(ナナオのコタロウ3からの続き)
野球など知らないサキにはただ聞くだけ。全てが右から左に抜けていくだけだが、店主が力説したい点とは、
「直球は進化したダルで、手元でブンとむくれる百七十キロ、スライダはマツザカの放物軌道をまねたので、ぐぐんと首元から足先に斜め落とし。そして決め手のフォークはあのスギシタだ。大魔神よりもすごかったぞ、まさに殺人フォーク。殺バッター、殺人スラッガーが時間を超えての入り混じり、時には外しのボールまでも入れるからつられるなよ。
当店の自慢シーケンス、チューオーの連中がカスリもできずションベン垂れて逃げていった」
近くに大学の運動部があるらしい。ひととおり能書きを垂れてマシンにスイッチを入れた。ダルの直球が投げられた。
間近で見るサキにはとてつもない速さだ。マシンがその腕を振り下げ球がヒューンとうなりマットがズボリと揺れた。これにはコタロウも胸元をかすめる球を見送るだけだった。
二球目は、マシンから投げ出された球が2シームでひねくられた己の身の上を怒り、ワオーの罵り声をあげて胸元から膝にギイイと曲がり落ちた。コタロウは三球目のフォークボールも見送った。
「これには手が出なかっただろう。イチローだって簡単には…」
自慢げな店主の声が止まった。声が続かなかった。
四球目、それは店主の説明では見立てでは「超ダルの百七十キロ」だった。球速もすごかったがコタロウの振り回しはそれに輪を掛けた。バットは確かに回ったのだが、その棒体が空を切る音が全く聞こえない。高速回転する扇風機は羽を回すとうるさい。ジェットエンジンのタービンブレードだってビリリと羽音をばらまく。
ブレード以上の回転速度でアルミの重いバットをブン回したのだが、風切り音が一切聞こえない。バットがとても素早く空を切るので回転周辺が真空となってしまう。だからブンの音が出ない。
音だけではない、目にも見えないのだ。
コタロウが腕を振るのは見えた。しかしバットの回転する残り影はサキには見えなかった。店主にだって見えていない。高速すぎてバットが回転中に消えるのだ。
球が胸元にくるまでコタロウは振りださないし、身も動かさない。球が肩をこえて胸を抉るその時に、コタロウがバットをまさに軽く小さくフンと、しかし目にも残らない回転速度で回した。
振り終わった時には球がネットの最上部にはじき返された。
なぜコタロウが170キロの高速球をいとも簡単にはじき返せるのか。そんなの当たり前だ、彼は体温も脈拍もゼロ、呼吸も瞬きもしない冷血人間である。微細眼震など一切ないからだ。
ご近所で餌取りの超絶ジャンプを見せていた犬のチャビ助など、足元にも寄せ付けない動体視力の持ち主なのだ。
(以上はトライブスマンの最新作氷の接吻からの抜粋です。近々の題名の由来となったコタロウ・サキの氷の接吻の場を掲載します)
野球など知らないサキにはただ聞くだけ。全てが右から左に抜けていくだけだが、店主が力説したい点とは、
「直球は進化したダルで、手元でブンとむくれる百七十キロ、スライダはマツザカの放物軌道をまねたので、ぐぐんと首元から足先に斜め落とし。そして決め手のフォークはあのスギシタだ。大魔神よりもすごかったぞ、まさに殺人フォーク。殺バッター、殺人スラッガーが時間を超えての入り混じり、時には外しのボールまでも入れるからつられるなよ。
当店の自慢シーケンス、チューオーの連中がカスリもできずションベン垂れて逃げていった」
近くに大学の運動部があるらしい。ひととおり能書きを垂れてマシンにスイッチを入れた。ダルの直球が投げられた。
間近で見るサキにはとてつもない速さだ。マシンがその腕を振り下げ球がヒューンとうなりマットがズボリと揺れた。これにはコタロウも胸元をかすめる球を見送るだけだった。
二球目は、マシンから投げ出された球が2シームでひねくられた己の身の上を怒り、ワオーの罵り声をあげて胸元から膝にギイイと曲がり落ちた。コタロウは三球目のフォークボールも見送った。
「これには手が出なかっただろう。イチローだって簡単には…」
自慢げな店主の声が止まった。声が続かなかった。
四球目、それは店主の説明では見立てでは「超ダルの百七十キロ」だった。球速もすごかったがコタロウの振り回しはそれに輪を掛けた。バットは確かに回ったのだが、その棒体が空を切る音が全く聞こえない。高速回転する扇風機は羽を回すとうるさい。ジェットエンジンのタービンブレードだってビリリと羽音をばらまく。
ブレード以上の回転速度でアルミの重いバットをブン回したのだが、風切り音が一切聞こえない。バットがとても素早く空を切るので回転周辺が真空となってしまう。だからブンの音が出ない。
音だけではない、目にも見えないのだ。
コタロウが腕を振るのは見えた。しかしバットの回転する残り影はサキには見えなかった。店主にだって見えていない。高速すぎてバットが回転中に消えるのだ。
球が胸元にくるまでコタロウは振りださないし、身も動かさない。球が肩をこえて胸を抉るその時に、コタロウがバットをまさに軽く小さくフンと、しかし目にも残らない回転速度で回した。
振り終わった時には球がネットの最上部にはじき返された。
なぜコタロウが170キロの高速球をいとも簡単にはじき返せるのか。そんなの当たり前だ、彼は体温も脈拍もゼロ、呼吸も瞬きもしない冷血人間である。微細眼震など一切ないからだ。
ご近所で餌取りの超絶ジャンプを見せていた犬のチャビ助など、足元にも寄せ付けない動体視力の持ち主なのだ。
(以上はトライブスマンの最新作氷の接吻からの抜粋です。近々の題名の由来となったコタロウ・サキの氷の接吻の場を掲載します)