蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

二〇〇七年冷たい宇宙の最終回 を掲載

2009年11月16日 | 小説
二〇〇七年冷たい宇宙の最終回です。

安休斉道場での良子に取り憑く悪霊の除霊。安休斉の鉦と太鼓、神楽舞の奉納で進行していく。その場は若宮(実は林太郎)転生の秘儀が実行される、霊空間でもあった。ところがその空間がミドリの祈りで乱される。そして

=宇宙であり得ないことが発生したのだ。霊と肉が交接したのだ。霊が肉を取り込みその内実を実現しようと反応した。肉の放つ祈り、鬼灯に含まれた祈りを霊が飲み込んだ。祈りとは希望、願望、投げやりの絶望、己知らずの傲岸さ、それに呪いだ。肉が持つあらゆる感情、その振幅の大波が霊に押し寄せ、若宮を籠絡していった。冷たい宇宙冷たい時間進行のさなかに漂う霊を、熱さが取り囲みその熱さが時間を狂わせ、感情の熱さを伝播させている。
ミドリの祈りは憐れみから生まれた。幼くして旅たった弟を慈しみ哀しみ。この世に林太郎として再び生きよと願う、かけがえのない純粋の祈りだった。ミドリが鬼灯に祈りを籠めたとき、感情の昂ぶりも、嫉妬も羨望も優越憐憫も持たず、ただ再生せよと祈る心を赤い表皮の内側に結晶させた。慈しみの結晶が若宮に取り込まれ、林太郎再生の祈りを結実させたのだ。
しかしミドリは肉だ、人だ。彼女の純粋さには百万年の人の遺伝が隠れる。そして三万年の呪いが流れる。そもそも祈りとは熱だ。祈りは熱い呪いだ。肉が死に進む時間進行を呪い、宇宙の調和を止めろとの叫びが祈りの真実だ。その毒の種を今、霊が呑み込んでしまった。地獄の釜の高熱で焼却処分されるはずの祈りが=

未曾有の事態にジゾウがエンマを呼ぶ。エンマお白州では夫殺しのヒ素天丼女を裁いている最中だった。エンマは裁きを中断、霊と肉の交流を妨げるべく火野の北山台に急ぐ。エンマの出現で霊肉の交流は妨げられた。朝川原での臨時エンマお裁きを経て、ミドリ若宮は許される。若宮の地獄戻りを前にして、

=ミドリと若宮はもう一度掌を取り、瞼に互いの面影を残そうと相手を見つめた。見つめあうその一時が再会の喜びであり、その喜びをかみしめ、別れを惜しんだ。無言に見つめる二人に良子が寄り添い、三人が腕を絡ませしっかり抱き合った。
エンマに催促され若宮はジゾウ舟に乗り移った。一行はジゾウの竿裁きに身を預け、朝川を下った。
「林太郎」「おねーちゃん」「よっちゃん」の叫びがしばし朝川の瀬音を乱した=

 全体で六百枚(四百字原稿用紙換算)の中編これで終了です。皆様にはご拝読を賜り作者渡来部、おおいに感謝しております。掲示板に作者の感想が寄せられております。左欄のHP部族民通信をクリックしてビジットしてください。

 次回の「たはけの果て黄泉戻り、イザナギ」は十二月十四日からHP部族民通信に掲載開始いたします。


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