよろしいのですよね』

 すると男がキレた

『アアッ!!??、それでええ言うたやろ!! アン!!? さては自分、そうやって何回も聞く言うことは道がわからへんのやろ!!』

『いえ、すみません、道はわかっておりますので大丈夫です…』

『それやった何度も聞くな! ホンマに東京のタクシーの運ちゃんは感じ悪いわ、愛想もないし、運転は下手やし!大阪やったらタクシー乗ってこんな気分になることないわ!!』

 男はその後もネチネチとおれの運転に『下手くそ!!』と、何度もケチをつけたり、大阪はどうだとか、東京はロクなもんじゃない、そんな罵声をおれに浴びせ続けた。

 ちょっと確認をしようとしただけなのに、なんでここまで言われなくてはならないのだ?タクシードライバーをやっていれば、それなりに理不尽な客はいるし、腹の立つこともある、ただ、コイツの場合、何故か無性に腹が立つ、多分それは関西弁で、東京はどうだとか、大阪はどうだ、とかいちいち比較して悪態ついているのが、おれを苛立たしい気分にさせたのだろう。

 テレビ番組などでも大阪と東京の比較、違い、そんなことを特集している番組がよくあるが、おれと妻は夫婦そろってそういう番組が大嫌いだった。東京下町生まれの妻は、大阪に対抗心なんて持っていないし、そもそもおれは神奈川生まれの神奈川育ちだ、東京にも大阪にも対抗心は無いし、憧れも無い、まあ、あとは若造に言われている、というのもあったかもしれない。

(我慢、我慢、東陽町はもうすぐだ、降ろしてしまえばもう二度と会わない)

 東陽町の交差点まであと少し、というところでおれは再度確認をした。

『東陽町の交差点を左折、江東区役所方面にまいります。』

 すると…。

『アアッ!!?? なんで区役所の方へ行くん!? 江東運転試験場言うたやろが!!!! 区役所の方行ったら反対やんけ!!! おれがもし寝てて勝手に区役所の方へ行ってたらエライことになるやろが!!! ハッ、だから東京の運ちゃんはあかんねん!!』

 はあ? お前、確かに江東区役所って言っただろうが、おれは必ず行先を復唱している、間違えたのはお前の方だろ?

『せっかくいい気分で飲んでたのに、最悪やわ!!』

 ここでおれの堪忍袋の緒が切れた。ハザードを焚き車を左に寄せ、そしてドアを開け後ろに振り返った。

『お前、ここで降りろ! 金いらねーから降りろ!』

『アア!? なんやと!』

『だから金いらねーから降りろって言ってんだよ!金いらねーってことは客じゃねーってことだよ!だから降りろ!』

 男はおれを睨みながら、まだ『大阪やったら!…!』とブツブツ言っている。

『おれは生まれも育ちも神奈川藤沢、東京と大阪の違いもなにも興味ねーんだよ!何より、お前、間違いなく江東区役所って言ったからな!』

 男は何か言いながらようやく車を降りた。歩きながらおれを睨むように何度か振り返っていたが、アイツも江東試験場付近なら歩いてもそう時間はかかるまい、おれは無視して交差点を左折、銀座方面へ引き返した。

 ああああ、やってしまった、おれの脳裏に、今離れて暮らさなくてはならなくなっている娘の顔が浮かぶ、法律系の資格試験に合格し、早くまた一緒に暮らせるようにならなくてはいけないのに、そのために今は少しでも稼がなくてはならないのに、当然ここまでの料金は自腹だ、すまない、娘よ…。

 翌日、おれはこの件を先輩ドライバーに報告をした。先輩は、

『それは一番やっちゃだめなことだよ、プロは走った分の料金は必ず回収する、まあ、気持ちはわからなくもないけど』

 その通りなのだ、これはダメなのだ、これまで、後部座席から防犯用のアクリル板を蹴りまくられ壊されたりとか、もっと酷い目にあったことも数々、どうして今回は我慢がならなかったのだろう、資格試験の勉強、離れて暮らす家族、おれも少し精神的に少し疲れていたのかもしれない

