蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

神話「蜜から灰へ」を構造主義で分析する 9

2018年07月01日 | 小説
(2018年7月1日)

文化人類学のクロード・レヴィストロース(2009年100歳にて没)の神話学第2冊目「Du miel aux cendres蜜から灰へ」を紹介しています。
内容の濃さからそして物理的にも同書の厚さ(=400頁を越す)を投稿子(蕃神)はもてあまし気味です。よって第2章「Le festin de la grenouilleカエルの饗宴」のみの紹介を試みております。
本章は主題が提示され、それを材料にした変異(variantes)6曲を続けています。Variantesなる語は神話文献ではよく見られます。あらすじと人物などの素材で似通う神話との意味ですが、レヴィストロースはこの語の代わりにtransformations変様を用います。似通いの仕組みmotivationsを構造主義的に追求するためと、投稿子は理解します。
変奏主題のMaba(女、蜜の精)が男の蜜蜂(Simo)、蛙化身の若者(Adaba)などと展開し,
奏でるメロディの基調は「自然と文化の相克」に他なりません。自然(動物)が企みを持って文化(人)に近寄る(レヴィストロースが言うところのrapprochement aleatoire)、その企みとは同盟(allience)。Mabaが猟師を誘惑した素材は輝く裸身で、一旦は結ばれ人は自然との共棲を享受する。そして必ず破綻に至る。
蜜も獲物も人がふんだんに収穫できない状態は、かつての破綻のせいだとしています。レヴィストロースは前作(生と調理)のテーマは獲得、そして本書は喪失(perte)にあると伝えている。
変奏曲の一つHaburiの転生(Hitoire de Haburi、Warrau族神話、ギアナ地区に居住)を紹介します(153頁)。
変奏は女性のカエル。その前段として男のジャガー:
かつて人は女だけだった。二人姉妹が池の畔に居を構えていた。男が天から降り、結婚する(姉妹との結婚bigamie、先住民の習慣だった)姉は男の子を授かりHaburiと名付けた。
一家の住むキャンプ地に面する池には魚が多く棲まない。隣接する池は魚に恵まれるのだが、ジャガーの縄張り地だから危ないと姉妹が禁ずる。男は出かけてジャガーに殺される。
Il (Jagar) tua le voleur (homme). Prit son apparence et gagna le campement de deux femmes.Il faisait presque nuit. Jagar portait le pannier de sa victime qui contennait le poisson vole.ジャガーは男を殺しその姿を奪った。籠には盗まれたあの魚、それを背負って妻達が住むキャンプ地に入ったのは夜も更けてからだった。D’une voix qui les surprit par sa force et par sa rudeness, le faux mari dit aux femmes qu’elles pouvaient cuire le poisson et le manger, et que lui-meme etait trop fatigue, il voulait seulement dormir entenant Haburi dans ses bras.
太く荒々しい声は二人を驚かせたが、(偽)夫が言うに、籠の魚を料理してすっかり食べなさい。私自身は食事をとるにあまりに疲れている、Haburiを腕に抱いて眠りたい>>


アマゾンに魚の種類は3000を越す。その中で「あの魚」とよばれる種類は何か?写真はピラルクー、大きくて旨いそうだ。ネットから採取。

眠りこけた偽の夫、ジャガーは2の失敗を重ねます。
Pendant que dinaient les femmes, il se mit a ronfler si fort qu’on pouvait l’entendre de l’autre rive. Dans son sommeil, il pronanca a plusieurs reprises le nom de l’homme qu’il avait tue et qu’il pretendait personifier. Cet homme s’appelait Mayara-koto.
妻達は夕餉にむかい夫は眠った。するといびきをかき出し五月蝿さたるや池の向こう岸からでも聞き取れる程だった。そのうえ寝言で殺しその姿を盗み取った男の名「Mayara-koto」を幾度も口にした。>>
姉妹は密かに伝え合う<<Jamais dirent-elles, notre mari n’a ronfle si bruyamment, il ne s’est jamais apple lui-meme par son nom>>
私たちの夫はこんなに煩いいびきをかかないわ、その上、自分を名(本名)で呼んだりする筈などない>>
いびきが人らしくない程に大きかったのだろう、これは我慢するとして、見過ごせないのは本名を口に出した。他人の名も己のそれも、発声するのは禁忌である。Mabaとの同盟が決裂したのは夫(猟師)がうっかりその名を村人の前で言ったため。前作のle cru et le cuit(生と調理)の一神話で太陽神を毒矢で仕留めた女怪物Chariaが狩から戻って子供達に「あの野郎、Niakanrachichanがこの籠に入っている」(M13 同書83頁)と太陽神を本名で名指した。
生きている者の本名を口に出すのは呪いに繋がり、死者へのその行為は復讐を封じるため(らしい)。ジャガーとしても、殺した男に「お前Mayara-koto.め、祟るなよ」と罵ったのだろう。それがうっかり寝言に出た。

姉妹は逃げ出すと決めHaburiを男の腕からとって、外を走った。気付いたジャガーは元の姿に戻って女達を追った。

この筋は「自然と文化の同盟」である。場面(sequence)として人の失敗がある。この場合はジャガー縄張りへ夫が踏み込んでしまった、これが同盟成立の前にくる。自然側の企みと接近が続く。ジャガーに悪意は無い。男を殺して深夜まで時間をとってから、女達が住むキャンプ地に入った。偽装しても昼の光の下では見破られると用心した。そして女達に「自分は食べない、これはお前達に食べてもらう」やせ我慢ともとれる言葉の理由を「疲れたから」と優しく言い換えた。
この時の魚はle poissonと書かれている。単数なので種類を特定しなければun poissonである。先住民Warrau族にはそれだけで魚の種類が分かるであろう、その特定の魚。狩の獲物ではle gibier獲物に定冠詞がつけて野豚を表します。

お前達にあの魚を食べさせてやろう、と道具を担いで出かけたのだろう。籠に入ったLe poissonn(あの魚)はピラクルーの如く巨大なのだろうか、夫は妻の残りを食べる。この態度は夫の矜恃です。同盟した家族に夫が食を保証するprestationと共に、嫁を取る側(preneur de femme)の義務として妻側にまず食してもらう、へりくだりの姿勢要求される。ジャガーはこの儀礼に則り、よき夫として行動した。
しかし同盟は成立しなかった、いびきがでかい程度で妻は(フツーは)家出しない。もし離婚理由がいびきだったら、真の理由は他にあると悩む方が正しい。

断絶の真の起因は禁忌破りだった。でかいいびきでうすうすジャガーの換え移りと気付いても、息子はあやす食は保証する。ジャガーでも良いじゃないかに気持ちを押し込められないのは、ひとえに本名を口に出したという非文化の象徴を犯したからでした。
ここまでで、一つの神話として成り立ちますが、女カエルの化身の変奏曲を出すまでの前段です。

神話「蜜から灰へ」を構造主義で分析する 9 の了

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