週五日記

ボチボチがんばります

法律

2012-02-29 09:25:01 | Weblog

ダイナミックな人の動きが

先というか、優先されるべきことで、

法律は、ただ法律書に書かれているだけ

の場合もある。まあ、それぐらい

法律でがんじがらめになっているということだろう。

 

年をとって「頑な」になることと、年をとって「安定感」が

出てくることと、年をとって「体力」や「気力」が落ちていくこと

が、いっぺんにやってきた時に、いかに落ちていく「体力」と「気力」

でベターな判断をするか?これにつきるのではないか?

 

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証券文化

2012-02-27 09:15:23 | Weblog

ドナルドダック、ならぬ、ロナルド・ドーアさんの

「金融が乗っ取る世界経済」に出てくる

「証券文化」という言葉が印象に残る。

 

確かに、証券投資というか、株取引というか、金融取引というか、

個人株主レベルでもパソコンがあれば、というか、携帯やスマホがあれば、

通勤時間中も株が買えるようになったことを考えれば、

「証券文化」といっていいかもしれない。しかし、「株屋」というような言葉でも

明らかなように、「虚業」だった時代から考えると、なんとも「スタイリッシュ」な

文化となって、むしろ、やっていると流行に敏感とさえ思われるかもしれない。

 

一方で、アジアの通貨危機を引き起こしてしまうほど、「金融」は、破壊力を

持っており、おそらくITや金融の知識がないことによる「情報の非対称性」により

、ますます「ブラックボックス」化して、一部のヒトのみが、あえていうが「不労所得」

というか、「資産性所得」を獲得してしまう。

 

しかし、「金融」は虚業で、勤労の精神が大事です、といったところで、

もう「金融」が、何をやっているかさえ、大部分のひとがわからなければ、

いや、大部分のひとがわからないことよりも、政治家がわからなければ、

手の打ちようがないところまできている。

 

金融資本主義、、、、、という言葉づかいを聞いたり、自分も使ったりしているが、

世界中の一部のひとしかわかっていない、「フロンティア」であるが、

もう目に見えて認識できるような世界ですら、ないのではないか?

スンゴイ時代だ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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ザ金融闘論

2012-02-26 06:24:51 | Weblog

楠木建先生のツイッターで知り、

最近、マネックス証券の松本大さんが気になるし、

好きな存在で、たった今、USTREAMで拝聴。

 

金融、あるいは金融業って、何だろう?という疑問が

かなりフツフツとわいている。

そりゃ、確かに組織への資金供給をすることぐらいは、わかるが

金融派生商品が、『実体経済』に与えるインパクトとか

(これは、ドーアさんの本を読んだから、ドーアさんの発想だろうが)

金融業自体が、GDP?、GNP?で結構なボリュームになっていて、

金融業に従事するひとが、かなりの人数になっていたり、

そのひとたちが、どのような理念や、ビジョンを持っているのか、

なども含めて考えると、かなり、金融業のボリュームが大きくなっている

問題は、世界の進展をを『非連続』にしてしまったような気がする・・・

 

それにしても、松本大さん、、、かっちょいいな。マークXの役者さん

以来にあこがれる。わたしも、毎日、スーツ着ようかな?はるやま、だけど。

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ナショナルミニマム

2012-02-24 09:01:02 | Weblog

榊原さんの「経済の世界勢力図」。

 

「ナショナルミニマム」という言葉が印象に残る。

いま、話題になっている給付付き税額控除や、

国民全員に必要最低額を給付するという「ベーシックインカム」と話がつながるのか?

