第三部は火砕流の吹き下ろしがお迎え(三)とエンマ政庁がお裁き白州(四)を含みます。あらすじとしては林太郎がお迎えに「巻きこまれて」冥土に落ち込み、三途の川を渡り、エンマ裁き場にたどり着きます。エンマと天国地獄、祈りと呪いの関連などの議論を経て、最期に「見えない鬼灯」を見せられ、その答えで地獄墜ちの裁きを受けてしまった。 二のシーンを引用します。まずは祈りと呪い。祈りと呪いは伴侶である。
「はじめは呪いだった。人が生態の中に割り当てられた地は、雨の降らない不毛の乾燥地だった。凍りつく極相だった。渇き飢え、灼熱と氷に苛なまれた人は宇宙を呪った。彼は草原にたち周囲を見渡した。地を轟かすマンモスを見つめ、野を跳ね回るオーロックスを眺め、彼らの美しさと自信に満ちた行進ぶりを羨んだ。=中略=自己を客観して観察する知恵を捕らえてしまったのだ。知恵を通したらいかに自身が悲惨であることを知った。森の奥野の隅にしか生きられない境遇を呪い続けていた。その呪いを祈りに換えたのが信仰と称すまやかしだ。
なぜ人は狩り尽くし食い尽くしたのか、彼が呪いから出発したからだ。呪いほど強いパトスはない。呪いで石を格闘の具とした、鉄を打ち武器に変えた。呪いから創造された岩の道具が、鉄の武器が世界を熱く変えた。呪いの伴侶が祈りだ。
日照りに渇き、飢饉に飢えた。その時に人を励ましたのは呪いだ。意匠返しの祈りだ。石の握斧が人の飢えに食を与えたのでない、鉄の鏃が人の孤立を救ったのでもない。祈りが人を救ったのだ。その祈りの成分は全てが呪いだ、それが熱い祈りの起源なのだ。
林太郎はエンマに許されて天国を覗く。天国とはオールトの海にある絶対零度空間だった。
「しかと天国の情景を目にするのだ。暗闇なので浪騒ぐ水面も見えない、真空なので風音も聞こえない。しかし実際は涯のない海だ。白浪が立ちつむじ風が吹きすさぶ不毛の海だ。この下、一足戸外に踏み外せばそこは冷暗が牙を剥く、亡者を暖める一差しの日の屑もない凍結空間だぞ」
林太郎は腰一つ引いて、首を伸ばして恐ろしげに外を見た。暗闇が横たわっていた。上も下も、右も左も何もない。光も風もない、黒く凍りついた無の漂いだけがあった。一夜の目覚めも刹那の思索も、うめきの声、救い呼ぶ手の振りもない、何も見えない暗黒がどこまでも続く拒絶の真空、絶望の海だった。
「これが天国なのか。ああ、天国とは無が結晶し、あらゆる夢も希望も絶対真空に、絶対零度に固結されてしまった拒絶の空間だったのだ」林太郎は天国を見下ろしながら、吹き上がるソックと冷たい風を確かめ、大きく吸い込みながら呟いた。
エンマが林太郎の独白を引き継ぎ、「天国は海だ、何もない海だ。放なたれる悪霊こそ幸いあれ、お前らは夢をみることができる。その夢を凍結してつかの間を虚無に安住し、身動き一つ寝息一息もたてずに凍りついた二百億年の不毛に果てる」
全体二八頁、原稿用紙換算で百十頁です。左のHP版部族民通信をクリックして立ち読み気分で読んでください。
「はじめは呪いだった。人が生態の中に割り当てられた地は、雨の降らない不毛の乾燥地だった。凍りつく極相だった。渇き飢え、灼熱と氷に苛なまれた人は宇宙を呪った。彼は草原にたち周囲を見渡した。地を轟かすマンモスを見つめ、野を跳ね回るオーロックスを眺め、彼らの美しさと自信に満ちた行進ぶりを羨んだ。=中略=自己を客観して観察する知恵を捕らえてしまったのだ。知恵を通したらいかに自身が悲惨であることを知った。森の奥野の隅にしか生きられない境遇を呪い続けていた。その呪いを祈りに換えたのが信仰と称すまやかしだ。
なぜ人は狩り尽くし食い尽くしたのか、彼が呪いから出発したからだ。呪いほど強いパトスはない。呪いで石を格闘の具とした、鉄を打ち武器に変えた。呪いから創造された岩の道具が、鉄の武器が世界を熱く変えた。呪いの伴侶が祈りだ。
日照りに渇き、飢饉に飢えた。その時に人を励ましたのは呪いだ。意匠返しの祈りだ。石の握斧が人の飢えに食を与えたのでない、鉄の鏃が人の孤立を救ったのでもない。祈りが人を救ったのだ。その祈りの成分は全てが呪いだ、それが熱い祈りの起源なのだ。
林太郎はエンマに許されて天国を覗く。天国とはオールトの海にある絶対零度空間だった。
「しかと天国の情景を目にするのだ。暗闇なので浪騒ぐ水面も見えない、真空なので風音も聞こえない。しかし実際は涯のない海だ。白浪が立ちつむじ風が吹きすさぶ不毛の海だ。この下、一足戸外に踏み外せばそこは冷暗が牙を剥く、亡者を暖める一差しの日の屑もない凍結空間だぞ」
林太郎は腰一つ引いて、首を伸ばして恐ろしげに外を見た。暗闇が横たわっていた。上も下も、右も左も何もない。光も風もない、黒く凍りついた無の漂いだけがあった。一夜の目覚めも刹那の思索も、うめきの声、救い呼ぶ手の振りもない、何も見えない暗黒がどこまでも続く拒絶の真空、絶望の海だった。
「これが天国なのか。ああ、天国とは無が結晶し、あらゆる夢も希望も絶対真空に、絶対零度に固結されてしまった拒絶の空間だったのだ」林太郎は天国を見下ろしながら、吹き上がるソックと冷たい風を確かめ、大きく吸い込みながら呟いた。
エンマが林太郎の独白を引き継ぎ、「天国は海だ、何もない海だ。放なたれる悪霊こそ幸いあれ、お前らは夢をみることができる。その夢を凍結してつかの間を虚無に安住し、身動き一つ寝息一息もたてずに凍りついた二百億年の不毛に果てる」
全体二八頁、原稿用紙換算で百十頁です。左のHP版部族民通信をクリックして立ち読み気分で読んでください。