 後にも先に、おれが客を『強制降車』させたのは、この時だけである。


***********************************
今思うと、このお客さんも、おそらく本当は望まぬ形で東京の支店か支社に配属になって、何か理不尽を感じ、悔しいやら寂しいやら、故郷を想いどこか切なく心が疲れていたのかな、と思ったりします。私が大学を出て最初に入った会社は、京都に本社があり、私の同期、後輩で京都から東京に配属になった人たちがいましたが、ある程度年が経つまでは、どこか何かにイライラしていた人も多かったように思います。


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タクシードライバー日記⑪ どちらまでですか? 無銭乗車

2023-07-25 | タクシードライバー日記


こんにちは、小野派一刀流免許皆伝小平次です

小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます

本日は

『無銭乗車』

です 食い逃げ、ならぬ乗り逃げですね

乗車地
『四谷』『大崎』『代々木上原』
降車地
『東京ドームシティ』『綾瀬駅付近』『新大久保付近』

*************************************************

 おれがタクシードライバーをしていたころ、一日の運収が50,000円を超えれば、ひと月の手取りで300,000円程度の稼ぎになる、と前に書いた。55,000円も平均で売り上げていたら、当時のおれのいた営業所では65名くらいのドライバーが所属していたが、ベストファイブくらいには入ったし、全社でも、まあまあ上位にランクされた。

 おれは、以前の仕事を辞め、収入は大幅に下がっていたが、何とか手取り30万、つまりは一日5万を目標に日々東京の街を走っていた。

 ある日の夜、四谷付近で初老のオバサンを乗せた。

『東京ドームまで行って欲しいんです、東京ドームの周りのレストランに忘れ物をして、取りに行って、また同じ場所まで帰って来てもらいたいんです』

『かしこまりました』

 四谷辺りからだと、今走っていた外堀通りを直進、そのまま行けば東京ドームシティだ。ほどなくして到着、オバサンは直ぐに戻ると言って、試合が終わった後なのか、大勢の人込み中へ消えて行った。

 こうして、乗車中の客が、家に着く前にコンビニに寄りたい、などと言って待たされることがある、当然メーターは止めない、タクシードライバーは時間と戦いながら稼いでいるのである、空車でもなく休憩でもない状態で車を停めていることはあり得ないのだ。ところが! 15分程経ってもオバサンは戻ってこない、この間メーターは料金を少しずつ積み上げている、20分、少し不安になる、このまま戻って来なければ、ここまでの料金は、朝の精算時に自腹を切ることになるのだ、おれは仕方なくメーターを止めた。

 30分待っても帰ってこない、マジか! おれは同期の八重樫に電話を入れる。

『ああ、それはやられちゃったんじゃない、乗り逃げ…』

 マジか。。。。、悔しい…、だがこれからの稼ぎ時の時間帯、淡い期待をして待ち続けるわけにも行かない、結果45分ほど待った後、おれはそのまま秋葉原方面へ向け走り出した。

 翌朝、先輩にその話をした。

『そういう時は、必ず何か荷物でも置いて行ってもらわなきゃだめだよ』

 なるほど、残念だが授業料だ。

 ある日の深夜、『大崎グルグル』をやっていた時に、一人の若い女が手を上げた。『大崎グルグル』とは、別の機会にまた話すが、環状線である山手線の終電が『大崎行き』なのだ。この終電には、酔っぱらって寝過ごして、もはやタクシー以外では帰る術のない客がふらふらと出て来る、それを狙って山手通りから裏の目黒川沿いをぐるぐると回るのだ、一発大物も何度が釣っている。

『綾瀬駅の方まで』

 高速を使わず東京の北の外れ、足立区の綾瀬、まあまあのヒットだ。おれはメーターを入れ走り出す。

 女は、どこか物憂げな雰囲気を持っていたが、それとは裏腹に饒舌だった。饒舌とは言ってもハキハキと喋るのではなく、少し倦怠感のあるような話し方だった。沖縄の出身だとか、タクシードライバーは短命な人が多いとか、どうでもいいような話を続けていた。

 綾瀬駅付近に来ると女が言った。

『あそこのセブンイレブンで買い物をしたいので待っていてもらえます?』

 おれは女に言われた通り、セブンイレブンの駐車場に車を停めた。女が降りる前に、何か車内に置いて行って欲しいことを告げようとしたら、女の方から言った。

『何か置いて行かないといけないですよね、ちょっと待ってくださいね』

 女はカバンから財布を取り出し、更に財布から健康保険証と、何かの顔写真入りの『資格証』のようなものを出して、運転席と助手席の間に置いてある『料金受け』の上に置いた。

