蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

構造人類学 Anthropologie Structurale 3 人類学での構造主義 下

2023年02月01日 | 小説
(2023年2月1日) 前の引用(1月27日)で「現実と思想」の対峙が採り上げられた。両者は相似するのみならず乖離の様も見せる。この対立関係を表現する2の文節を本書から引用する。
« Nous nous proposons, en effet, de montrer ici que la description des institutions indigènes données par des observateurs sur le terrain coïncides, sans doute, avec image que les indigènes se font de leur propre société, mais que cette image se réduit à une théorie, ou plutôt une transfiguration de la réalité qui est d’une nature toute différente » (134頁)
現地で調査している報告者からの制度の説明は、先住民が自分達の社会の様を頭に描く画像(イメージ)と重なるものであるが、この画像はある「理論」に収束される、理論というよりは現実の変身かもしれない。この現実とは、その性状からして、全く異なるモノとなっている。
上引用文は「実際(モノ)側」と「頭の中の思想側」を用いる語から見事に分離している、鍵となる語を分けると;
実際のモノ:制度institutions、彼らの社会propre société、現実réalité
頭の中思想:イメージimage、理論théorie、変貌transfiguration
明瞭に二分される。
先住民は「制度」を実際として運用しており、それは現実である。その現実がその場にある背景は頭の中の表象(イメージ)から « schème » スキームが派生し現実に積み上がる。表象とは変貌 « transfiguration » であり理論であろう。
モノ対思想、この対峙は次の文にてさらに展開する。;
« L’organisation dualiste des populations du Brasil central et oriental n’est pas seulement adventice, elle est souvent illusoire ; et surtout, nous sommes amenés à concevoir les structures sociales comme des objets indépendants de la conscience qu’en prennent les hommes (dont elles règlent pourtant l’existence), comme pouvant être aussi différentes de l’image qu’ils s’en forment que la réalité physique diffère de la représentation sensible que nous en avons, et des hypothèses que nous formulons à son sujet » (同)
ブラジル中央部及び東部の人々(先住民)の二重構成社会は外来移入ではないと思われ、さらには絵空事であるともいえる。社会の構造が人々の存在を支配していることは間違いないにしても、彼らが抱く意識から実際には、かけ離れている社会の組織があって、(現地調査する我々は先住民の意識に)導かれ、かくあれと受け入れることになるけれど、その社会構造なるものは先住民が描くイメージはからも、我々が(こうだろうと)推察する表象とも、更には主題に合わせて我々が定義づける仮説とも、かけ異なる場合が往々に見受けられる。
引用文は長い、文脈のうねりもああるが伝えかけは単純である。前引用では対峙、この引用文では乖離を述べている。
この分で1実際、2思想の語をふるい分ける;
1社会の構造(structures sociales)、対象(objets)、現実(réalité physique)、存在(existence)
2 には意識(conscience)、イメージ(images)、表象(représentation)、仮説(hypothèse)
と対立する語群が抽出できる。目に見える社会構造を « organisation dualiste » として先住民は思想に基づきイメージ、表象など意識に浮かぶ様を語り、調査者は彼らの説明に基づき仮説を立てる。それが実際の社会構造の現実とかみ合はない場合もある。
レヴィストロースはSherente族の意識と実際制度との「乖離」の例に採り上げる。言い伝えで同族は本来の族民と征服し吸収した民で構成される。2の部、それぞれが4の支族に分かれる8支族で構成される。彼らが部族の構造とする表象は社会の二重構造である ;
« Ni les deux équipes sportives, ni les quatre association masculines…, n’interviennent dans la réglementation du mariage qui dépend exclusivement du système des moities » (同)
訳:しかしながら2組に分かれるスポーツチームも、4の男組寄り合いにしても…社会二重構造と密接な婚姻制度とは同期していない。
理念として先住民が抱くのは「二重構造社会」。それを基盤とする制度は「婚姻制度」のみ。ここでレヴィストロースが主張するのは婚姻がスポーツチームや寄り合いを凌いで制度につながる優位性である。スポーツチームなど制度は二重構造とは別とすると、いかなる表象を基盤にしているのか。観察者(Nimuendaju)



Curt Unckel Nimuendajú (born Curt Unckel; 18 April 1883 – 10 December 1945) was a German-Brazilian ethnologist, anthropologist, and writer. His works are fundamental for the understanding of the religion and cosmology of some native Brazilian Indians (Wikipediaから)
注:Nimuendajuは、決して本名で呼び合わない南米先住民Guarani族が彼に付けた俗称。「一人で家を作った人」なる意味があるとか。日本人思想家では折口信夫(1887年生)が時代として重なる。



はそれを語らず、レヴィストロースはBororo族社会制度の説明において狩り(集団)、漁労、村落、葬儀など祭の式次第で、2分割されている村落が規則性をもちながら別個に執行する様を描写している。例えば男が死ぬと別の部の男たちに「狩りをおこなう権利」が生じる一など。しかしBororo族の婚姻制度は2重構造と同期していない。Sherenteとは正反の仕組みが見えてくる。部族を2分割するにBororo族の分割動因は左(宗教儀礼…)にあって、婚姻制度は別の切り分けと(勝手に)推測してしまう。Sherente族の切り分け手段での差異については、そもそも「2分割する思想」が人に根付く、切り分ける因子が部族、あるいは状況ごとに変化するーが人の本性としておこう。紅白歌合戦、文明と未開、自由対専制など森羅を二分割する人の習性が本性、「思想」であると考えられるか。
構造人類学 Anthropologie Structurale 3 人類学での構造主義 下の了 (人の由来に続く)


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