ニール・パート 他界
合掌。
ニール・パートの他界について、
ラッシュの一ファンとして、
どこかで少し書いてみたいと思っていました。
私の学生時代に、
一度だけラッシュは来日しており、
武道館公演に参加する事ができたのは幸いでした。
このブログでも、
ところどころで、
話材のお供としてラッシュのアルバムを出したりしていましたが、
特にEL&Pとの関連性も見あたらないので、
私的な日記のみで、感謝の思いを綴ろうと思っていました。
出社して、
amassを見ていると、
様々なミュージシャンの追悼文も、
後を絶たないようですが、
カール・パーマーの追悼文も、
紹介された事で、
EL&P図書室2号において、
取り上げるきっかけが生まれました。
カールは、キースやグレッグの他界の時も、
そうでしたが、
言葉が少ない中で的確な追悼の言葉を述べる人だと、
認識しています。
「生前のニール・パートと一度だけ会った事がある。」
という事と、
「常にラッシュのファンであった。」
という事を述べていました。
カールは、
ラッシュは、お国は異なれど、
自分たちと同じ、
比類無きスリー・ピースバンドである事で、
注視していたというのもあるでしょう。
EL&Pとラッシュは、
同じスリー・ピースバンドでも、
メンバー同士の在り方は、
全く違っているようですし、
スタジオ録音のアルバムを、
数年前まで出し続けていたという、
バンドのヒストリーも、
全く異なっています。
バンドの継続的な成功というのは、
様々な要因が折り重なって、
現出しているのだと思いますが、
その意味では、
ラッシュは、スリー・ピースバンドとしては、
最も、継続的に、
成功を重ねる事ができたバンドだったのかも知れません。
ちなみに、
10年ぐらい前のラッシュの米国での公演で、
公演前に、
影響を受けたミュージシャンの楽曲を、
会場内で流しているというのを、
実際に見に行かれた方のブログで読んだ事があります。
その中には、キング・クリムゾンとイエスは入っていたのですが、
EL&Pは見あたりませんでした。
EL&Pはキーボードメインのバンドですし、
ラッシュとの接点のようなものは無くて当然とも思っていたのですが、
カールが追悼してくれたので、
このブログでも追悼する事ができました。
ニール・パートのご冥福をお祈りいたします。
以上。
EL&Pを愛し続けてまいりましょう。