 これほど確実な『人質』もないだろう、おれは安心してドアを開け、女が店内に入るまで見届けた。

 健康保険証、あまりにも確実で価値の高い『人質』に、おれはどこか油断をしてしまった。店の出入り口の監視を怠ってしまったのだ。コンビニで買い物するには、不自然に長い時間が流れた。メーターは待っている間に10,000円を超えた。

『え?』

 あの女、どこへ行った? おれはメーターとエンジンを止め、店の中に入った。女はいない。トイレか?トイレを見に行ったが中は空だった。

『ウソだろ?』

 保険証置いて行ってるのに、乗り逃げ? そんなバカな。。。。

 だが女はいない、ひょっとして、保険証を置いてきたことも忘れて、うっかりいつの間にか帰ってしまった? だったら戻って来る? いやいや、そんなに酔っぱらってるようにも見えなかった。だが女は戻って来なかった。乗り逃げされたかも。。。しかしこちらには女の身分証明がある、おれは綾瀬警察署へ急いだ。夜勤の警察官に保険証などを見せ事情を話した。しかし、警察官の返事は…

『運転手さん、その女性が買い物のために降りることを許可しちゃったんですよね、そうだとすると、女性と運転手さんの間に、降りることについて合意が成立していて、これは民事の扱いになるので、警察は介入できません』

は、は、はあああああああああああ!!!!!!!????????

『いやいや、無銭飲食だったら捕まえますよね? 乗った料金払わず逃げちゃったんですから、民事じゃなくて、窃盗ですよね? 詐欺? 違うんですか?』

『民事になりますね』

 なんてことだ、しかしいくら言ってもだめだった、悔しいがおれは警察署を出た。その後、健康保険証から何かわからないか、色々調べたが、わかったのはその保険証は使い物にならなくなったもので、健保だのでも、女の所在などわからないということくらいだった。使えなくなった保険証で安心させて。。。、見事にやられた。

 稼ぎ時の時間、時間だけを取られ、金はもらえず、挙句自腹を切る、酷い話である。一日50,000円の売り上げを目標に必死に走っている、本当に無銭乗車は許せない。

 最後は、無銭乗車ではないが、非常識はどっちだ! と言う話をする。

 ある晩、おれは井の頭通りを表参道方向に向かって走っていた。代々木上原駅付近で、少しふらふらしている若い男が手を上げた。

『し、し、新大久保駅の方へ、おねがいぃ、しまっす!』

 かなり酔っているようだ。おれは井の頭通りから山手通りに入り、大久保通りを新大久保方面へ右折、ほどなくして駅前付近に着いた。後ろを振り返ると、男がだらしなく眠りこけていた。

『お客様、お客様、新大久保駅の近くまで来ましたよ、お客様、お客様!』

 だめだ、起きない、幸せそうに眠っている、その後もしぶとく声を掛けたが全く起きる気配がない。こういう時、身体を揺すって起こす、特に女の客の時はそうだが、これはご法度だ。物が無くなったとか、身体を触られたとか、トラブルになりかねないからだ。

 だから本当に困るのだ。稼ぎ時の時間、全く無駄な時間を取られてしまう、ドライバーにとっては死活問題なのだ。

 では、どうしても起きない時はどうするか、身体に触れ、揺すっても大丈夫な人に起こしてもらう、おれは近くの交番へ行き、警察官に事情を話す、警察官が後部座席のドアから男の肩を揺すり、声を掛けてくれる。

『ちょっと、お兄さん、起きて下さい! おにーさーん、起きて下さい!』

 ようやく男が目を覚ます。

『う、う、う~ん、ん!? えっ! なんで警察? えっ?えっ?』

『申し訳ございません、何度もお声がけをしたのですが、お目覚めにならなかったもので、こういった場合、お客様のお身体に触れることができませんので、警察の方に起こして頂くよう指導を受けておりまして…』

『な、なんだよそれ! 犯罪者扱いですか! 失礼じゃないですか!』

 とりあえずそこから、男の住まい、ちょっとこ洒落たアパートに到着、料金を払う段になって男が言う。

『ちょっと持ち合わせが足りないので、そこのアパートが自宅だから、今お金持って来るんで待っててもらえます?』

『申し訳ありません、それでしたら何か荷物を置いて行ってもらえますか?』

『は? また犯罪者扱いですか?』

 男は憮然として降りて行った。荷物は一応おいてあったが、以前の健康保険証のようなこともある、特にこういう集合住宅だとどこの部屋に住んでいるかわからない、おれは車を降り、男の後を追った。男がアパートの裏側にある一階の部屋に入るのを見届け、車に戻ろうとしたところ、すぐに男が出て来た。

