こんにちは、小野派一刀流免許皆伝小平次です
小平次は、今の生業に就く直前、タクシードライバーを4年半ほどやっていたんです
その時のことを、インド放浪記風、日記調、私小説っぽい感じで記事にしていきます
本日は
『ホンマモン』
乗車地
『門前仲町』
降車地
『上野広小路付近』
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ある日の昼間、おれは東陽町付近から永代通りを日本橋方向に向かって車を走らせていた。門前仲町の、江戸の風情が残る商店街に差し掛かる、ふと、左手に、見ただけで『その筋』の人たち、とわかる男が数人並んで立っていた。一人の男が車道まで出て来る。
(やべぇ! おれの車停める?)
明らかなその筋の人たち、緊張が走る。
(頼む、手、上げるな)
おれの願いもむなしく、車道の男が手を上げた。
(ああああ…)
おれは車を左に寄せドアを開けた。ドアを開けた先には『甘味処』の店がある、列をなしている男の一人が店に入る、すると、中から長身で細身、ピシっとスーツを着こなしたロマンスグレーのダンディな男が出て来た。列の男たちが一斉に頭を下げている間を通り、そのロマンスグレーが乗り込んできた。
『お、お待ちどお様でした、ドアを閉めてもよろしいですか?』
『ああ、お願いします』
おれがドアを閉めかけると
『お疲れ様でした!』
列の男たちが大声で一斉に挨拶をする。
『ど、どちらまでですか?』
『ええっと…、上野広小路の方へ行って欲しいんですがね、ちょうどアブアブの斜向かいのあたりで降りたいんですよ』
口調はいたって穏やかである。
『かしこまりました』
ルートを思い浮かべる、この先、門前仲町の交差点を右折、人形町通りに入り、水天宮前を抜け小伝馬町から昭和通り、秋葉原駅前を通り、春日通りを左折、そして上野広小路の交差点を右折、おそらくこれが最短だろう、おれはルートを確認する、ロマンスグレーが答える。
『ええ、ええ、いかようでもいいですよ、おまかせします』
おれは慎重に、急加速にならない程度に少し急ぎ目に車を出す、走り出すと、すぐにロマンスグレーが口を開いた。
『運転手さん、今の見てましたでしょう? 真昼間から一目でわかるような恰好の男たちが並んで、ほんとにみっともない、やめろって言ってもね、あいつらはそうも行かず、ああやって大げさに見送るんですよ』
『は、はあ…』
『いやね、ウチのオヤジがね、突然甘いものが食いたい、って言いだして、私はね、もっぱら飲む方専門なんで、甘いものなんか食いたくないんですけどね、オヤジが言うもんだから仕方なく付き合ってたんですよ』
ロマンスグレーは、少し笑いながら楽しそうに言った。物々しい乗車の光景からは想像もつかなかった穏やかな車内になった。『オヤジにつきあっていた組の幹部』、つまり若頭って感じの人か?
これまで『その筋の人』を乗せたことが無いわけではない、半グレっぽい生意気なチンピラ風情は何度も乗せている、いかにも『親分』のような客を乗せたこともある、だが、あんなにも、まるで任侠映画の『ホンマモン』のように子分を従え乗って来た客は今回が初めてだ。
ロマンスグレーは饒舌だった。
『運転手さん、私ね、娘がいるんですよ、大学生なんですけどね』
(ヤ〇ザの娘も大学に行くのか…)
『どうもねぇ、うん、どうも彼氏ができたみたいなんですよ』
(彼氏?)
『親としては心配でしてねぇ、いや、娘が彼氏作る自体はいいんですけどね、だってほら、さっき見たでしょう? 私たちの商売はそういう商売なんでねぇ、いつかほら、親に紹介するなんてことになって、彼氏を家に連れてきたら、そりゃびっくりしちゃうでしょう? 明らかに普通の家じゃないですから、もしかしたらそこで交際が終わって、娘が傷ついたりしないか、なんて考えてしまうんですよ』
(ヤ〇ザも人の親なんだ…)
そうこうする内、秋葉原駅前を超え、春日通りを左折、と、ここでおれは大きなヘマをしてしまったことに気づく。
『お客様、も、申し訳ございません、ちょっとうっかりしてしまい、この時間、上野広小路の交差点は右折ができなかたんです、メーターを止めて、少し回り込んでアブアブの向かいに行きますので…』
ここまで、とても穏やかだったダンディな若頭だが、こんなミスをゆるしてくれるだろうか…? 不安がよぎる…。
『いやいや、それならば、真っすぐ広小路の交差点を超えたところで停めて下さればいいですよ、わざわざ回り込むなんてしなくていいですよ、なに、歩いてもすぐですから』
『も、申し訳ございません…』
おれは言われた通り、交差点を超えたところで車を停めた、料金を精算、お釣りはいいですから、とチップまでもらった。
『どうもありがとうございました』
ダンディなロマンスグレーの若頭は最後までダンディだった。
おれが小学生の頃、友人に、小さな組だったが、ヤ〇ザの組長の息子、というのがいた。小柄で、少し病弱で、普通に皆とドッジボールや缶蹴りなどをするのが難儀するようなやつだった。だから皆で遊ぼう、というとどうしても仲間外れになり勝ちだった。おれは、そういうやつを見ると、放っておけない性分だったから、他のやつらがそいつを誘わなくても、よく声をかけ一緒に遊んでいた。
十年くらい経って、ばったり街でそいつと出くわした。相変わらず小柄であったが、病弱そうには見えず、服装はそのまんまヤ〇ザであった。
『小平次君じゃない?』
『あれ?、H? 久しぶり!』
『小平次君、今何してるの?』
『今、大学行ってるよ』
『大学? 小平次君、勉強できたもんなぁ、おれは、まあ、見てのとおりだよ、そうそう、まだこの町にいるなら、おれの家も変わってないから、何か困ったこととかあったらいつでも言って、小平次君には子供の頃世話になったから』
今思えば、やはり昔のヤ〇ザには義理人情の世界があった。義父がよく言っていたそうだ。
『暴対法なんかでヤ〇ザを街から閉め出しちまったら、だれが街の秩序を守るんだ!』
確かに、ヤ〇ザが街からいなくなり、秩序のない、義理も人情もへったくれもない、そんな『半グレ』なんて連中が幅を利かせている、外国のマフィアも多いそうだ、却って危険な街が増えている、六本木や渋谷、深夜におれがあまり行かないのは、義理も人情も無い、匙加減もわからない、そんな連中がのさばっているからだ。
最後にミスはしてしまったが、まだまだこうして『ホンマモン』のヤ〇ザがいるんだと知って、おれは少し安堵したのであった。
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こういう感じの、その筋の人は何度かお乗せしました。性質の悪いのは、やっぱり若い半グレなどと言われる、中途半端なワルっぽいヤツ、まあ、大きなトラブルはありませんでしたが…