蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

夏は夜死ぬ(詩)

2012年07月27日 | 小説
夏は夜死ぬ
      

夏の夜、悲鳴が聞こえた
夜空を恨み、星を呪う寡婦の叫びだ。
南風が叫びを運ぶのだから
丘を越し谷にまわり呪いは街にさ迷う。
灯りに漂う笑いが悲しいのは
捨てられた寡婦の呪いがこもるからだ

あの悲鳴を知ると女が言う
はぐれ亡者のすすり泣きだ
二七㌔南の海浜に松が茂り
操車場が浜を丸く囲む。
レール下に幾首かの死体が埋められている。
浜風が砂に囁く、亡者ども立ち上がれ、
気動車に乗りあの世に行くのは今だと教えた

砂浜に気動車が立ち上がった
気動車は亡者を乗せて砂間に混じり
熱い海流にその身を投げ、光届かぬ海溝をめざす
しかしレールは砕け車輪は砂のわだちにはまった
黒い巨体が砂浜を進むものか
風に笑われ波に阻まれ松林に立ちつくした
おびえる気動車、すすり泣く亡者ども
海を逃した恨みを夏に伝えよと、
悔しさを夜風に託したのだ。

私はこたえた。松林の砂浜で 
女の死体が泣くのを見た
裸に剥かれ、波に肌を犯され
下腹部に垂れる血が浜を黒く穢した。
狂いの海鳴りが背を鞭で叩いた。
女の死体が泣いたのは屍肉をえぐる鞭の痛さではない
波に裸身を捨てられず、海の底に漂わず
風に吹かれ砂に責められ、松の陰で泣く屍を恥じたためだ。
砂浜に屍を曝す女の悲鳴が聞こえるのだ

死んだ女が砂にまみえたから私は女に迫った。勃起は夏の夜への献げ物だ、お前の身体で夏を祝福しろと。女は拒んだ。夏から逃れようと身をねじ曲げのたうち、狂う私をののしる。部屋に息がむせ私はむさぼり、女は黙った。
熱い息は冷たい汗と混じらない。肌が青く光ったので、のたうち拒み夏を罵る女は死体だと気付いた。

その時悲鳴が聞こえた。ブブブイーーン
女よ、あの悲鳴を聞いただろう。
はるかに遠い南の海原からの叫びだ。
風すさぶ波間に海獣が漂う。
波に溺れ力尽きて死ぬ。
最期の叫びが今部屋に届いた、
ブイイブイーン
海に沈み波に消え、海底におちた海獣。
女よ砂浜の亡者よ、路をさまような。
悲鳴はお前達旅立ちのはなむけなのだ。

夏が死んだ。          (了)




渡来部が住む多摩のイナカは安普請、掘っ立て仮居から撮った不気味な夕焼けです。夏が死ぬまでに幾週を待たなければなりません。そして夜の悲鳴は今年も聞こえます。





         



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