『ちょっと! なに家の前まで来てるんですか! 非常識にもほどがありますよ!!』

『申し訳ございません』

 おれは一言だけ返して男と車に戻り、料金の精算を済ませた。男は相当気分を害したようだ。

 非常識? どっちが? 金もないのにタクシー乗ったのはだれだ?

 ラーメン屋に行って、お金は今ないけど、後で持って来るから食わせて、と言って通じるのか? 後で払うから、と言って新幹線に乗れるのか?

 確かにタクシーは高額な乗り物だから、こういうこともある、だが、乗る側のマナーとして、少なくとも何か荷物を置いて行く、家がどこかくらいは教えてほしい、保険証女のときのように10,000円を取はぐねる、一日50,000円の運収の時代に、10,000円稼ぐのがどれだけ大変なことなのか、それをわかってから『非常識』だの言って欲しい。

 その後、おれが無銭乗車の被害にあったのは一度だけだった。その時は金が無い、という客の家まで行ったが、それでも『無いものは払えない、必ず後日払う、今払わなければいけない、という法律も無い』などと言って支払いを拒まれたが、住所、電話番号を控え、払ってもらえなければ警察に連絡する、と言って数日後に回収した。 

 普通の勤め人と違い、タクシードライバーは自分の腕だけで稼いでいる、無銭乗車はとてもダメージが大きいのだ。


**************************************
本当に乗り逃げは、お金はもちろん、精神的にもかなり堪えます。確かにマナーのなってないドライバーも多かったですが、乗る側のマナーもあるだろう、そう思ってやっていました。それにしても、保険証女、沖縄出身とか言っていたのですが、仲間の沖縄出身の人に保険証や資格証を見せたら、沖縄の県人仲間を通じ色々調べてくれました。でも、結局見つかりませんでした。綾瀬警察でももっとごねればよかったですよ
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タクシードライバー日記⑩ どちらまでですか 『スーパーアイドル』

2023-06-26 | タクシードライバー日記


こんにちは、小野派一刀流免許皆伝小平次です

小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます

本日は「スーパーアイドル」です

乗車地 国立競技場前
降車地 西八王子駅前


************************

 『万シュー』

 よく競馬や競艇、競輪などのレースギャンブルで耳にする言葉だ。
 
 そう、万馬券、配当が100倍を超えるときに使われることが多い、タクシーでは、1回で10,000円以上の客を乗せた時に使う。

『万シュー獲ったどー!!』

 ちなみにおれの競馬での最高配当は、3,100倍、100円が31万円になる超ド級の万シューを獲ったことがある、が、今回の話とはあまり関係は無い。

 ある日、午後10時近く、そろそろ割増時間帯、稼ぎ時になろうかという時間、おれは青山付近にいた。銀座へ戻り、乗禁時間帯(※本文以下の藍字部分参照)、いつもの乗り場に並ぼうと考え、神宮付近を流しながら頭を銀座方面へ向け、車を走らせていた。

 神宮外苑、国立競技場付近に差し掛かると、目の前に異様な光景が広がった。

 人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人!!

 溢れんばかりの大勢の人が国立競技場前にごった返している、カオスな光景だ。老若男女、いや、違う、

女、女、女、女、女、女、女、女、女、女、女、女、女、女、女、女、女、女!!!!



 全て女だ、子どもからお年寄りまで、年齢は様々だが全て女だ!怒涛のような女の群れ、その女たちの声、ざわめきが、神宮の夜空に響いている、一体何事が起きているのだろう。

 女の群れは縦横無尽、地下鉄方向を目指そうと言う人の群れ、逆方向に向かおうとする群れ、秩序もなく、悲鳴に近いような叫び声も聞こえる、おれは、危険を感じ、どうにかこの群れを脱しよう、そしてあわよくばこの群れの中の客を乗せよう、ゆっくりと、女の群れを交わしながら車を走らせる、そこへ突然、群れの中から若い女が飛び出して来て、おれの車の助手席側のまどを叩き叫び始めた。

