(ナナオのコタロウから続く)
>コタロウは公園脇のバッティングセンターでイチロー並みのスラッガーぶりを見せたが、その場に長居はできない。彼は警官から追われているのだ。サキ(=コタロウの恋人)の案内でモノレール駅に向かう。公園から駅は散歩道が続いている、夜には人の通りもまれとなる<
=氷の接吻からの抜粋=
街路樹の繁みの重なりの下には、街路灯の明かり届かぬ暗がりが広がる。サキとコタロウは、灯の温もりを避けながら、繁みの下、枝葉の脇を縫うように歩いた。
足を進めるその先に夜の暗さが広がる。
足先を確かめ一歩ごと歩みを踏みしめ、寄り添い歩く二人の姿は、漏れる明かりに浮き出ては闇に消え入る。
サキの目に歩道は、ぼうと灰色に霞む川に見えた。この川を訪ね進めば、きっとどこかに行き着く。行き着くその場所は、
「私の部屋ではない、もっと遠いどこか。滅多なことでは辿れない遠い国、そこにまで辿れるのよ」と心に思った。
その歩道が街灯の狭間の闇に吸い込まれ、その黒さの中に消えていく。二人も溶け込むように闇に吸い込まれていった。迷い込んだ闇の空間が、黒い透明な結晶として固まった。
二人は夜の暗さの結晶体に迷い込んだのだ。であれば行き着く果ては結晶の中、小宇宙。そのとある場所になる。
「きっと千年王国の聖都よ」サキは断定した。フクロウが二人の上を舞い、ホロホロと啼いた。
恋人ならば肩を寄せ合う、サキがコタロウに寄せる肩はなんの兆しなのか。コタロウの腕を取り、自身の腕の左と右と二重に絡ませたサキ。身体を寄せて肩を重ねて、二人連れ立ち夜の結晶体を、明かりを忌み、暗がりに遊びさ迷う。
サキがコタロウに伝える。
「暗い夜道はとはね、特別な道なのだよ。そこは男同士で歩かない。まして女同士でも歩くものか。歩くのは必ず女と男、そして男と女。
その組み合わせでしか暗い夜道を歩かないのさ。
夜道を歩くのは身体を寄せ合うのが流儀なのさ。こうやってね」サキはより密着を試みた。コタロウは避けはせず、しかし応えもしない。
「男なんだからしっかりと私の肩を引き寄せるんだよ」
命じられるまま、コタロウは彼女の肩に腕を回し軽くサキの身体を寄せた。その軽さがサキには不満だった。
「ぎこちないなぁ、
私たちは女と男、身体を寄せて夜道を歩く。街灯を嫌うし、暗い木枝の陰りを許す。だから時間の欺きを嫌い、短すぎる道程を避ける。
ゆっくりと一歩に一歩を重ねて、左足が進めば右が残る。右が歩めば左がとまる。そんな風に時間を惜しみ、距離を慈しみながら歩くのさ。
その二人姿を誰かが見ているとする。私たちがどんな男女に見えるか。
コタロウ、キミって分かるかい」
「グワッ」
「お前はやはり冷血人間、分からなくても許してあげる。でもキミくらいの年齢になれば、フツーはピーンとくるよ。その姿は恋人。夜の暗い道を静かに歩く男女とは、恋人同士なのさ」
「グワッ」
「お前の返事が読めなくなった。女と男、恋人の関係を理解していないのか、理解するけれど私と恋人はご免被る。
それでグワッとしたのかい。どっちだね」
コタロウの返事はない、問いが二重になると答えられないのだ。
サキは気にせず続ける。
「今はこんな風に歩くのが一番安全なのだ。あの先の曲がり角でパトカーが止まっているかも知れない。暗い車内でお巡りが私たちを見張っているかも知れない。
その時、私たち二人がよそよそしく、離れて歩いていてごらん。すると彼らは「この二人はいちゃついていない、夜道を歩く資格が無いどころか、怪しい関係だな」と疑う。
「キミタチ、いちゃついてないね。おかしいぞ」なんてちょっかい声をかけてくるよ。そのまま再尋問になるかも知れない。コタロウの眉がわずかに動いた。
「夜道、暗い道を二人で歩くのは、ベタつきイチャつきの恋人の組み合わせがまともで、離れてよそよそしく、テンコテンコとうろつくのは怪しい関係になる。泥棒や空き巣の仲間内ではイチャついたりしない。彼等は真面目だからね。
分かったかい、サキ様の深慮とエンボウが。だったらもっとしっかり肩を抱きなさい」
「オウッ」
コタロウには先ほどの警察官からの尋問は堪えきれなかった。サキが口を挟まなかったら不審者として拘置されたかも知れない。すると冷血人間がばれるかも知れない。なんとしてもこの身体の秘密は隠さなければならない。
再尋問を防ぐ手段が肩の寄せ合い、そうと知ってさらにサキの肩を強く引き寄せた。その勢いにサキは驚いた。
「オウーット、キミ腕の力強いね。そんなに強く肩を抱かれたら、フツーの女ならその気になってしまう。私は大丈夫だけど。
寄り添うというのはあくまで演技、警官騙しの仮姿なのだからね。そんなに強くはまで必要ないって、アレー」
指南役が指南効果の効き過ぎで悲鳴をあげてしまった。引きつけられるままに息まで詰まった。コタロウとのもたれ合いをしかしサキは拒まない。
公園の木立からホウホウとフクロウの啼き声が聞こえた。先ほどからのフクロウが追いかけているのであろう。
(夜の散歩道2に続く、近日掲載)
