蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

アンチヒューマンの知の巨人、レビストロース死す

2009年11月06日 | 小説
構造主義の重鎮クロード・レビストロースの訃報を受けてトライブスマン(部族民)渡来部は深い悲しみを感じています(2009年10月30日パリにて死亡、100歳)。部族民の信仰、思考、意識は文明社会に生活する人々に劣る事はなく、彼らも社会構造を設計実践し、確とした信念信条を所有している。この世界観は彼の最初の著作(TristesTropiques=悲しき熱帯1953年刊)以来一貫した主張となっています。それ以前の部族民(原住民)観とは文字・都市城郭・統治機構(国家)を持たない彼らを文明(西欧我モデル)発達に至る下等段階に沈滞しているとされていました。この観点は一つには科学技術万能の文明史観があり、耶蘇(ジェズイット)宣教師たちの誤った報告(非キリスト者は野蛮人)に影響を受けていたためです。文明とは一方向で発達していくの誤りを大きく修正した近代最高の著作であります。
悲しき熱帯は戦前(1930年代)アマゾン地域の紀行文でありますが、晦渋と言える言い回し、曲がりくねった思考回路で文学作品としても評価が高く(フランス人はこの晦渋が好きなんだ。なにせ95を4掛ける20足す15なんて数えている民族なのだ!)ゴンクール賞の選考委員会が「ノンフィクションなので」選べないことを残念に思うと異例の表明した事も記憶に残ります(と格好つけてるが53年では私6歳、この記憶なんて在るわけがないので、ネットで知った後つけ記憶です)。
上記著作につづいて著名な野生の思考(=PenseeSauvege1962年刊)を発表しました。題名のPensee(パンセ)は思考と訳されますが、仏語圏ではこれが3色スミレ(パンジー)と同綴りであることから、「野生のスミレ」と同議であると受け止められています。野に咲くスミレのごとく貴重でかけがえのない存在として原住民を位置づけている。悲しき熱帯での論点を広げ、その業績を確立しました。前後しますが1959年にはコレージュドフランス(CollegeDeFrance)の人類学教授に選任され、また不朽の名著「構造人類学」(AntholopologieStructurale)を刊行します。
原住民の社会制度、信仰の背景にはその理由を説明できる合理的構造があるとする主張、たとえば親族関係でのタブー、婚姻系統の謎の解明。民族学者からの報告は多く、変異に富むのですが、なぜかくもタブーと婚姻に変異があるのか、事例の羅列だけではその理由を説明できませんでした。しかし構造的に解析すれば婚姻が女性と富の交換を担い、インセストタブーとの組み合わせで特定に遺伝子と富が集中しない構造、すなわち交換による社会の維持であると指摘した。この隠された構造がいわば真理であるとの主張はその後(1960年代)に神話の構造に発展します。(DuMielauCendre=蜜から灰へなど)
彼の神話学は難解につきます。哲学・宗教学に入ってきているので言葉そのものが難しい。その方面の知識皆無の私としては論評のしようがない。宗教学者が論評しているかと。
彼の手法は現象、存在を分析してその背後の真理を紐解くという西洋哲学オーソドックスな演繹的手法です。デカルト、カントの流れを汲むともいえる。サルトルとの論争はこの演繹を通して背後の真理を解く構造主義と、実存という直感が真理を優先する実存主義との対立として(私は)とらえています。信条としてはアンチヒューマン、人間を真理=絶対の神=の僕としてとらえる古いユダヤ教の教義とも理解できます。

構造主義はその趣旨を理解することは容易です。その後の発展の評価については2分される。ネットでの論調を引用します。、
=そして〈構造主義〉は,それまでの20世紀思想の主潮流であった〈実存主義〉や〈マルクス主義〉をのりこえようとする多様な試みの共通の符牒となった=(荒川幾男=平凡社世界大百科から)。
こうした評価がある反面、
=しかし彼の手法は結局、構造主義者といえば(というより構造主義そのものが)、レヴィ=ストロースだった、と言っていいくらいだ。しかし、レヴィ=ストロースの構造分析の方法は天才的で、他人には真似ができないような性格のものでもある=(ネットで収録HP村の広場、伊豆の天才猫さんから)

現象の背後の真理、解明の過程の精緻さ資料の正当性、巧妙なレトリック。それに背後に真理=神が存在するというユダヤ・キリスト教の信仰と思考訓練がなければ彼の構造主義を敷衍することはできない。私は伊豆の猫さんの評価に賛同します。
しかしコンセプトは分かりやすい、その結果「なんちゃって構造主義」がはびこり、その浅はかさの末に「構造主義」は乗り越えられたなどと吹聴されています。たとえばタテ社会ヨコ社会=中根、今時タテヨコなんて浅はかな分析を膾炙する御仁はいませんが、その当時(70年代)には結構引用されていました。
レビストロースの死が多くの人に悼まれ、彼の業績を再評価する機運には思考の深さ、手法の説得力、それと伝統的思考(現象の背後の真理と演繹)を踏襲しつつ超絶した手法を展開したためです。
彼の有名な言葉「世界は人類無しで始まった、そして必ず人類抜きで終焉する」なんとアンチヒューマンな言葉でしょうか。創世記を作ったユダヤの民は人を神の作る粘土細工としました、そして摂理に従わない人類を幾度も絶滅させています。まさに古ユダヤ教を彷彿とさせる言葉です。まさに彼は、無情のアンチヒューマンを乗り越えて20世紀を代表する思想家の栄を受けた知の巨人です。

さてここからは独り言、
部族民通信はレビストロースの影響を受けています。「部族民の夢=HP」の舞台は太古の日本ですが、心象として現代資本主義に追われているアマゾン・ヤマノミ族をイメージしています。また掲載中の2007年冷たい宇宙(小説、全500枚)は彼のアンチヒューマンな姿勢、人性の背後の真理(私はこれを霊とした)を土台としています。ぜひ左欄ブックマークのHP版をクリックしてください。
最後に
私は20歳代初めに機会あってフランスに滞在(留学)していました。パリシャイヨー宮の人類学講座に潜り込み人類学とフランス語と格闘していた。当時コレージュドフランスの教授だったレビストロースの公開講座(日曜日11時から、同校の階段講義室で)に出席して彼の講義を直接受けた一人です。
しかし講義内容は「なんにも分からなかった」と正直に話します。彼は淡々と神話学を伝えます、公開講座なので多くの一般人が集まるのですが、一般向けに易しく説明するという姿勢が全くない。いや彼なりに易しく説明していたのかも知れないが、私には全く理解チョー不能でした。知の巨人と凡人部族民の隔たりとはかくもあるのか、と恐れ入った次第です。ちなみにフランス語は(20歳代では)少しできた。もう一方の教授(ルロワグーラン先生)の講座は理解できたのですが。
以上私的な経験など雑音が混じって申し訳ありませんでした。名著の構造人類学(初版本)と解説書を引っ張り出して読みましたが今はすっかりです(写真)。ブログ長くなりましたが巨星への哀悼こめ、宇宙真理の弥栄を願い合掌。


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