『ドアを! ドアを開けて下さい!』

 まるで戦場で助けを求めるような勢いだ。おれは反射的に後部座席を開ける、女の仲間の3人が崩れるように乗り込んでくる、窓を叩いていた女は、前のドアを開け、助手席になだれ込んて来た。無秩序な女の群れを、かろうじて誘導していた警備員が大声でおれに向かって叫ぶ。

『ここで! ここで客を乗せないで下さい!』

 だがもう後の祭りである、おれはどうにか群れを回避し、外苑下の道路まで下り車を停める。

『西八王子駅までいいですか?』

 西八王子、万シュー確定である。とんだ拾いものだ。

 おれは喜びを抑えながら、努めて冷静に、

『かしこまりました、西八王子は営業区域外のため、あまり詳しくありませんので、ナビを入れさせて頂きます』

 と言ってメーターを入れ、車を出す。

 外苑から高速、その後は中央フリーウェイ、

(み~ぎにみーえる、けーばじょーぅ♬、ひーだりぃは、びーるこーうじょー♬)

 ご機嫌になったおれは心の中でくちずさむ。

『あんな状態で、とても地下鉄の駅までなんか歩けないよねー』

 女たちの会話を何気なく聞いている。

『それにしてもあそこでニノがさぁ…』

『そーそー、意外にすね毛が濃かったよね…』

『マツジュンとショウクンがあのとき…』

『オオノくんとアイバくんのさぁ…』

(ニノ、マツジュン、ショウクン、オオノクン、アイバクン…)

(嵐か!)

(あの、子供から婆さんまで、年齢も関係ない、まるで狂気に満ちた無秩序な女の群れを作った原因は、嵐か!!)

 さすが国民的スーパーアイドルである。おれは以前はテレビなどほとんど見なかったが、今の妻と結婚してから、ドラマやらバラエティなど、よく見るようになっていた。今、世間を色々と騒がせているが、嵐に限らず、ジャニーズのアイドルは良く鍛えられていると思っていたし、好感も持っていた。

 突然の万シューの贈り物、スーパーアイドルに感謝である、翌年からも嵐の国立競技場ライブの日程は確認し、必ず行くようにしていたが、万シューはこの時一度だけだった。タクシードライバーは、大きなイベント、歌舞伎やライブ、そういう情報収集もとても大切なのだ。


****************************
今の感想と解説

『銀座の乗禁時間』

銀座など、上客が多く、タクシーの競争が激しい場所は、ルールを決めておかないと大渋滞を引き起こし、さらには事故などの危険もあるため、例えば銀座では午後10時から午前1時までの時間帯、複数の決められた乗り場でしかお客さんを乗せることができないのです。『乗禁地域』も決まっていて、それを破り、客を乗せたりして、巡回しているタクシーセンターの監視員などに見つかると、大変なことになります。銀座の他、羽田空港なども決められたルールで乗せなくてはいけません。




 

 
 
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タクシードライバー日記 どちらまでですか⑨ 『おとうさんったらね!』

2023-05-30 | タクシードライバー日記


こんにちは、小野派一刀流免許皆伝小平次です

小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます

本日は「おとうさんったらね!」です

乗車地 目黒区碑文谷付近
降車地 川崎労災病院

********************

 タクシーは、やみくもにただ走ってもそう客を乗せられるものではない、時折タイミングを見て、駅や、病院、ホテルなどの乗り場などに並んでみたり、客の出てきそうな交差点付近で待ってみたり、そういうことも大事なのである。だが、場合によっては自分の順番までやたら時間のかかることもあり、少しギャンブル的なこともあるので、うまくタイミングをみないといけない。

 ある日の事、目黒駅の乗り場が比較的空いていたので、ちょっと並んでみた。目黒駅の乗り場の順番待ちは少し変わっている。普通の駅などの乗り場のように、列を作って並ぶのではない。駅前のロータリーに碁盤のマス目のような停車場があるのだ。

 マス目?
 
