蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

神話「蜜から灰へ」を構造主義で分析する 12 最終回

2018年07月09日 | 小説
(7月9日)

レヴィストロースは「親族の基本構造les structures elementaires de la parente」(初版1948年)で、多くの民族で実行されている交差イトコ婚の機能を「嫁を介した財産の交換」と規定しました。交差イトコとは己が男とすると、父親の姉妹の娘(あるいは母親の兄弟の娘)となります。該当する娘を嫁に取り女子が生まれると、今度はその子の交差イトコに当たる(己の)嫁の兄弟の息子に嫁がせる。この様に娘のやり取りするのは女子が持つ働き手として、さらには機織り什器の作成技術など「財産の担い手」のやり取りを続け、親族の強固性を継続させる。この仕組みを明らかにしました。
イトコ婚の形態とその思想(親族の維持)、formeと内包するideeを明らかにしたわけで、それ故に「構造主義、構造人類学」と膾炙された。
(イトコ婚の構造を解説したからではない。そもそもイトコ婚なる風習は以前から民俗学で取りざたされ、構造も解析されていた)

この「蜜から灰へdu miel aux cendres」では結婚を同盟(allience)とします。娘を取る(preneur de femme)側と娘を出す(donneur)側の同盟です。取る側、夫には婿としての義務(賦役prestationが課される。肉、魚、時には蜂蜜の提供です。女と賦役の交換が同盟の形態です。その思想ideeはと尋ねると、文化(culture)の維持です。
ブラジル先住民の文化の第1は「焼き肉を喰らう」です。火、さらに調理は文化ではない、火で焼いた肉が文化です。主食となるデンプン質はマニオック、キャッサバなどから採取する。これは女の仕事です。マニオックを食べるとは文化ではない。デンプン質のみを食べるだけでは、文化の高みに人は上がれないと彼らは負い目を持つ。

カエルの饗宴の前章の名が「乾期と雨期le sec et l’humide」。この投稿では紹介してないが、そこで取りあげられる神話に「蜂蜜狂いの娘 la fille fole de miel」なる興味深い人物が出場する。蜂蜜に目がないので親から「キツツキの嫁になれ」と叱られ、婚活、婿捜しの旅に出る。めでたくキツツキと結婚できたが、その夫に殺される。嫁(=元蜂蜜狂いの娘)は夫が探し出したとっておきの蜜を独り占めし食べ尽くした。嫁を与える側(donneur de femme)、舅と姑、に蜜を差し出すのが婿の義務、文化の維持を嫁が破壊した罪です。

写真は若かりしレヴィストロース、ブラジル奥地の調査の一コマ、足元にルシンダと名付けたペットのサルが見える、1936年。

結婚の形態とは嫁をやり取りする同盟と定義づけ、その思想にも言及したdu miel aux cendres は「親族の基本構造」で取りあげた婚姻の成立理由を文化と自然の対立軸の中で、深化させた著と投稿子は理解します。

12回の本投稿、これを持って終りとします。次回は「神話の思考」レヴィストロースが言うところの「神話は考えるles mythes pensent par eux meme」を取りあげます。8月種順に投稿開始。

神話「蜜から灰へ」を構造主義で分析する 了(2018年7月9日)
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