~ 藤沢周平さん 『ふるさとへ廻る六部は』 より ~
山形県西部、庄内平野と呼ばれる
生まれた土地に行くたびに、
私はいくぶん気はずかしい気持ちで、
やはりここが一番いい、と思う。
山があり、川があり、一望の平野がひろがり、
春から夏にかけてはおだやかだが、
冬は来る日も来る日も
怒号を繰りかえす海がある。
こうした山や川に固有名詞をあたえれば、
月山、羽黒山、鳥海山、川は最上川、赤川。
そして平野の西に這う
砂丘を越えたところにある海は、
日本海ということになる。
そういう風景に馴れた眼には、
東京の、よほどの好天でもなければ
山が見えない風景はどこか物足りないし、
また信州のような土地に行くと、
今度は山が多すぎて
少し息ぐるしい感じをうけるのである。
庄内が一番いいというのは、そういうわけだが、
そこにやや気はずかしい気持ちがまじるのは、
私が挙げたような風景は、
そこで生まれた私にとっては
かけ替えのないものであっても、
よその土地から来たひとたちにとって、
それほど賞美に値するものかどうかは
疑わしいと思うからである。
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藤沢周平さんは、庄内(鶴岡市)出身の作家です。
有名だから、知っていますよね。(^^ゞ