幼くして死んだ井田林太郎、20年後に転生のためにジゾウに地獄から引き上げられ、若宮と名前も変わった。この世は多摩なる地、朝川の畔で岡揚がりとなった。転生の地に進むのだが足の痛みでよろけてしまう。土手を上れずシリモチ、姉ミドリとの再会、以下本文から引用。
=「この歩みもっと速くとせく気持ち、ジゾウ殿には手を貸され、歩みに添いての優しいお助け。忝なくも勿体なさや。生まれ替わりの母様に早く会いたいすがりたい。願う心を胸に秘め、膝と足とで道程ふみしめ、急ぎたやはよしっかと進みたや。
ゆるりそろりの歩みには、全く持って我恥ずかしや。骨のきしみと肉の萎え、急ぎの心にチットモ応えず、そろりでミシシ、踏ん張りでギクリ。この痛みが情けないのだ。=中略=右が足出し左は次に、この交互の出し引きで、前に進むも後ろにシャルもさばき一つの順繰り回し。そぞろに回せばこれがあゆみ。急いでブン回したらこれが走り。頭でしっかとおぼえても、右出す一歩でくるぶし痛む。左を向いて進めたら、うっかり腰骨痺れて抜けて、股の付け根から崩れて落ちて、あれーシリモチだ」
ジゾウが励ます「試練の地獄は苦労が十年、我慢で十年、その過ぎたちを報うが今宵、ジゾウの采配万が一にもぬかりない。三途の地下からは抜け水裏道伝わって、辿り着いたがここ朝川、烽火目当てに河原を揚がり、今見下ろすがここは向河原の土手の上。=中略=
瞼に描くは転生の母なれ、あと一時で対面できるぞ。落ち着きなされ、人の通りも立ち消えたこの夜更け寒空氷り風、なんの妨害あるものか、心配なさるな若宮殿」=
ジゾウ若宮の一行は焼き鳥サブちゃんに立ち寄る。主人サブロは若宮膝に氷を当てて治療する。その動きをすっかりミドリ(アルバイト)に見られてしまった。ミドリは即座に若宮は林太郎の霊姿だと見破った。以下本文から、
=トイレの隙間から覗いたカウンターの光景は。
ネイビーブルーのブレザーにダークカーキのコットンパンツの目元涼しい好青年が立っていた。氷ガーゼを膝にあてて具合を確かめていた。ガーゼが宙に浮いて見えた理由はその青年が霊体であるからだ。霊はもう一人、やはり青年、年はブレザー男より二、三歳上に見えた。羊革のジャンパーとベージュのコットンパンツ。綺麗に剃髪した青い頭が目立つ。その横には見慣れた鬼姿のサブロ。
「どうだ、楽になったか」と坊主頭が尋ねる。青年は痛む右の膝を曲げ伸ばし試していた。「これで大丈夫、もはや近くとあれば一気に進めよう」
サブロが「ではイザ進まん、ただ注意しなければならないのは、めざす安休斉には転生の秘儀は説明していない。ジゾウ殿と若宮殿が宅内に忍び込む事も知らせていない。彼は今頃は良子の徐霊を始めている、そこに入り込むのだ。安休斉は生身の人であれば当然霊体をみることは出来ない。しかしこ奴め鼻がきくというか、少々霊感がある。多少は霊視の能力があるので、うっかり探られないよう用心するに越したことはない」
「了解した、何かがあれば緋鬼殿にも手伝いを頼もう。この転生は必ず成功させないとならないので。では出発だ」とジゾウ。
ミドリはトイレのドア越しに霊達の動きを見ながら何故か震えが止まらなくなった。この瞬間を待っていたのだ、二十年前に六助に知らされた輪廻転生の手はず。林太郎が再生するために焼き鳥サブちゃんに訪れる、必ずその時が来る、「霊メガネを掛けて確認してくれ」と六助に預言された。その瞬間が今なのだ。
青年、凛々しい目元涼しい青年は地獄から戻った林太郎なのだ。立ち姿の粋な着こなし風情で確信した。まさに二十年前に死の床に横たわる林太郎を訪れたあの青年なのだ。ミドリの震えは待ちわびた瞬間がやって来た事、会うを望んだ人を探し出せた事、すなわち二十年の用意と辛抱に感激した喜びの極まりなのだ。そして涙がどっと出た。
「あらら、泣いちゃだめだ。泣いたら霊が、林太郎の霊が霞んでしまう。気持ちをしっかり持たないと」と涙をエプロンで拭いて再び霊の動きを伺うためカウンタにメガネを向けた。林太郎は後ろ姿になっていた。氷を当てている右足を引きずり加減に、氷ガーゼを押さえながら、それでもしっかり歩き出した。その見覚えある懐かしい後ろ姿にミドリは思わず「待って、もう出てしまうの」と鼻声涙声で口走った。
その声に青年が一瞬だけ振り返った。肩越しに青年の流し目の黒い瞳、頬が細く尖り鼻の横顔を見てしまった。ミドリは「やはり林太郎の霊だ、あの時の青年だ」さらに涙がどっと熱く流れた。あとは青年の顔も姿もかき消された。
