風の記憶

the answer is blowin' in the wind

蒼鉛の空へ

2006-12-20 | 



永訣の朝

                    ~宮沢賢治~

けふのうちに
とほくへいってしまふ わたくしの いもうとよ
みぞれがふって おもては へんにあかるいのだ
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

うすあかく いっさう陰惨(いんざん)な雲から
みぞれは びちょびちょ ふってくる
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

青い蓴菜(じゅんさい)の もやうのついた
これらふたつの かけた陶椀(たうわん)に
おまへが たべる あめゆきを とらうとして
わたくしは まがった てっぽうだまのやうに
この くらい みぞれのなかに 飛びだした
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

蒼鉛(さうえん)いろの 暗い雲から
みぞれは びちょびちょ 沈んでくる
ああ とし子
死ぬといふ いまごろになって
わたくしを いっしゃう あかるく するために
こんな さっぱりした雪のひとわんを
おまへは わたくしに たのんだのだ
ありがたう わたくしの けなげな いもうとよ
わたくしも まっすぐに すすんでいくから
(あめゆじゅ とてちて けんじゃ)

はげしい はげしい 熱や あえぎの あひだから
おまへは わたくしに たのんだのだ

銀河や 太陽、気圏(きけん)などと よばれたせかいの
そらからおちた 雪の さいごのひとわんを・・・・・・

・・・ふたきれの みかげせきざいに
みぞれは さびしく たまってゐる

わたくしは そのうへに あぶなくたち
雪と水との まっしろな 二相系(にさうけい)をたもち
すきとほる つめたい雫に みちた
この つややかな 松のえだから
わたくしの やさしい いもうとの
さいごの たべものを もらっていかう

わたしたちが いっしょに そだってきた あひだ
みなれた ちゃわんの この藍のもやうにも
もう けふ おまへは わかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)

ほんたうに けふ おまへは わかれてしまふ

ああ あの とざされた病室の
くらい びゃうぶや かやのなかに
やさしく あをじろく 燃えてゐる
わたくしの けなげな いもうとよ

この雪は どこを えらばうにも
あんまり どこも まっしろなのだ
あんな おそろしい みだれた そらから
このうつくしい 雪が きたのだ

(うまれで くるたて
  こんどは こたに わりやの ごとばかりで
    くるしまなあよに うまれてくる)

おまへが たべる この ふたわんの ゆきに
わたくしは いま こころから いのる
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへと みんなとに 聖い資糧をもたらすやうに

わたくしの すべての さいはひをかけて ねがふ


心象スケッチ『春と修羅』より-「永訣の朝」-

無声慟哭


- 『永訣の朝』 宮沢賢治詩集 -


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コメント (4)
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