うらやましい。
『捨てる技術』的な発想か?
捨てないと、新しいことははいってこないし、
捨てて絞ると、QOLが上がると思う。
うらやましい。
『捨てる技術』的な発想か?
捨てないと、新しいことははいってこないし、
捨てて絞ると、QOLが上がると思う。
まず、雑誌の見た目がオシャレ。
読めば読むほど、自然の中で
暮らしたくなる・・・。
田中さんと浅田さんの対談が、
味わい深い・・・。
夕方、2500円&ダントツの小4倍。
やめられない・・・。
○○分間、相手の話を聞いてからスタート。
一点だけ感想を述べるとすれば、
『自由』な社会になっているし、
自由な発想が許容される社会だということ。
そして、他者とかかわらないで、
生きることも出来ると思えるほど自由な社会であるし、
自分勝手に生きることが可能だと思っているヒトが
、たぶん、かなりの人数いるのではないか?ということが理解出来た・・・。
では、なぜ、『自由』な社会になっているのか?と考えると、
自由な社会を目指してきた総合的な結果ではないか?
自由すぎて、自由の使い方が分からなくなっているのではないか?
やりたいことは、やってみよう、というブログをみた。
わたしも、昨日、若者に『やってみろよ』といった・・・。
やってみたら、やる前に思っていたことと異なる結果に
なるので、やってみなければ分からないと思う・・・。
意外に、『世の中どうなるか分からない』という現実を
受け入れて人生を過ごすのは、タイヘンで、
楽して予定調和に生きようとするが、
ニッチなニッチなニッチな小さな世界で、
未来がないけれども、未来がないなりに
楽しい場合もあるし、そんな未来のない世界が、いとおしいと
思える時もあると、無理やり言っておこう・・・。
表題の件について。
細野さんの日曜にきいたCDをかけろ、と
いわれたが、
中学時代にカップヌードルのCMで知って買ったと思う
『遊佐未森さん』のCDをかける。しかし、わたしも含めて
すぐに寝てしまう子どもたち・・・。
今朝、どうだった?と聞いてみると、長男が『よくわからん・・・』と、
わたしの中学時代の思い出を踏みにじるような発言・・・。
挙句、ポケモンをかけてくれというので、『それは寝れなくなる』と
伝えておいた・・・。
しかし、年とって、自分が中学生のときに聞いていた音楽を
まさか、自分の子どもと聞くことになるとは・・・。
本当に、人生は、どうなるか分からない・・・。
日曜の夜から音楽鑑賞を
子どもたちと。
なぜか、日曜の夜は、細野さんの『泰安洋行』。
長男いわく、良い音楽とのこと。確かに、かなり細野さんの初期
のアルバムだと思うが、今聞いても斬新かつ、楽しい。
きのうの夜は、エンヤ。子ども二人ともすぐ寝ていた。
感想を聞くと、『全然わからないし、よくない』とのこと。
音楽鑑賞、、、子どもに言われて音楽鑑賞する自分が新鮮・・・。
金曜と土曜は、運動。
日曜日の今日は、家族でイオンへ。
ユニクロの行列が、凄過ぎ・・・。
10時過ぎの時点で入店制限。
レジの列の長さが、長すぎて購入を断念・・・。
本屋さんで、文芸春秋と中央公論をチラ読み。
中央公論の増田先生の分析を見て、
怖くなる・・・。そして、文芸春秋にユニクロの記事。
どちらの雑誌からも、若者が大変だということを感じた・・・。
PLUGの2013年11月冬号を購入。
売電収入で、ローン0円住宅の広告があった。
60坪、20年で2160万円の売電収入・・・。
夢のようである・・・。
今朝、8時45分スタート。
なんか、自分では気づかなかったことに
論理的に気付いた気がする・・・。
自分なりに振り返っても、コーチングなり、現象学なり、
が重要だと分かっていても、『腹落ち』していなかった・・・。
ヒトの立場を理解して、(つまり、その人の環境なり、考え方なりを理解して)
そのヒトの立場になって、『問い』を立てて、
そのヒトの問いに対する答えを聞いて、その上で理解して、
そのヒトの『現在』と『10年後の将来像』を、言葉をつかって
論理的につなごうとすることは、
かなり、時間のかかることであるし、信頼関係が必要なことであるかもしれない・・・。
上記の『論理的につなごう』とすることを、自分のアタマの中で、
普段からやっているヒトは、むしろ『変わっているヒト』かもしれないと思う。
貸倒損失について。
企業の財政状態及び経営成績への具体的影響額と、
法人税法上の取り扱いについて。
結論:原則として、全額回収の努力を、出来る限りしなければならない。
『本気の勉強』が出来ない理由は、『心の強さ』があるか、ないかではないか?
ヒトのせいにしたり、ヒトと比較して自分を自分で卑下したり、
自分の弱さを自分で許せなかったり・・・。
ということは、・・・。
西部さんが言っていたが、遊び呆けて、
『本当に、ヤバい』と自分が思ったときが、スタート地点かもしれない・・・。
自分が納得しない限り、ヒトは動かない・・・。
では、おせっかい的な教育は、どのように
行われるべきなのか?
朝から、家に帰るまでで、
約1万3千歩。
さて、働く人間として、多いほうなのだろうか?
ユニクロのバングラディッシュ進出のNHKスペシャルを
今朝、見た。
clutureとは、何か?と深く考えさせられる・・・。
学びのスタート地点について。
学びのスタート地点に立っていない場合、
スタート地点に『立ってもらう』ためには、
どうすればいいのか?
スタート地点とは、地理的なものでなく、
結局、自分の置かれた環境等の制約を意識しながら
制約を取り払おうと努力したり、制約があることを自分なりに
消化することではないか?
そう考えると、『覚悟』という言葉に集約される気がする・・・。
千円カットを下回る散髪話。かなり、びっくり。
世の中、かなり『過剰生産能力』が存在していることに驚く。
そして、せちがらい世の中で、安く安く加速していく価格設定は、
ヒトをぎすぎすしてしまうのではないか?