ぜひ第6部全16頁、あらすじと本文を部族民通信のHPで立ち読み下さい。左のブックマークをクリックしてください。
=「この歩みもっと速くとせく気持ち、ジゾウ殿には手を貸され、歩みに添いての優しいお助け。忝なくも勿体なさや。生まれ替わりの母様に早く会いたいすがりたい。願う心を胸に秘め、膝と足とで道程ふみしめ、急ぎたやはよしっかと進みたや。
ゆるりそろりの歩みには、全く持って我恥ずかしや。骨のきしみと肉の萎え、急ぎの心にチットモ応えず、そろりでミシシ、踏ん張りでギクリ。この痛みが情けないのだ。=中略=右が足出し左は次に、この交互の出し引きで、前に進むも後ろにシャルもさばき一つの順繰り回し。そぞろに回せばこれがあゆみ。急いでブン回したらこれが走り。頭でしっかとおぼえても、右出す一歩でくるぶし痛む。左を向いて進めたら、うっかり腰骨痺れて抜けて、股の付け根から崩れて落ちて、あれーシリモチだ」
ジゾウが励ます「試練の地獄は苦労が十年、我慢で十年、その過ぎたちを報うが今宵、ジゾウの采配万が一にもぬかりない。三途の地下からは抜け水裏道伝わって、辿り着いたがここ朝川、烽火目当てに河原を揚がり、今見下ろすがここは向河原の土手の上。=中略=
瞼に描くは転生の母なれ、あと一時で対面できるぞ。落ち着きなされ、人の通りも立ち消えたこの夜更け寒空氷り風、なんの妨害あるものか、心配なさるな若宮殿」=
ジゾウ若宮の一行は焼き鳥サブちゃんに立ち寄る。主人サブロは若宮膝に氷を当てて治療する。その動きをすっかりミドリ(アルバイト)に見られてしまった。ミドリは即座に若宮は林太郎の霊姿だと見破った。以下本文から、
=トイレの隙間から覗いたカウンターの光景は。
ネイビーブルーのブレザーにダークカーキのコットンパンツの目元涼しい好青年が立っていた。氷ガーゼを膝にあてて具合を確かめていた。ガーゼが宙に浮いて見えた理由はその青年が霊体であるからだ。霊はもう一人、やはり青年、年はブレザー男より二、三歳上に見えた。羊革のジャンパーとベージュのコットンパンツ。綺麗に剃髪した青い頭が目立つ。その横には見慣れた鬼姿のサブロ。
「どうだ、楽になったか」と坊主頭が尋ねる。青年は痛む右の膝を曲げ伸ばし試していた。「これで大丈夫、もはや近くとあれば一気に進めよう」
サブロが「ではイザ進まん、ただ注意しなければならないのは、めざす安休斉には転生の秘儀は説明していない。ジゾウ殿と若宮殿が宅内に忍び込む事も知らせていない。彼は今頃は良子の徐霊を始めている、そこに入り込むのだ。安休斉は生身の人であれば当然霊体をみることは出来ない。しかしこ奴め鼻がきくというか、少々霊感がある。多少は霊視の能力があるので、うっかり探られないよう用心するに越したことはない」
「了解した、何かがあれば緋鬼殿にも手伝いを頼もう。この転生は必ず成功させないとならないので。では出発だ」とジゾウ。
ミドリはトイレのドア越しに霊達の動きを見ながら何故か震えが止まらなくなった。この瞬間を待っていたのだ、二十年前に六助に知らされた輪廻転生の手はず。林太郎が再生するために焼き鳥サブちゃんに訪れる、必ずその時が来る、「霊メガネを掛けて確認してくれ」と六助に預言された。その瞬間が今なのだ。
青年、凛々しい目元涼しい青年は地獄から戻った林太郎なのだ。立ち姿の粋な着こなし風情で確信した。まさに二十年前に死の床に横たわる林太郎を訪れたあの青年なのだ。ミドリの震えは待ちわびた瞬間がやって来た事、会うを望んだ人を探し出せた事、すなわち二十年の用意と辛抱に感激した喜びの極まりなのだ。そして涙がどっと出た。
「あらら、泣いちゃだめだ。泣いたら霊が、林太郎の霊が霞んでしまう。気持ちをしっかり持たないと」と涙をエプロンで拭いて再び霊の動きを伺うためカウンタにメガネを向けた。林太郎は後ろ姿になっていた。氷を当てている右足を引きずり加減に、氷ガーゼを押さえながら、それでもしっかり歩き出した。その見覚えある懐かしい後ろ姿にミドリは思わず「待って、もう出てしまうの」と鼻声涙声で口走った。
その声に青年が一瞬だけ振り返った。肩越しに青年の流し目の黒い瞳、頬が細く尖り鼻の横顔を見てしまった。ミドリは「やはり林太郎の霊だ、あの時の青年だ」さらに涙がどっと熱く流れた。あとは青年の顔も姿もかき消された。
ぜひ第6部全16頁、あらすじと本文を部族民通信のHPで立ち読み下さい。左のブックマークをクリックしてください。