 マス目にどうやって並ぶのか、最後に入った車がハザードを焚き、自分が最後尾であることを示す、その次の車は、ハザードを焚いている車の次が自分の順番であること覚えておき、今度は自分がハザードを焚く、そうして順繰りに、道路を挟んだ駅前の乗り場に客が来たらマス目から出て行くのである。

『碑文谷まで』

『かしこまりました、ではこのまま目黒通りを下ります』

 昼間の時間、しかも目黒駅の乗り場からそう高額案件は出ない、待った時間と釣り合いが取れればまあ良しである。おれは客に告げた通り、目黒通りに入り、そのまま南下していく、碑文谷付近、目黒通り沿いの某大手スーパーの前で客は降りた。
 さて、この夕刻前のこの時間帯、何処を目指して走るか、基本的には得意エリアに戻りながら客を拾えるのが一番だ、このまま環七へ出て、左折、中原街道を北上しよう、そんなことを考えながら走り始めると、直ぐに道路脇の女二人が手を上げた。
 一人は、初老の、ちょっと上品そうなオバサマ、もう一人は、その付き添いのような若い女、車を停め、ドアを開ける。

『お待ちどおさまでした』

 若い方の女がオバサマを促すように車内に乗せ、自分は乗らずに行先を告げる。

『この方を川崎の労災病院までお願いします』

 川崎!

 越境案件だ、だが川崎はここからだとそう遠くはない、それでも5,000円は出るだろう。

『かしこまりました』

 若い女に告げ、ドアを閉め、営業区域外のため、ナビを入れる、やはりそれほど遠くはない、まずは中原街道に入り、多摩川を超えたらそのまま綱島街道、この時間にしたらスマッシュヒットだ、おれはメーターを入れ走り出す。

 オバサマはやけに明るく、そして饒舌だった。

『川崎の病院にね、ウチのおとうさ…、あ、主人が入院してるんですよ、おとうさ…、いや、主人ったらね、入院してるんだから大人しくしていればいいのに、あれ持って来い、これ持って来い、って、ほんとうるさくて』

「ほんと、うるさくて」

 と言いながら、オバサマはどこか嬉しそうだ、入院していながらも、旦那が元気なことが嬉しいのかもしれない。

『ウチのおとうさ…、あ、主人が…』

 何度か「おとうさん」と言いそうなところ、「主人」と言いなおしていたが、話をする内、

『ウチのおとうさんったらね!』

 訂正することもなくなった。

『ウチのおとうさんったらね! 家族でレストランに行ったときにね、ステーキ頼んで…』

『ステーキだと店員さんがほらっ…』

『焼き方はいかがしますか?って聞かれるでしょ? そしたらおとうさん…』

『一生懸命焼いて下さいって言ったのよ! もう娘も私も恥ずかしくて』

 そう言いながらオバサマは笑っている、本当に「おとうさん」が大好きなのだろう、おれの心まで何だか和らいで行くようだ。

 その後も「おとうさん」の話が続く中多摩川を渡る、もう目的地までほど近い、そして川崎労災病院まであと2キロ、というあたりまで来ると、それまでずっと話し続けていたオバサマが急に押し黙った。さすがに話し疲れたのだろう、おれは気にせずナビに従い綱島街道を下る、あと1キロ、オバサマが再び口を開く。

『あの、運転手さん…?

あれっ…?、ウチのおとうさん……、?

あれっ…?、ウチのおとうさん……、あの、運転手さん…、ウチのおとうさんって……、

亡くなったんでしたっけ?』

『えっ!?』

 おれは思わず後部座席の方へ少し振り返る。

『ねえ、運転手さん…、ウチのおとうさん…、亡くなったんでしたっけ?』

『いや、あの…』

 車内が静まり返る、やがて労災病院の車寄せに到着、料金は予想通り5,000円を少し超えている、オバサマはどこかうつろな様子で財布を取り出し、料金を支払うと先ほどまでとは打って変わって、静かに車を降り、病院の中へ入って行った。

 営業区域外であるため、おれは表示を『回送』にして、綱島街道に出て、都内に向けて北上する。

 それにしても、あんなに明るく「おとうさん」の話をしていたのに…、認知症? 何にせよおれは何だか胸が締め付けられるようであった。

『切ないな…』

 おれは、今、離れて暮らさなければならなくなっている妻と娘のことを思い出す、やはり切ないな…。

 夕陽を後ろに多摩川を渡る、表示を『空車』に戻す。とにかく、銀座へ戻ろう。できれば客を乗せながら。


******************
この話は実話ですが、実は出の車内での話の内容はあまり覚えていないので、少し創作しています。ただ、ずっと『おとうさんったらね』と仰っていたことは良く覚えています





コメント (13)
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