>コタロウは公園脇のバッティングセンターでイチロー並みのスラッガーぶりを見せたが、その場に長居はできない。彼は警官から追われているのだ。サキ(=コタロウの恋人)の案内でモノレール駅に向かう。公園から駅は散歩道が続いている、夜には人の通りもまれとなる<
=氷の接吻からの抜粋=
街路樹の繁みの重なりの下には、街路灯の明かり届かぬ暗がりが広がる。サキとコタロウは、灯の温もりを避けながら、繁みの下、枝葉の脇を縫うように歩いた。
足を進めるその先に夜の暗さが広がる。
足先を確かめ一歩ごと歩みを踏みしめ、寄り添い歩く二人の姿は、漏れる明かりに浮き出ては闇に消え入る。
サキの目に歩道は、ぼうと灰色に霞む川に見えた。この川を訪ね進めば、きっとどこかに行き着く。行き着くその場所は、
「私の部屋ではない、もっと遠いどこか。滅多なことでは辿れない遠い国、そこにまで辿れるのよ」と心に思った。
その歩道が街灯の狭間の闇に吸い込まれ、その黒さの中に消えていく。二人も溶け込むように闇に吸い込まれていった。迷い込んだ闇の空間が、黒い透明な結晶として固まった。
二人は夜の暗さの結晶体に迷い込んだのだ。であれば行き着く果ては結晶の中、小宇宙。そのとある場所になる。
「きっと千年王国の聖都よ」サキは断定した。フクロウが二人の上を舞い、ホロホロと啼いた。
恋人ならば肩を寄せ合う、サキがコタロウに寄せる肩はなんの兆しなのか。コタロウの腕を取り、自身の腕の左と右と二重に絡ませたサキ。身体を寄せて肩を重ねて、二人連れ立ち夜の結晶体を、明かりを忌み、暗がりに遊びさ迷う。
サキがコタロウに伝える。
「暗い夜道はとはね、特別な道なのだよ。そこは男同士で歩かない。まして女同士でも歩くものか。歩くのは必ず女と男、そして男と女。
その組み合わせでしか暗い夜道を歩かないのさ。
夜道を歩くのは身体を寄せ合うのが流儀なのさ。こうやってね」サキはより密着を試みた。コタロウは避けはせず、しかし応えもしない。
「男なんだからしっかりと私の肩を引き寄せるんだよ」
命じられるまま、コタロウは彼女の肩に腕を回し軽くサキの身体を寄せた。その軽さがサキには不満だった。
「ぎこちないなぁ、
私たちは女と男、身体を寄せて夜道を歩く。街灯を嫌うし、暗い木枝の陰りを許す。だから時間の欺きを嫌い、短すぎる道程を避ける。
ゆっくりと一歩に一歩を重ねて、左足が進めば右が残る。右が歩めば左がとまる。そんな風に時間を惜しみ、距離を慈しみながら歩くのさ。
その二人姿を誰かが見ているとする。私たちがどんな男女に見えるか。
コタロウ、キミって分かるかい」
「グワッ」
「お前はやはり冷血人間、分からなくても許してあげる。でもキミくらいの年齢になれば、フツーはピーンとくるよ。その姿は恋人。夜の暗い道を静かに歩く男女とは、恋人同士なのさ」
「グワッ」
「お前の返事が読めなくなった。女と男、恋人の関係を理解していないのか、理解するけれど私と恋人はご免被る。
それでグワッとしたのかい。どっちだね」
コタロウの返事はない、問いが二重になると答えられないのだ。
サキは気にせず続ける。
「今はこんな風に歩くのが一番安全なのだ。あの先の曲がり角でパトカーが止まっているかも知れない。暗い車内でお巡りが私たちを見張っているかも知れない。
その時、私たち二人がよそよそしく、離れて歩いていてごらん。すると彼らは「この二人はいちゃついていない、夜道を歩く資格が無いどころか、怪しい関係だな」と疑う。
「キミタチ、いちゃついてないね。おかしいぞ」なんてちょっかい声をかけてくるよ。そのまま再尋問になるかも知れない。コタロウの眉がわずかに動いた。
「夜道、暗い道を二人で歩くのは、ベタつきイチャつきの恋人の組み合わせがまともで、離れてよそよそしく、テンコテンコとうろつくのは怪しい関係になる。泥棒や空き巣の仲間内ではイチャついたりしない。彼等は真面目だからね。
分かったかい、サキ様の深慮とエンボウが。だったらもっとしっかり肩を抱きなさい」
「オウッ」
コタロウには先ほどの警察官からの尋問は堪えきれなかった。サキが口を挟まなかったら不審者として拘置されたかも知れない。すると冷血人間がばれるかも知れない。なんとしてもこの身体の秘密は隠さなければならない。
再尋問を防ぐ手段が肩の寄せ合い、そうと知ってさらにサキの肩を強く引き寄せた。その勢いにサキは驚いた。
「オウーット、キミ腕の力強いね。そんなに強く肩を抱かれたら、フツーの女ならその気になってしまう。私は大丈夫だけど。
寄り添うというのはあくまで演技、警官騙しの仮姿なのだからね。そんなに強くはまで必要ないって、アレー」
指南役が指南効果の効き過ぎで悲鳴をあげてしまった。引きつけられるままに息まで詰まった。コタロウとのもたれ合いをしかしサキは拒まない。
公園の木立からホウホウとフクロウの啼き声が聞こえた。先ほどからのフクロウが追いかけているのであろう。
(夜の散歩道2に続く、近日掲載)