 

自由競争で、びっくりするような格差を認めるような社会は、もう日本では

無理だと思う。

「社会保障費」、具体的には、医療・年金の費用は、病院や福祉施設が、効率化しても

、これからの時代は、いままでと同じ条件で保障できないと思う。

 

日本国債が売れなくなるような条件ばかり満たされていくことが、こわい・・・

 

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北風小僧の寒太郎の考察

2012-02-23 09:01:54 | Weblog

雨が降っているのに岡山へ。

飲みながら、『北風小僧の寒太郎』の歌詞

について話していると、『ヒュルー・・・』という部分は、

宮沢賢治さんを参照しているのではないか?との仮説を

立てた。今朝、ググッてみると、そんなブログを発見。

その仮説が真実かどうかよりも、日本語が示す概念というか、

なんというか、『多義性』を有しているところが、なんとも、

情緒があって、『日本人』を特徴づけているとさえ思える。

それで思い出したのが、英語を日本語にする苦労、具体的には

「Accountability」に「会計責任」をあてるのか、「説明責任」をあてるのか、という

恩師のお話を思い出した。「辞書に出テルよ」という若造には、そのお話の

「ありがたみ」がわかりませんでしたが、少しだけ、昨日、飲みながら、

その意味が分かった気がします。感謝しております・・・

 

『ヒュルー』の意味合いは、幼少期には、分からなかったけれども、

宮沢賢治さんの背景を知って、やっと、『東北地方』の世界観に思いを馳せることが

出来る四国出身の『わたくし』といったところだろうか?

 

高橋源一郎さんの『「悪」と戦う』を読んで、「詩」に代表されるような

「行間」の意味合いは、かなり心の琴線に触れるんだな、と

殺伐とした今、少し興味がわく・・・

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北風小僧の寒太郎

2012-02-22 09:56:26 | Weblog

今朝の8時過ぎにテレビから

流れてきて、朝の身支度そっちのけで

聞いた。

子ども心に、いい曲だな、と思い、

いまだに40前にしても、いい曲だな、と思う。

 

確か、も○○だ君の家のレコードで、聞いて、

かなり、うらやましく思ったのを覚えている。

 

そんな幼少期の思い出さえも、YOUTUBEに

アップされている・・・

幸せなのか?不幸せなのか?

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八つ当たり

2012-02-21 04:40:57 | Weblog

朝4時に起きて書くことではないが、

気にしたら負けなのはわかっているが、

腹が立つな・・・。

 

自分を『神』or『被害者』のポジションに

ポジショニング(マーケ用語?)して、

まあ、強引に、なぎ倒す。

あと、面と向かって言わないのが、きたない・・・。

 

まあ、こういうことに腹を立てないのが、リーダーなのだろうな。

この年になって、腹は相当立つけれども、

なんとか、『かかってこいやーーー』と、不良高校生のような

態度を、ギリギリ押し殺している自分が好き。

 

でも、いつか、仕返ししようと思っていることを、

日本人の『反米感情』にたとえて自慢げに話している自分は

どうだろう?

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社会保障

2012-02-16 10:28:45 | Weblog

日本の経済が縮小した時に、

社会保障は機能するのだろうか?

経済が縮小すると、法人税とか所得税は

減収になって、財源が不足してしまわないのだろうか?

 

全員が幸せになるような社会は、実現可能性のある

ものなのだろうか?

 

 

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・・・・・・・・・

2012-02-15 09:03:53 | Weblog

・・・・・・・・・・・・・・・・。

成立しているのか?

わたしが悪いのか?

仮に、私が悪くないとしたら、

誰が悪いのか?・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

悪いのが誰なのか、誰が判断するのか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

○うべきなのか?

何と○うべきなのか?

 

 

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利害調整

2012-02-14 10:18:32 | Weblog

利害関係者が『砂粒化』すれば、

それはそれはそれは、大変なことになり、

『擦りあわせ』コストは、膨大になるが、

意外に、その『擦りあわせ』コストは、砂粒化した利害関係者各人が

認識していない場合があり、大変である・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もっといえば、そのコストを『ゼロ』評価しているヒトもいて、

大変である・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その利害の具体的内容が、『お金』なら話がはやいが、

『時間』、『労働』の場合は、もっと大変である・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

上記のために、『犠牲』を背負うリーダーが必要。

 

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